妹の代わりにシロクマ獣人と真っ白婚!?

虎ノ威きよひ

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35話 第三者の目

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 ふわりと意識が浮上したのは、まだ暗い時間だった。
 祭りの期間中で、脳が興奮しているせいかもしれない。

 ルカはベッドの上で体を起こし、ふかふかの毛布を肩に引き寄せる。大きなあくびをして隣を見ても、一緒に寝たはずのグンナルはもういなかった。

「……起きるか」

 薄暗く寒い朝でも、やはり早起きは気持ちがいいものだ。

 ベッドから降りて伸びをする。
 分厚いカーテンを開ければ、窓の外は深い藍色が広がっていた。
 静かすぎて、まるでこの世界には自分しかいないかのような不思議な感覚になる。

 しかしそれは雪の上にシマエナガが降り立つまでのことだった。
 愛らしい丸い体が、雪の上に軽やかに着地するのを見て、ルカは口元を綻ばせる。

「ジュン、おはよう」

 ルカはすぐに寝巻きの上に分厚い毛皮の外套を羽織り、革の手袋をはめた。
 白い羽毛に包まれたふわふわの姿のジュンの位置を確認しながら、窓を開ける。

 途端に鋭い冷気が部屋に流れ込み、ルカは体を震わせる。頬がピリピリと痛い。
 外套の襟をぎゅっと握り、ルカは白い息を吐きながらバルコニーへと一歩踏み出した。

「さむっ……バルコニーに出るのも一苦労だよなぁ」

 部屋と外の寒暖差にはまだ慣れることができない。

 ルカが苦笑いしながら呟くと、ジュンが羽根を開いてひらりと飛び上がり、ルカの肩にちょこんと止まった。
 小さな黒い瞳がキラリと光り、まるで微笑んでいるかのようだ。

 ジュンが小さなくちばしを開けば、落ち着いた男の声が聞こえる。

「僕がこうやってひっついてないと効果が長続きしない魔術なのですが」

 何度聞いても可愛い姿には似合わない声色だ。ジュンは小さな羽を震わせ、呪文を詠唱する。
 ふわりと柔らかな光がルカの体を包み込み、まるで暖かい毛布にくるまれたような温もりが全身に広がる。

 ルカは新緑色の瞳を大きく見開いた。

「わ……あったか!」

 両手を握ったり閉じたりして、寒さにかじかまない手の感覚を確かめる。感激だ。
 感激のあまり肩のシマエナガに頬擦りしたくなるのを我慢して、ルカは人差し指で小さな頭をふわふわと撫でる。

「ありがとうなー! こういう魔術はフィオレンテ王国では必要なかったから、よくわかんなくて」
「ヒト族の国では、何も言わずとも魔術師の恩恵があるかもしれません。このくらいなら朝飯前の魔術師が多いですよ」

 ルカは獣人よりも人の方が魔力が強いことを思い出す。
 意識したことはなかったが、確かに快適すぎるほど快適に祖国では暮らしていた。

 一方で獣人は魔力はヒト族に比べると劣るが、魔術が必要ないほど筋力や耐寒性に優れている。
 お互いの得意不得意が、はっきりしているのだ。

(国に帰った時は魔術師たちにお礼を言わないとだな)

 ルカは小さく笑い、真っ白な雪に足跡をつけてバルコニーの端まで歩いた。ザクッ、ザクッと、雪に体重が乗る音がする。

 バルコニーから見下ろす中庭は、やはり雪に覆われた静寂の世界だった。
 遠くの空では、うっすらと桃色の光が滲み始めている。もうすぐ朝日が昇ってくるだろう。

 美しい景色を眺めながら、グンナルが隣にいないのが残念な気持ちになってきた。

「……グンナル、もうとっくに起きて警備に行ったんだな」
「ついさっきですよ。僕にルカ様のそばにいるように伝えて、トシュテン殿下のいる魔物の巣窟の方に出発なさいました」

 ルカの呟きに、ジュンが肩の上で小さく羽を震わせた。
 ルカは眉を少し上げ、遠くの雪原に目をやる。

 もしかしたら最近ルカだけがご無沙汰している、シロクマ姿で走っていったのかもしれないと想像した。
 行き先が魔物の巣窟なら、あり得ることだ。

 そしてそこでハイイログマが睨みを利かせていることも予想ができた。

「トシュテン殿下、最終確認だけとか言いながら結局寝てないんだろ」
「よくおわかりで」
「グンナルのこと大好きそうだもんな。構って欲しいのが捻じ曲がっただけって感じっていうか」
「……大好きなのはグンナル殿下のことだけじゃないと思いますけど……まぁおおむねそうです。皇子の中では一番歳が近いですしね」

