妹の代わりにシロクマ獣人と真っ白婚!?

虎ノ威きよひ

文字の大きさ
3 / 14

2話 シロクマさん!?

しおりを挟む
 ベッドの上でなんとか移動しようと、ルカは手足をワサワサと動かす。
 這いずって床にでも落ちれば、嫌でも目が覚めるはずだ。

 大人とは思えない異様な動きでなんとかベッドの端に辿り着き、頭からゆっくりと降りようとしたその時だった。

「る、ルカ王子?」
「う、え、……うわぁあ!」

 黒い瞳を見たと思った瞬間、ゴンっと鈍い音がして目の前に軽く星が飛ぶ。

 いつからこの部屋は、ルカ一人の空間ではなくなっていたのだろう。
 知らない男が部屋の扉の前に立っていたものだから、驚いて落ちてしまった。

 想定よりも勢いよく床に頭をぶつけたルカは、そのままズルズルと上半身をカーペットにつけながら、ぶつけた頭を両手で押さえる。
 もしもカーペットが敷き詰められた床でなかったら、患部はもっとかち割れるような痛みだっただろう。

「だ、大丈夫か?」
「……わ、……」

 深く耳心地良い声がした方に目の焦点を合わせれば、彫刻の巨匠が創造したような精悍な顔が見下ろしてきていた。

 間抜けな格好で間抜けな声しか発せなかったルカは、美しい顔から目が離せない。

 歳の頃はルカと同じか、少し上だろうか。
 照明に当たって輝く白髪は短く整えられ、黒曜石のような瞳や高く形の良い鼻、血色のいい唇は、輪郭に対して完璧な配置に収まっている。

 透けるように白い肌は繊細そうだが、紺のベストがはち切れそうなほどの厚い胸板や広い肩幅からは、男らしさしか感じなかった。

(か、か、かっこいい……っ)

 男でも見惚れる格好良さだ。

 惚けているルカの体を、黙って抱き起こしてくれる腕も逞しい。
 祖国では体格がいいと言われていたルカが、華奢に見えるほどだった。

 その美形は凛々しい眉をわずかに寄せ、心配そうにルカの額を撫でてくる。
 無機質で彫像のような見た目に反して、触れてきた大きな手は熱がありそうなほど温かかった。

「気は確かか、ルカ王子? 自分の名前を言えるか?」
「俺……あ、は、はい! 俺はルカ・ヴェ・ドゥルーラ、です。あの、貴方は? なんでここに」

 ぼーっと見惚れてしまっていたルカだったが、声を掛けられて我に返った。

 すぐに体を起こして床に座り、スラスラと言葉を紡いだルカを見た美形は「良かった」と安心したように微笑む。
 その微笑みさえも光り輝くようで、ルカは思わず頬が熱くなる。

 祖国にはいないタイプの洗練された美貌だからだろうか。
 こんなに人の外見に惹かれたのは初めてで戸惑ってしまう。

 そんなルカの心の中は全く伝わっていないらしい。彼は片膝をついたまま胸に手をやり、自身を示す。

「驚かせて申し訳ない。私はグンナル・オスカーソン、この城の」
「グンナル!? あの、シロクマさん!?」
「そう、さっきのシロクマだ」

 あまりの衝撃に、ルカは部屋に響き渡る大声でグンナルと名乗った美形の言葉を遮った。
 気を悪くした様子もなく頷くグンナルに、ルカはずいっと顔を寄せる。
 勢い余って鼻先が触れた。

「こ、こんなにかっこよくなんの……?」

 見つめるだけで本当に穴が開くなら、グンナルの顔には空洞ができているだろう。
 輪郭がボヤけないギリギリまで顔を離して、ルカは花のかんばせと向かい合う。

 だがグンナルは、夏の若葉のように輝くルカの瞳から気まずそうに目をそらした。

「その、ルカ王子……さっきはベッドの上でもがいていたようだが体調は悪くないか」
「もがいて……あ、ああ! あはは、眠いのをなんとかしようとしてただけだから大丈夫! 恥ずかしいとこ見られちゃったな」

 大国の皇子との政略結婚だ。
 行儀良く、賢そうに、男でも伴侶として申し分ないと思ってもらえるように、とルカは気を張っていた。

 しかし先ほどの醜態を見られてしまっているなら、もう全てが遅い。
 驚きのあまり口調も完全に崩れてしまった。

 もうどうでも良くなって、ルカはふわふわの髪を押さえながら大きな口を開けて笑う。
 そんなルカに、グンナルは訝しげに首を傾げてきた。

「眠いのをなんとかしようと……?」

 もっともすぎる疑問だ。

「頭から床に落ちれば目も覚めると思って。あ、他の人には内緒な。奇行癖があると思われたら大変だ」

 改めて説明してみると自分でも意味がわからない。
 先ほどのルカは、眠気と疲れでどうかしていたらしい。
 だが、おかげで目が覚めたのは事実だ。想定以上の痛みではあったけれど。

