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初夜くらいは花嫁殿も一緒にと思って

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「悪いな、急に声かけて」
「良いんです、ディラン様ですもの」

 湯上りの白いローブをディランの腕から抜きながら、豹族の雌は尾を揺らめかせて艶やかに微笑む。
 肌が透けるほど薄い赤のドレスの裾が、白い毛長の絨毯に落ちて彩っている。

「いつでも呼んでって言ってるでしょ!」
「でも今日は一応結婚式の初夜ですよね?」
「いいのぉ? あのかっこいい花婿さまと一緒に居なくて」

 兎、鹿、リス族の雌は、その場にいる五人全員が乗ることが出来るほど大きなベッドから声をかける。

「呼んだからそのうち来るだろ。雄同士とかつまんねぇし、大勢で楽しもうぜ」

 一糸纏わぬ姿になったディランは、黒い絹のシーツに覆われたベッドへと飛び乗った。
 弾力のあるベッドが大きく揺れて、雌たちは楽し気に鈴の転がるような声で笑う。

 ここは城壁内の東の塔にある、ディランの寝室だ。
 影千代の部屋は真隣に用意されており、二人の部屋は室内にある扉で気軽に行き来することが出来るようになっている。

 先ほど使用人に「こちらに来るように」と言付けた。
 どうするかは影千代次第だが、来ても来なくてもディランにはどうでも良いことだ。

 とにかく結婚が決まってからずっと準備に忙しく、溜まっていた欲と鬱憤を晴らしたかった。
 本来はパーティーで相手を探すつもりだったが、着替えなどをしている間に時間が無くなってしまった。そのため、なじみの娼館に連絡を入れてお気に入りの雌たちを呼び寄せたというわけだ。

 これは舞踏会で影千代に微笑みかけられた際に生じた、雄としての自信の揺らぎを払拭するためにも必要なことだとディランは考えている。

「ま、なんかの間違いだろうけどな」
「なにが?」

 右の肩にしなだれかかって愛らしく首をかしげる兎族の雌に、ディランは口端を上げる。
 長く黒い耳に鼻を摺り寄せ、数々の雌を口説いた甘い音を唇から奏でる。

「なんだとおも......」

 その場全員の耳がピクリと動いた。
 ディランの言葉に被せるように、影千代の部屋の方からノック音が聞こえてきたのだ。
 邪魔をされたと気分を害することもなく、ディランは緩やかに尾を揺らす。
 そして、二人の部屋の壁を繋ぐ扉へと声を飛ばした。

「入れよ」
「失礼……は……?」

 声に呼応して扉が開く音がするのとほぼ同時に、唖然とした声が形の良い唇から零れ落ちる。

 姿を見せた影千代は、倭虎大王国から持ち込んだらしい灰色の浴衣を着ていた。
 リーオ帝国風の豪華絢爛なディランの部屋には異質な存在となっているが、影千代本人には涼し気なそれが良く似合っていた。

(ちゃんと部屋に普通の寝巻も用意してんのに……この国には染まらないってことかよ)

 嫌味のひとつでも言ってやりたいところだったが、今はその異国の衣服について触れられる空気ではない。
 影千代は目にしているあまりの光景に驚き、尻尾は毛が逆立って膨らんでいる。

「なんだこれは」
「おう、花嫁殿。来てくれるとは思わなかったぜ」

 扉の取手を握ったまま立ち尽くしている虎族の雄に、ディランは雌に囲まれた状態で片手を上げた。
 遥々異国まで来て結婚相手が雄だと知った時も、「恋愛は自由にしよう」と出会ってすぐディランが申し出たときも、余裕のある笑みを浮かべていた影千代であったが。

 今は静かに深呼吸をして、努めて冷静で居ようとしている。
 想像したよりもずっと取り乱しているようだ。

 その場にいる雌たちも、影千代がどう出るのか興味深げに見守る。
 頭の整理が終わったのか、影千代は拳を握りしめた。草履をはいた足を絨毯に沈めてベッドに近づいてくる。

「こちらの可憐な雌たちは」
「可愛いだろ」

 二歩ほどベッドから離れたところで止まった影千代を、ディランは楽し気に見上げる。左右にいるリス族と兎族の雌の肩を抱き寄せながら悪びれなく口を動かす。

「せっかくの初夜なのに雄二人じゃ花がねぇから来てもらった」
「来てもらった?」

 眉を寄せ、低く唸るような声は結婚の儀式中にもパーティーでも見られなかった様子だ。
 祝いの席とはいえ公務中と、仮にも夫婦の寝室で同じ姿であるわけもないのだが。
 王子様の仮面が剥がれている姿に、ディランは満足して尾を立てた。

「貴族御用達の娼館の姫たちだよ」
「……私を呼んだのは?」
「え? 初夜くらいは花嫁殿も一緒にと思って」

 魅力的な雌たちをただ見せびらかすだけなわけはあるまい、と首を傾げる。
 驚かせてやろうという悪戯心も当然あったが、一緒に楽しもうというのも嘘偽りのない本音であった。
 ディランは本気で、影千代も混ざるものだと思っていた。

 影千代は額に手を当てて大きく溜息を吐いた。

「嘘をついている様子は全く無いな……」
「そりゃ、そうだろ? あ」

 困惑している様子の影千代を不思議そうに眺めていたディランだったが、ようやく合点がいったというように声のトーンを上げる。

「大人数は好きじゃなかったか? だったら誰かひとり好きな子を連れてっても」
「君たちには申し訳ないが」

 影千代はディランの台詞を意図的に遮り、ずっと黙って会話を聞いていた雌たちに視線を向けた。
 この状態での会話が無駄だと判断したのだ。

「二人で、話がしたい」

 美しい青い瞳は真剣な色を帯びている。
 ベッドの端に腰かけていた豹獣人は、口元に手を当てて優美に微笑んだ。

「あらじゃあ……結婚祝いで特別に帰ってあげます」

 彼女が立ち上がったのが合図になった。成り行きを伺い、ずっと口角を上げたり視線を合わせたりしていた他の雌たちもあっさりとベッドから下りる。

「は!?」

 一人だけ展開についていけないディランは雌たちを引き留めようと腕を伸ばした。
 しかし、布製の何かを影千代に被せられて視界が遮られ、行動が止まる。

 掴んで頭から引き摺り下ろすと、椅子の上に丁寧に畳んで置いてあったはずの白いローブだった。
 
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