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梅木と水坂の場合
四話
しおりを挟む次の日、恋人ごっことか言われてもいったい何をどうしたら良いのかさっぱりな俺は、とりあえず普通に学校生活を送ることにした。
水坂もいつも通り人気者だ。
ニコニコと優しい雰囲気で、朝からいろんな生徒に囲まれて過ごしている。
特に俺に話しかけてくる様子もない。
(やっぱり冗談だったのか?)
昼休みになり、俺は悶々と頭の中で首を傾げた。
購買でメロンパンといちごジャムパン、卵蒸しパン、ココアを入手し、廊下を歩く。
昨日の妙に圧のある態度や「恋人ごっこ」なる要求が、殿上人によるその場限りの戯れならそれはそれで良いんだけど。
みんなにはちゃんと謝って解決したって言えばいいし。
などと考えていると。
突然、背中に何かがのしかかってきた。
「梅木、一緒に食べよう!」
明朗な表情と声の水坂が至近距離にいる。
脳の処理が追いつかない。
肩を抱かれているということに気がつくまで数秒掛かってしまった。
「え、えと……俺? で、合ってる?」
「他に居ないだろ」
耳元でボソリと低音が響く。さっきまでの明るい声どこ行った。
そうですね。
と答える余裕もなく。
なんであいつなんだ、という視線に刺されているような気持ちになりながら、引き摺られるように水坂と移動することになった。
連れてこられたのは生徒会室。
普段はこの部屋には誰も入らないから、のんびりできるとの事だ。
廊下側に窓はなくて誰からも見えないし、確かに気を使わなくて良い空間かもしれない。
恋人同士なら特に。
俺は昨日の出来事は夢でも冗談でもなかったようだと、泣きたい気持ちになった。
ひとつの机に水坂と向かい合わせに座り、メロンパンの袋を開けたものの食欲が失せてしまう。
「食べないのか?」
品のいい黒い曲げわっぱの弁当箱の蓋を開けながら、首を傾げてくる。
眼鏡の奥の垂れ気味の目が、どこか楽しげに見えた。
っていうか、口もニヤニヤしている。
これは俺をからかって遊んでいるに違いない。
何かガツンと言ってやりたいと、俺はパンの袋を握りしめたままキッと水坂を見た。
「あの、恋人ごっこの意味が……その、わかりません」
ダメだどうしてもどもってしまう。しかも敬語になってしまった。
「意味? そのまんまだぞ」
「だって、男同士だし、何をするのか、とか……」
遊びにしたって、俺なんかよりもっといい相手がいるんじゃないかとか。そういうことが聞きたかったのだが。
持ち上げかけた箸を置いて微笑んだ水坂の顔が、あまりにも綺麗で言葉が続かなかった。
雲の上の存在過ぎて、同じ学年でもこんなに至近距離で話したのは、そういえば初めてだったかもしれない。
「『恋人』なんだから、こういうことするんだよ」
緊張している俺の手を、伸びてきた水坂の手が掴んだ。
手だけを見ても、どちらがイケメンか分かるほど全然違う。
「……っ」
されるがままに手を見つめていると、長い指が俺の指に絡んできた。
それだけで体を強張らせてしまった俺を、目の前の男は鼻で笑ってくる。
「このくらいでガチガチになりすぎだろ」
緩く握ったり開いたりしながら弄ばれている俺の手は、じっとりと汗ばんでいると思う。
心臓が早鐘のように打つ中、「気持ち悪くないのかな」などと思考が明後日の方向へ飛んでいく。
そもそも水坂って、こんなに性格悪そうなやつだったっけ。
もっと話し方も柔らかくて、爽やかで優しい奴だった気がするけど。
今更ながら、普段と違う雰囲気に突っ込むことにした。
「あのさ、水坂。なんて言ったらいいか……そのキャラどうした」
「キャラ?」
嘘だろ伝わらないのか。
キョトンとされてしまって内心頭を抱える。「キャラ」ってオタク用語じゃないと思うんだけど。
俺は必死に伝わりそうな言葉を考えた。
「いつもと、なんか違う気がするなって……」
「かわいい恋人の前だから素なんだ」
「とりあえずそういうの良いから」
いい笑顔で誤魔化そうとしても無駄だ。
お前を本気で好きな子なら誤魔化されてくれるかもしれないけどな。
「チッ」
「え、舌打ちしました?」
急に表情が歪んだ水坂からは、普段の人の良さげな面影が消え去っている。
舌打ちの次は、大きな溜め息が聞こえてきた。
ファンが見たら泣いてしまいそうな、不機嫌そうな顔だ。
「あほみたいにニコニコ笑って優等生すんの、疲れたんだよ」
吐き捨てるような台詞を聞いて、俺は逆にテンションが上がった。
(漫画のキャラみたいだ)
「せっかくモテても猫被った俺を好きな女子と付き合う気になんねぇし。でも付き合ったりとか、1回くらいしてみたいと思って」
そうこうしている内に3年生になってしまったらしい。
より取り見取りなのにもったいない。
そんな時に脅しやすいネタを持って俺がやってきたということか。
いやいや、だからって男に行くか普通。
姉ちゃんの持ってるBL漫画かよ。
「ていうか恋人、欲しいと思ってたの意外すぎる……」
てっきり、勉強に集中したいから恋愛している暇がないとか、そういう理由で断ってるのかと思ってた。
俺の呟きに対して、絡めあったままの親指が俺のそれを撫でてくる。
「お前、思わないのか」
「いやそりゃ付き合ってみたかったけど……現実味なさすぎる。俺に彼女とか」
「女子の眼中に入ってなさそうだもんな」
「ムカつく!」
図星をつかれた俺は、繋ぎっぱなしだった手をバチンと振り払う。
「事実だろ」
そう嘲笑って手をプラプラとさせる水坂を睨め付ける。
たしかに女子と話すことなんてほとんどないけど!
事実でも、いや、事実だからこそ腹が立つ!
俺はそっぽを向いて、八つ当たりするようにメロンパンに齧り付いた。
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