妹の代わりにシロクマ獣人と真っ白婚!?

虎ノ威きよひ

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6話 諸事情とは

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 生殖機能が正常、となると、初夜ができない理由が謎すぎる。
 儀式的に必要なことが、なぜできないのか。

 疑問がシロクマへの恐怖を和らげ、ルカは座ったまま身を乗り出した。

「え、ちゃんと勃つってことだよな? じゃあなんで、初夜ができないんだ?」
「勃……今のこの状態が答えだ」

 この状態、とルカはグンナルを上から下までじっくり見る。
 シロクマだ。
 なんの変哲もない、ということはないが、理性のあるシロクマだ。

「……シロクマ?」

 もうそう聞くしかなかったルカに、グンナルは神妙に見えるクマの顔でうなずいた。

「私は感情が昂ると獣化してしまう癖がある」
「癖?」
「本当は隠したかったんだが……想像以上に生活に支障が出そうだから聞いてくれるか」

 真面目な声で切り出されたら頷くしかあるまい。相手がシロクマの姿をしていても、中身は感情の伴う人間だ。
 ルカが改めて背筋を伸ばして頷くと、グンナルは事情を話し始めた。

「私は、幼少のころから感情を抑えるのが苦手だった」

 グンナルは、とにかく思ったことが表情に出てしまう子供だったのだという。
 ルカは子供などそんなものだろうと思ったし、それでいいと育ってきた。
 しかしグンナルは違うらしい。

 ウルスス帝国の皇族は子ども時代を母のそばで過ごし、皇帝は教育に手を出さない。
 だが皇帝の側妃の子だったグンナルの母は、物心が付く前に亡くなった。
 そのためグンナルは皇后の教育で育つことになる。

 皇后は実子の三人の皇子達にも平等に厳しい人だったが、側妃の子であるグンナルへの厳しさは異常だった。

「『皇族たる者、感情を表面に出すな』と、皇后が常におっしゃっていた」
「難しいこと言うなぁ……俺、会ったら瞬きごとに叱られるぞ」

 静かに話すグンナルの代わりに、ルカは唇を尖らせて見せる。
 グンナルがジーッとルカを見てくるので悪戯っぽく舌を出してやる。するとグンナルは、ふいと目をそらして話を再開した。

 ルカの言う通り、感情を表に出すなと言われても難しい。困り果てた幼いグンナルは、妙案を思いついた。

 シロクマになれば、表情から感情は読めないと思ったのだ。
 笑っても怒っても、シロクマは大して表情が変わらない。

 皇后の教育方針で育つとはいえ、グンナルは離れた場所で生活させられていた。
 皇帝はたまにしか会いにこず、兄弟もおらず、家族の愛を受けない孤独なグンナル。
 感情が顔に出る度に叱られるのを恐れてしまう、幼い王子。

 彼の境遇に口出しはできなくとも、周囲の大人はシロクマになることで心の安寧を保てるならと見逃した。
 ごくたまにやってくる皇后が居る時だけ取り繕えばいいだろうと、甘く考えてしまったのだ。

「結局、獣化が癖になってしまっていた私は皇后陛下の前でも同じことをしてな。あの時の皇后の怒りは……大人になった今でも恐ろしく感じるだろうな」
「……それは……怖いな」

 相槌を打ちながら、ルカは人間の時のグンナルの表情を思い出す。
 言われてみれば、確かに全体的に表情が堅い。微笑む時も眉を顰める時も「わずかに」そうするだけで、基本的にずっと彫像のようだった。

 優しいが寡黙そうな人柄だから感情表現が苦手なだけかと思っていたが、それは違う。
 叱られたトラウマや厳しい「教育」のせいで、グンナルは表情を作ることが難しくなったのだ。

「成長につれて表情に出さないでいられるようになっていたんだ。だが結婚と聞いてどうも……緊張してしまって……」
「それでシロクマ姿でお出迎えしてくれたのか」
「怖がらせるとわかっていたんだが、おそらく見せられる顔をしていなかった」

 両前足で顔を覆うシロクマの姿を見て、ルカは思わず頬を綻ばせてしまう。

(かわいいな)

 幼少期のグンナルの話は、その時間に飛んでいって抱きしめて、ルカの国に連れて帰りたいくらい胸が痛む。
 だからグンナル本人はそれどころじゃないと理解していても、可愛らしいと思わずにはいられない。

 今シロクマになってしまっているのも、先ほどルカが部屋をノックしたからだと容易に想像がついた。

 初夜のことはグンナルも考えていたはずだから、驚いたのか、緊張したのか、はたまた照れてしまったのか。
 いずれにしても、あの完璧な美形がルカと同じ理由で悩んでいたと思うと、親近感が湧いて心が和む。

