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三章
58話 流星祭
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マーレ学園がある島は人でひしめいている。
通れる道は人が行き交い、魔術師は使い魔で空から飾り付けられた島の様子を楽しんでいた。
「すごいな!」
寮から移動し、校門をくぐったピングは破顔した。入園したときよりも胸がときめく。
学園内も普段では考えられないほど賑やかだった。
本国から料理や地域品の売店が並んでいて、市場のようになっている。食欲をくすぐる香ばしい匂いに焼きたて菓子の甘い香り。
ピングは顔を綻ばせてキョロキョロと匂いの元を辿る。
「大好きなお菓子パンの店はあっちですよ」
何も言っていないのに、後ろを歩くティーグレが肩を持って方向を示してくれる。ピングの目線の先には言葉通りに焼きたてのパンが並んだ店があった。
思考が筒抜けなことが恥ずかしい反面、ティーグレは本当に自分をよく分かってくれているのだと嬉しくなった。
「いらっしゃい! 食べてって~」
近くに寄ると気の良さそうな女性が試食品を数種類差し出してくれる。
「美味しい……」
どれもこれも、噛む度に口が喜んでいる。ピングが遠慮なく頬張っていると、ティーグレが2種類注文してくれた。
「な、なんで分かった?」
紙袋に入った温もりを抱きしめる。ピングは試食しながら全部「美味しい」としか言えなかったというのに、袋の中にあるのは特に気に入った2種類だ。
心の底から不思議でならないピングの頭を撫で、ティーグレは当然の顔をしている。
「顔見てりゃ分かりますよ……っと、俺から離れないでくださいよ」
知らず知らずに人の波に飲み込まれそうになっていたらしい。ティーグレに肩を抱かれてピングは胸が大きく脈打つ。
ティーグレにとっては子どものお守りをするのと同じかもしれないが、恋を自覚したピングにとっては今まで通りの接触が全て「好きな人との触れ合い」に変わっているのだ。
平気だった頃の自分が信じられないほど、ティーグレはピングに触れている。過剰なほど守ってくれる。
(勘違いしてしまうぞ……!)
「あ、ちょっといいですか」
一人で悶々としていると、ティーグレが売店の方に逸れていく。肩を抱かれたピングも自然と一緒に移動することになった。
たどり着いたのは、魔石の店だった。色取り取りの魔石が、白い布を掛けられた机の上で光っている。
授業で使うような有名なものから、見たことがないものまで様々だ。いくつかある透明なケースに入っているものは、魔力が強いものなんだろう。
その中でティーグレは、乳白色の丸い石を手に取った。
ピングは思わず、ローブの上から自分の首に掛けた飾りを握りしめる。
『恋のお守りやで』
ローボがくれた指輪についていた飾りの魔石と同じものだった。
「白いな」
「白いですね」
淫らな夢を見てしまったことを思い出して、まじまじと石を確認してしまう。白いということは、淫夢の魔術はかかっていないのだろう。
居心地悪そうなピングが色を確認した意味を分かっていないはずのティーグレは、すんなりと相槌を打って店主に魔石を渡す。
「か、買うのか?」
「効果ある気がするので」
「おー、お目が高いね学生さん!今なら特別に首飾りか耳飾りに出来るよ!」
店主は肉付きの良い手に装飾品の部品を乗せてティーグレの目の前に差し出す。どちらも華やかなティーグレにはよく似合うだろう。
「どっちにするんだ?」
「んー……なぁおじさん。追加料金払うから指輪にしてくんない?こういうの」
「へ?」
ピングの首にティーグレの手が触れる。スルスルと紐が薄い皮膚に擦れてくすぐったいと思っていると、首に下げていた指輪が姿を表した。
ティーグレの手の中にあるそれを、店主はじっと見つめてニヤリと大きな口を半月のようにする。
「分かった。叶うと良いな2人とも」
「ありがとう!」
若者らしく快活に笑うティーグレに違和感を覚えるピングの頭の中は疑問符だらけだ。