 真面目に聞いていたグンナルは、表情は崩さないまま僅かに声を震わせた。

「き、奇行だという自覚があって良かった」
「俺だって普段からこんなことしてるわけじゃ……あ! それよりなんで音もなく部屋にいたんだ?」

 ルカは言い訳をしようと口を動かしたが、ふと思いついた疑問が先に出る。
 するとグンナルは、ルカの顔色を確かめるように見つめてきた。

「ああ、一応ノックをしたのだが返事がなかったので……何かあったのかと。本当に大丈夫そうで良かった」
「びっくりさせてごめんなー? 眠くて全然聞こえなかった」

 眠かったどころか、一瞬意識が飛んでしまっていたのかもしれない。疲れているであろう人間がベッドの上で不審な動きをしていたら、心配もするだろう。

 苦笑いするルカに、グンナルは改めて真剣な表情になった。立ち上がって、深々と頭を下げられる。
 ルカは驚いて自分も立ち上がり、グンナルの頭を上げさせようとする。

 だが、グンナルが先に口を開いた。

「その、先ほどは大変な失礼をした。帝都に結婚相手のことを確認したが、連絡が遅れていたと……それを伝えるために部屋に来たんだ」
「言葉を返すようで申し訳ないけど……グンナル皇子。ビアンカから俺に結婚相手が変更になったのは、本当に初期段階だったはずで」
「誠に申し訳ない。こちらの落ち度だ」

 グンナルの両手が震えるほど強く握られていて、ルカは口を閉じた。

 結婚相手の変更は、フィオレンテ王国側はウルスス帝国のどの皇子と結婚するのかもわからない段階で伝えている。
 グンナルに伝える時間がなかったとは考えにくい。

 しかしグンナルの様子から、知らなかったというのは本当だろう。
 ということは、誰かが意図的に伝えずにいたのだ。

 ルカは大国の皇子にも複雑な事情があるのだと察し、話してくれるのを待とうと決める。

(必要になったら教えてくれるだろ)

 そう考えながら、グンナルに頭を上げてもらう。
 謝らないといけないのはこちらも同じだ。

「こちらこそ、我儘言ってごめんな。王女じゃなくて王子なんて子どもも産めないし」
「産めないのは私も同じだ。ルカ王子、私の元に来てくれてありがとう。これからよろしく頼む」

 何の澱みもなく言われてしまって、ルカはまじまじとグンナルを見てしまう。

 互いに跡継ぎは必要ない身の上とはいえ、王女がくると思っていたのをこんなにあっさりと受け入れてくれるとは。
 拒否されたら途方に暮れるしかなかったルカは、ふわりと胸が熱くなるのを感じる。

 見つめすぎたのだろう。
 グンナルは居心地悪そうに黒曜石の瞳を揺らした。

「な、なんだ」
「いやー、グンナル皇子って素敵だなって。顔はかっこいいし、声も体も良いし、性格まで男前。俺が王女だったら、今すぐ抱いてって言っちゃうな」
「……」

 褒めたつもりだったのに、グンナルは真顔の上に無言になってしまった。
 よくある男同士の軽口のつもりだったが、考えてみれば文化が違う。馴れ馴れしすぎたのかもしれないとルカは焦った。

「あ、ごめん。男同士だからって慎みなさすぎたぁあ!?」

 ルカは目を見開き、尻もちをついた。

 なんと、目の前にシロクマが登場したのだ。

 ドンっと立つシロクマから勢いよく距離をとったルカは、壁に背中をぶつける。真っ青な顔でシロクマに両手を突き出した。

「ご、ごごごめん! 怒らないで!」
「違う。怒ってない。すまない。諸事情が……」
「なに? 諸事情って、なに?」

 初対面の時も言っていた気がする「諸事情」だが、ルカには意味不明で声が震えてしまう。

 柔らかい声は確かに先ほどまで会話していたグンナルのものだが、シロクマはどう見ても怖い。遠くで見る分には可愛らしいイメージもあるが、今はあまりにも近かった。

 涙目になっているルカに、グンナルはシロクマのまま、静かに語りかけてくる。

「危害は加えないと約束する。あの、疲れているとは思うが、失礼の詫びを兼ねて城を案内しようかと」
「案内……あ、ありがとうございます……」

 グンナルに気に入られなければならない、そんな事情以前に。
 シロクマに言われてしまうと、怖すぎてどう考えても拒否権はなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

冤罪で断罪されたら、魔王の娘に生まれ変わりました〜今度はやりたい放題します

みおな
ファンタジー
 王国の公爵令嬢として、王太子殿下の婚約者として、私なりに頑張っていたつもりでした。  それなのに、聖女とやらに公爵令嬢の座も婚約者の座も奪われて、冤罪で処刑されました。  死んだはずの私が目覚めたのは・・・

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

守ってあげます、旦那さま!〜筋肉が正義の家系で育った僕が冷徹公爵に嫁ぐことになりました〜

松沢ナツオ
BL
アイハレク帝国の守護神と呼ばれるベニトア辺境伯の三男オリヴィンは、筋肉の一族の中でただ一人、絶世の美女である母の容姿を受け継いで溺愛されている。 本人は父や兄達と違うほっそりした体型にコンプレックスを持ち、必死で鍛えてきた。 努力を続け一人前の騎士と父の認められたばかりなのに、皇帝の命により将来有望と呼び声高い若き公爵リオネルと結婚することになってしまった。 皇位継承権のあるリオネルに不満を持つ皇后が、実子の王太子の地位を守るため形骸化していた同性での結婚を持ち出したのである。 当然、辺境伯である父は激怒。家族も憤慨していたが、皇帝の命令には逆らえない。オリヴィンは首都レージュヌに向かい、初めてリオネルに会う。 そこにいたのは、家族とは全く違う冷徹な雰囲気の青年で……? 愛されすぎて美的感覚がバグっているオリヴィンと、両親を事故で失った挙句命を狙われる孤独なリオネル。 正反対の二人が出会って認め合い、やがて愛し合う。そんなドタバタラブストーリーです。

処理中です...