 しかしグンナルは、ルカの微笑みを否定的に受け取ったらしい。声のトーンがグッと低くなって苦しそうな音になる。

「呆れるだろう? できるだけ人間の姿を保てるように努力を」
「無理しなくていい」

 グンナルの言葉を、ルカは柔らかい声で遮った。座ったまま、少しずつ少しずつ距離を縮めていき、言葉を紡ぐ。

「俺はグンナルが笑っても怒っても、シロクマになっても怒らないから。グンナルの過ごしやすいようにしてくれ」

 恐る恐るだがグンナルの至近距離に辿り着いたルカは、手を伸ばして顔を覆う前足に触れた。
 白い毛がふんわりしていて温かくて、気持ちのいい手だ。爪は鋭いものの、意図的に攻撃してこなければ剣よりは怖くない。

 前足を握ってにっこりと笑って見せるルカを黒い瞳に映し、グンナルは反対の前足で髪を撫でてきた。

「ルカは……おおらかだな」
「本当にそうなら嬉しいんだけど……シロクマにビビるのは許してくれよ。できるだけ早く慣れるから。……それにしても、気持ちいいなこれ」
「怖がっている人間の行動ではないな」

 ルカは毛で覆われている箇所に比べてひんやりしっとりとした黒い肉球を撫でる。目尻を下げていると、グンナルの笑いを含んだ声が降ってきた。

「ルカは、やることなすこと突拍子もなくて、これでもかなりシロクマになるのを耐えていたんだぞ」
「あはは、大声で笑いたかったよな、あの中途半端ドレス姿」

 もう笑い話にするしかない醜態を思い出して苦笑いすると、目の前でシロクマの顔がコクコクと頷いた。
 正直過ぎる上に、頷く仕草が愛らしく見えるようになってきた。

 ルカはグンナルの大きな前足を握ったまま、ぴょんと立ち上がった。思い立ったら、勢いでやってしまった方がいい。

「シロクマの姿に俺が慣れるために、一緒に寝るか!」

 つられて立ちあがろうとしていたグンナルの動きがピタリと止まる。

「ね、寝る……?」
「ベッドは……無理か、壊れちゃうよな」

 ルカはグンナルの大きな身体とベッドを見比べる。いくら逞しいグンナルに合わせて作ってあるベッドといえども、魔術で補強せずにシロクマの体重を支えられるとは思えない。

 まだ固まって思案中のグンナルに、ルカはカーペットの上に寝そべるように促す。グンナルはただ大人しくルカの指示に従い、横向きに転がった。

「で、俺はここー」

 シロクマの前足の間に体をねじ込むと、腹に擦り寄るようにする。前足を枕と掛け布団のようにすればフワフワの毛に囲まれて温かい。

「……これは……いいな……」
「寝づらくないか」
「全然……ひたすらもふもふ……あ、グンナルは大丈夫? 床だけど」
「私は遠征時は、この姿でこうして寝ている」

 ウルスス帝国の皇族たちは、統治者でありながら戦士だ。グンナルも、魔物退治や戦場に行くことがあると昼に話していた。

 ヒト族が遠出するときには寝る場所なども気遣わねばならないが、獣人は便利そうである。ルカは感心して目の前の白い毛を撫でた。

「いいなー。俺が一緒に遠征とかするときはさ、こうやって寝かせてくれたら荷物少ないな」
「ルカを遠征に行かせることはない」
「俺だって魔物と戦えるし、戦場も……経験は、ないけど……」

 男を伴侶にする利点を少しでも知ってもらおうとするが、どんどん意識がぼんやりとしてくる。
 昼間にルカを寒さから守るために抱き締めてくれたのと同じ体温に、不思議なほど安心する。

 疲労が外に滲み出るような感覚がとても気持ちよくて、眠気と幸福感に包まれていく。
 腹にある前脚が、遠慮がちにポンポンと叩いてくれた。

「ルカ」
「ん?」
「ここに来てくれたのが、お前で良かった」

 耳心地よいグンナルの深い声に、ルカは緩く微笑む。

「ビアンカだったら……シロクマに出迎えられた時点で気絶してた、な……」

 白いモフモフに包まれた微睡の中でルカは本音を呟いてしまうが、グンナルは気分を害した様子もなく言葉を続けた。

「ビアンカ王女と比べたわけではなく、ルカといると明るい気持ちに……ルカ?」

 規則正しい寝息を立て始めたルカを、グンナルが覗き込んだ。枕にしている腕を動かされても、ルカは微動だにしない。あっという間に深い眠りについてしまった。

「無防備な……シロクマどころか、他人に慣れるのがあまりにも早い……」

 いくら疲労していても、こんな状態で本当に寝てしまうことがあるだろうか。初対面で緊張の面持ちをしていたことが嘘のようだ。

 ルカの熟睡を確認したグンナルは、力の抜けた体を軽々と抱き上げて広いベッドへ移した。
 起きる様子のないルカを見下ろし、人の姿に戻る。揺らさないように静かにベッドに上がって、端っこに横たわった。

「……慣れねばならぬのは、私の方だからな……」

 隣で自分に背を向けて目を閉じたグンナルの低いつぶやきは、夢の中にいるルカが聞くことはない。
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