【完結】青春は嘘から始める

きよひ

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梅木と水坂の場合

五話

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 結局「恋人ごっこ」は解消されないままになってしまった。

 2日間付き合わされた感じだと、水坂は普段は特に声をかけてくることはない。
 昼休みだけ、誰も来ない生徒会室でなんとなく恋人っぽいことをする感じらしい。
 そうはいっても、俺も水坂も恋人なんていたことがない。
 手をつなぐところまでは、まるで慣れているかのようにスムーズだったのに。

「この先は何したらいいんだ? デートか? それともキスでもしとくか?」

 なんて、首をかしげているイケメンは、見ていて面白かった。

「ごっこでキスまでしなくていいだろ!」

 と、ついつい強く額を叩いてしまった。
 鳩が豆鉄砲食らった顔ってこんな感じなんだろうなって表情になってたっけ。
 下駄箱で思い出し笑いをしそうになりながら外を見ると、空はどんよりと黒い雲が覆っていた。

(降ってきそうだな)

 リュックを下ろして中を探る。
 折り畳み傘をすぐ出せる場所に移動させようとしたのだが。

 ザザザーッ!

 そうしている間に雨が勢いよく降り出した。

「やだー!」
「傘忘れちゃったー!」

 女子の声が玄関のところから聞こえてくる。
 俺はようやく掴んだ黒い折り畳み傘を見つめた。

(貸すと俺が濡れるんだよなー)

 ここでサッと貸してあげて、自分は濡れて走れたらカッコいいことは分かる。
 徒歩や自転車ならばそれもありだったかもしれない。
 だけど俺はこれからバスに乗る。
 ちょっとずぶ濡れで公共の交通機関を利用するのは気が引けた。

「これ、使ってよ」

 悩んでいる俺を嘲笑うかのように、ひとりの生徒が現れた。
 この3日で、うさん臭くすら感じるようになった爽やかボイス。

「水坂くん!?」
「で、でも水坂くんが濡れちゃうよ!」

 視線をやると、紺色の長傘と折り畳み傘の2本を女子に1本ずつ渡している水坂がいた。
 1本は自分に置いといて、相合傘で帰って貰えばいいのにお人よしだな。
 それともあれも「優等生のふり」なんだろうか。

 水坂が同じ方向なら「入っていくか」と聞きたいところだけど、バス停で見かけたことがない。おそらく電車か歩きなんだろう。
 そんな風に思いながら玄関まで移動し、傘を広げて水坂たちの横を通り過ぎようとしたのだが。

「俺は、梅木が入れてくれるから」
「え」

 当然のように笑顔を向けられて、思わず真顔で聞き返してしまう。

「ね?」
「どうぞ」

 圧の強い端正な微笑みに平伏すしかなかった。
 さすかにこの状況で「そんなこと言ってない!」なんて、言えるわけがない。
 よほどの事情がないと断れないだろう、人として。

 不思議そうな、納得したような表情の女子に手を振った水坂は、俺の傘を取り上げて人に見えないように強引に腕を引いてきた。

 それに合わせて、俺は隣を歩き始めた。
 
 
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