でも口を挟む隙もなく、店主はティーグレと和やかに会話をしながら魔術で指輪と魔石を組み合わせていく。
淡い光が消えると、店主の手元にはピングのものと全く同じデザインの指輪が輝いていた。
「指輪の形は特別にお揃いにしてやったぞ」
「おじさん、さすが分かってるねぇ」
指輪を受け取ったティーグレは、値札よりも多い金額を店主に払いご機嫌で店を後にする。
鼻歌でも歌いそうな横顔を見上げ、長い指に嵌められた輪をピングは見つめた。
(……お揃い……)
ローブから出した自分の指輪に触れ、頬が熱くなる。店主は友人同士で同じ物をつけると楽しいと思ったのだろう。
ピングは喜びそうになる心を必死で抑え込んだ。これは恋のお守り。
恋のお守りが欲しいということは、ティーグレにそれが必要だということだ。
ピングは乾いた唇を舌で潤し、小さく息を吸った。
「恋を叶えたい相手がいる、のか?」
「秘密です」
好きな相手が居ないなら「居ませんけど、出会いがあるといいなって」と答えるはずだ。
確信を得たピングは、思い切って踏み込むことにする。
ピングの頭の中からは、もうパンのことは消え去っていた。
「いるのか。どこのご令嬢だ?」
「んー……ご令嬢じゃないんですよね」
誰かまでは教えてくれるつもりはないらしい。友人として寂しい気もするが、格好つけるきらいのあるティーグレのことだ。きちんと話がまとまってから知らせてくれるつもりなのだろう。
「身分違いか。ま、まぁそれでも愛があればグリチーネ侯爵なら許してくれるだろう」
ピングはティーグレの父親のグリチーネ侯爵の人の良さそうな顔を思い出す。
学園内には平民もいるから、恋の相手が貴族とは限らない。いつもティーグレに声をかけにくる女子生徒の中にいるのだろうか。
想像すると、腹がモヤモヤしてきた。
素直に「嫌だ」と感じる自分の心が口から漏れないように、ピングは唇を噛み締めた。
ティーグレは相変わらずピングの肩を抱き、人混みを上手く進んでいく。もしピング一人だったなら、人の波に呑まれてどうしようもない状態になっていたかもしれない。
「どうですかねー……もしこの恋がちゃんと叶ったら、父上はひっくり返るんじゃねぇかな」
「そ、そんなにか」
「元々BLゲームの世界だし、ご都合主義でエンディング迎えてたから大丈夫とは思うけど」
「なんの話だ?」
またピングの分からない単語が出てきてしまった。
モテるはずの男がお守りに頼りたくなるということは、平民でもなく高貴な姫なのだろうか。
嫉妬心が腹の中で渦巻き大爆発を起こしそうだが、幼なじみとしては応援しなくてはなるまい。
拳を握りしめ、ピングは見事な笑顔の仮面を顔に貼り付けた。
「頑張ってくれ。私にできることがあったらなんでもする」
「なんでもかぁ……ありがとうございます」
爽やかな声のトーンが上がり、肩を抱いてくれる手の力が強くなる。こうしてピングを優先してくれるのもあと少しかもしれない。
「わ……!」
ピングはよろけたふりをして、ティーグレの方にもたれ掛かる。逞しい腕が腰をしっかりと支えて立たせてくれて、ピングはその肩に顔を埋めた。
「大丈夫ですか?」
「す、すまない、少し人混みで疲れたかもしれない」
「そうですか。じゃあ休憩しましょう」
「ひぇっ」
ふわりと足が宙に浮いて、ピングは慌てて目の前の首にしがみつく。隙間なく人がいるというのに、ティーグレは器用にピングを横向きに抱き上げたのだ。
そして跳躍の魔術を唱えたかと思うと膝に力を込めて空高く跳び上がる。
「お、落ち……!」
最高点まで来て落ちる、と感じた瞬間には二人の体はホワイトタイガーの上に座っていた。
「び、びっくりした……」
「空の方がすいてますからねー」
心臓が嫌な音を立てているピングとは反対に、涼しげな目をしてティーグレは微笑む。
確かに地上よりも空気が澄んでいて、呼吸もしやすい。緩やかな風が頬を撫でて快適だった。
ピングは本格的に体から力を抜いて、ティーグレにもたれかかった。ティーグレも邪険にすることなく甘えを受け止め、金の髪に口付けを落としてくる。
「本格的な既成事実つくっちゃうかなぁ」
「他所の姫に何をする気だ!」
低い声に本気の音色を感じたピングは思わず銀の頭を引っ叩く。