 ジュンの声は穏やかだが、苦笑しているのが伝わってくる。
 仕方がない人だ、と、トシュテンを慈しむような、そんな音色にルカは感じた。

 シマエナガのつぶらな瞳で空の向こうを見ながら、ジュンは子供の頃を思い出しているようだ。

「性格がひん曲がってるから、真っ直ぐなグンナル殿下に普通に『遊ぼう』って言えなくてあんなことに」

 ジュンの言葉に、ルカは小さく頷いた。
 トシュテンの行きすぎた攻撃的な態度は、寂しさや不器用さの裏返しなのはもう知っているから納得しかない。

 ルカはバルコニーの手すりに手を置く。冷たい石の感触を革手袋越しに感じながら、段々明るくなっていく雪景色を眺める。
 子どもの頃は表情豊かだったというグンナルに思いを馳せた。

「グンナル、子どもの頃から真っ直ぐだったんだなぁ」
「そうじゃなきゃ、感情の高まりで獣化しちゃう癖なんてつかないんですよ。適当に流せないから、ああなった」

 ジュンの声には、グンナルを思う優しさが滲んでいた。
 トシュテンと幼い頃から一緒に育ったというジュンは、客観的に皇子たちのことを見ていたのだろう。

 ルカは肩のシマエナガを見下ろし、ふと皇后のことを思い出す。
「感情を抑えろと厳しい人だった」というグンナルと「癇癪女」というトシュテンの、彼女への印象の違いが気になった。

 まるでルカの心を読んだかのように、ジュンの話は皇后へ移っていく。

「皇后は皇子たちが子どもの頃は、本当に嵐のようでした。皇子たちが皇后の期待通りにできないと、荒れ狂ってた。それでも怒鳴り散らすだけだったけど」
「怒鳴られるのも相当怖いぞ」
「そうなんですけど、グンナル殿下のことを思うとね。……会うたびに無表情で手を上げられるの、想像だけでも恐怖しかないです」

 ルカは絶句する。
 想像していた「厳しい皇后」を軽く超えてきた。小さなグンナルに対しての可哀想、という感情とともに、皇后への怒りが腹の底にふつふつと湧いてくる。

 ジュンは唇をギュッと噛み締めたルカを見て、一呼吸おいた。

「ルカ様が見た猫被り皇后は、皇帝の前だけで発揮されていましたが……一回皇太子殿下がブチ切れましてね。皇子たちに力じゃ勝てなくなったことに気づいたらしくて。ああなりました」

 ざまぁみろ、と愛らしいシマエナガから聞こえてくるようだ。
 相槌を打ちながらルカが小さく息を吐けば、白い息が朝の空気に溶けた。
 グンナルの「私の方が皇后より強い」という言葉が思い出される。

(それでも……グンナルは怯えてる……)

 母を死に追いやられたことを知っていても、グンナルの皇后への感情は「憎しみ」より「怯え」が勝っている。
 それは昨日の態度から明白だ。

 痛々しくて、なんとかしてあげたかった。
 大切なグンナルの心は、ルカが守らなければ。
 できるだけ皇后とのやりとりは自分が引き受けよう。そう決心したルカは遠くを見据える。

 すると、城門付近で動く影があるのに気がつく。
 白い軍服を着た数人の騎士と、同じく白いローブの魔術師が、朝の薄暗い雪原を歩いている。
 雪に紛れそうな純白の服を纏う彼らは、皇后の近衛兵たちだ。

「あ……皇后の警備の人たちだ」
「朝早くから見回りですかね。魔術師まで一緒でご苦労なことです。侍女もそろそろ、皇后の身支度に走り回ることでしょう」

 完全に他人事で話すジュンに、ルカは乾いた笑いを漏らしてしまう。

「それにしても、あんな少人数でよくきたよなぁ……危ない」
「皇后の信頼が厚い少数精鋭ですね。まぁ皇后本人が獣化したら相当強いんで、割と自由なんですよウルスス帝国の皇族」
「クマだもんな……」

 間近で見たシロクマやハイイログマを頭に思い浮かべる。
 不届者が皇后一行を襲ったとしても、小柄な女性が巨大なクマになったら蜘蛛の子を散らすように逃げるだろう。

 想像上の不届者に同情するルカの肩で、ジュンは愛らしい顔に似合わないため息を吐いた。

「トシュテン殿下も皇后も、来る前に連絡くらいよこせって感じですけどね。どうせなら、優秀なヒト族の近衛魔術師に魔物対策をしてもらえばよかった」

 ジュンをはじめ、トシュテンが連れてきた魔術師たちは獣人だった。試行錯誤して防御魔術を展開してくれたようだから、ジュンのぼやきももっともだろう。

 苦労に報いたいな、と考えて、ルカは肩のジュンを手袋をはめた両手で包み込む。
 愛らしい体ごと自分の顔の前に持ってきて、にっこりと微笑みかけた。

「なぁジュン。トシュテン殿下、仮眠したら雪祭りに誘ってあげてくれよ。お前もさ、全然楽しめてないだろ」
「ルカ様は……本当にお優しいですね」

 シマエナガ姿で何を考えているかはわからないが、ジュンは穏やかに答えてくれる。
 ルカは明るくなった空を見上げた。今日もいい天気になりそうだ。

 この国に来てから最も慌ただしい一日が、始まろうとしていた。
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