乾いた音が鳴り響き、ティーグレは、
「……姫ってなんの話……」
と呟いたが、ピングは膨れっ面のまま返事ができなかった。
通れる道は人が行き交い、魔術師は使い魔で空から飾り付けられた島の様子を楽しんでいた。
「すごいな!」
寮から移動し、校門をくぐったピングは破顔した。入園したときよりも胸がときめく。
学園内も普段では考えられないほど賑やかだった。
本国から料理や地域品の売店が並んでいて、市場のようになっている。食欲をくすぐる香ばしい匂いに焼きたて菓子の甘い香り。
ピングは顔を綻ばせてキョロキョロと匂いの元を辿る。
「大好きなお菓子パンの店はあっちですよ」
何も言っていないのに、後ろを歩くティーグレが肩を持って方向を示してくれる。ピングの目線の先には言葉通りに焼きたてのパンが並んだ店があった。
思考が筒抜けなことが恥ずかしい反面、ティーグレは本当に自分をよく分かってくれているのだと嬉しくなった。
「いらっしゃい! 食べてって~」
近くに寄ると気の良さそうな女性が試食品を数種類差し出してくれる。
「美味しい……」
どれもこれも、噛む度に口が喜んでいる。ピングが遠慮なく頬張っていると、ティーグレが2種類注文してくれた。
「な、なんで分かった?」
紙袋に入った温もりを抱きしめる。ピングは試食しながら全部「美味しい」としか言えなかったというのに、袋の中にあるのは特に気に入った2種類だ。
心の底から不思議でならないピングの頭を撫で、ティーグレは当然の顔をしている。
「顔見てりゃ分かりますよ……っと、俺から離れないでくださいよ」
知らず知らずに人の波に飲み込まれそうになっていたらしい。ティーグレに肩を抱かれてピングは胸が大きく脈打つ。
ティーグレにとっては子どものお守りをするのと同じかもしれないが、恋を自覚したピングにとっては今まで通りの接触が全て「好きな人との触れ合い」に変わっているのだ。
平気だった頃の自分が信じられないほど、ティーグレはピングに触れている。過剰なほど守ってくれる。
(勘違いしてしまうぞ……!)
「あ、ちょっといいですか」
一人で悶々としていると、ティーグレが売店の方に逸れていく。肩を抱かれたピングも自然と一緒に移動することになった。
たどり着いたのは、魔石の店だった。色取り取りの魔石が、白い布を掛けられた机の上で光っている。
授業で使うような有名なものから、見たことがないものまで様々だ。いくつかある透明なケースに入っているものは、魔力が強いものなんだろう。
その中でティーグレは、乳白色の丸い石を手に取った。
ピングは思わず、ローブの上から自分の首に掛けた飾りを握りしめる。
『恋のお守りやで』
ローボがくれた指輪についていた飾りの魔石と同じものだった。
「白いな」
「白いですね」
淫らな夢を見てしまったことを思い出して、まじまじと石を確認してしまう。白いということは、淫夢の魔術はかかっていないのだろう。
居心地悪そうなピングが色を確認した意味を分かっていないはずのティーグレは、すんなりと相槌を打って店主に魔石を渡す。
「か、買うのか?」
「効果ある気がするので」
「おー、お目が高いね学生さん!今なら特別に首飾りか耳飾りに出来るよ!」
店主は肉付きの良い手に装飾品の部品を乗せてティーグレの目の前に差し出す。どちらも華やかなティーグレにはよく似合うだろう。
「どっちにするんだ?」
「んー……なぁおじさん。追加料金払うから指輪にしてくんない?こういうの」
「へ?」
ピングの首にティーグレの手が触れる。スルスルと紐が薄い皮膚に擦れてくすぐったいと思っていると、首に下げていた指輪が姿を表した。
ティーグレの手の中にあるそれを、店主はじっと見つめてニヤリと大きな口を半月のようにする。
「分かった。叶うと良いな2人とも」
「ありがとう!」
若者らしく快活に笑うティーグレに違和感を覚えるピングの頭の中は疑問符だらけだ。
でも口を挟む隙もなく、店主はティーグレと和やかに会話をしながら魔術で指輪と魔石を組み合わせていく。
淡い光が消えると、店主の手元にはピングのものと全く同じデザインの指輪が輝いていた。
「指輪の形は特別にお揃いにしてやったぞ」
「おじさん、さすが分かってるねぇ」
指輪を受け取ったティーグレは、値札よりも多い金額を店主に払いご機嫌で店を後にする。
鼻歌でも歌いそうな横顔を見上げ、長い指に嵌められた輪をピングは見つめた。
(……お揃い……)
ローブから出した自分の指輪に触れ、頬が熱くなる。店主は友人同士で同じ物をつけると楽しいと思ったのだろう。
ピングは喜びそうになる心を必死で抑え込んだ。これは恋のお守り。
恋のお守りが欲しいということは、ティーグレにそれが必要だということだ。
ピングは乾いた唇を舌で潤し、小さく息を吸った。
「恋を叶えたい相手がいる、のか?」
「秘密です」
好きな相手が居ないなら「居ませんけど、出会いがあるといいなって」と答えるはずだ。
確信を得たピングは、思い切って踏み込むことにする。
ピングの頭の中からは、もうパンのことは消え去っていた。
「いるのか。どこのご令嬢だ?」
「んー……ご令嬢じゃないんですよね」
誰かまでは教えてくれるつもりはないらしい。友人として寂しい気もするが、格好つけるきらいのあるティーグレのことだ。きちんと話がまとまってから知らせてくれるつもりなのだろう。
「身分違いか。ま、まぁそれでも愛があればグリチーネ侯爵なら許してくれるだろう」
ピングはティーグレの父親のグリチーネ侯爵の人の良さそうな顔を思い出す。
学園内には平民もいるから、恋の相手が貴族とは限らない。いつもティーグレに声をかけにくる女子生徒の中にいるのだろうか。
想像すると、腹がモヤモヤしてきた。
素直に「嫌だ」と感じる自分の心が口から漏れないように、ピングは唇を噛み締めた。
ティーグレは相変わらずピングの肩を抱き、人混みを上手く進んでいく。もしピング一人だったなら、人の波に呑まれてどうしようもない状態になっていたかもしれない。
「どうですかねー……もしこの恋がちゃんと叶ったら、父上はひっくり返るんじゃねぇかな」
「そ、そんなにか」
「元々BLゲームの世界だし、ご都合主義でエンディング迎えてたから大丈夫とは思うけど」
「なんの話だ?」
またピングの分からない単語が出てきてしまった。
モテるはずの男がお守りに頼りたくなるということは、平民でもなく高貴な姫なのだろうか。
嫉妬心が腹の中で渦巻き大爆発を起こしそうだが、幼なじみとしては応援しなくてはなるまい。
拳を握りしめ、ピングは見事な笑顔の仮面を顔に貼り付けた。
「頑張ってくれ。私にできることがあったらなんでもする」
「なんでもかぁ……ありがとうございます」
爽やかな声のトーンが上がり、肩を抱いてくれる手の力が強くなる。こうしてピングを優先してくれるのもあと少しかもしれない。
「わ……!」
ピングはよろけたふりをして、ティーグレの方にもたれ掛かる。逞しい腕が腰をしっかりと支えて立たせてくれて、ピングはその肩に顔を埋めた。
「大丈夫ですか?」
「す、すまない、少し人混みで疲れたかもしれない」
「そうですか。じゃあ休憩しましょう」
「ひぇっ」
ふわりと足が宙に浮いて、ピングは慌てて目の前の首にしがみつく。隙間なく人がいるというのに、ティーグレは器用にピングを横向きに抱き上げたのだ。
そして跳躍の魔術を唱えたかと思うと膝に力を込めて空高く跳び上がる。
「お、落ち……!」
最高点まで来て落ちる、と感じた瞬間には二人の体はホワイトタイガーの上に座っていた。
「び、びっくりした……」
「空の方がすいてますからねー」
心臓が嫌な音を立てているピングとは反対に、涼しげな目をしてティーグレは微笑む。
確かに地上よりも空気が澄んでいて、呼吸もしやすい。緩やかな風が頬を撫でて快適だった。
ピングは本格的に体から力を抜いて、ティーグレにもたれかかった。ティーグレも邪険にすることなく甘えを受け止め、金の髪に口付けを落としてくる。
「本格的な既成事実つくっちゃうかなぁ」
「他所の姫に何をする気だ!」
低い声に本気の音色を感じたピングは思わず銀の頭を引っ叩く。
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