妹の代わりにシロクマ獣人と真っ白婚!?

虎ノ威きよひ

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4話 笑ってはいけない

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 目の前にあるグンナルの両腕を掴み、ルカは必死の形相で言い募った。

「グンナル皇子、ごめんなやっぱり妹を連れてくるから!」

 ビアンカは気が強くてわがままだが、見た目は可憐な白百合のような王女だ。
 これは兄の贔屓目ではなく、国一番の美女と評判だった母親似なのだから事実である。
 この部屋はビアンカにとてもよく似合うだろうし、本人も気に入るだろう。

 グンナルほどの美男子が相手なら、ビアンカも猫を被って大人しくできるかもしれない。
 ルカの頭の中は妹をどのように説得し、グンナルと結婚させるかでいっぱいになっていた。

 だが、グンナルははっきりと首を左右に振る。

「必要ない」
「なんでだよ? こんなにいっぱい用意してもらってたのに、こっちの都合で結婚相手が変わっちゃって」
「それは連絡不足だったこちらの落ち度だと言っただろう。ルカが気に病むことじゃない」

 メイドたちがソワソワと見守る中で、グンナルはルカの両肩に手を置いてきた。
 強く掴まれているわけではないのに、黒曜石の瞳に捉えられて目が離せなくなる。

「ルカは、これから私といてくれると約束したばかりだ。私はもうその気だ」

 王侯貴族の付き合いは、建前に建前を重ね、虚栄で塗り固められている。それ故に、相手の言葉の裏にある真意を見抜こうとする力が、自然と育っていくことが多い。

 基本的に穏やかで明るく、争いが少ない小国のフィオレンテ王国でもそれは例外ではなかった。
 国内は味方ばかりでも、資源豊かな祖国は諸外国から狙われ続けている。ルカがウルスス帝国に輿入れしたのも、大国に守ってもらうためだ。

 だからこそ分かる。グンナルの真摯な響きの声は、嘘を言っていない。
 本当にルカでいいと言ってくれているのが分かって、胸が大きく波打った。
 グンナルの優しさも誠実さも痛いほど伝わってくる。

 でも、それに甘えるだけではルカの気がすまなかった。
 ルカはぐるりと体をクローゼットに向けると、大股でふわふわのカーペットを踏みしめて近づいていく。

「じゃあせめて俺がこの部屋も服も使う!」

 ドレスの並ぶクローゼットの前にドンと立ったルカの言葉に、暖炉で温められていた部屋の空気が凍りつく。

「いや、ルカ。それはさすがに無理が」
「大丈夫! 着られるから!」

 止めようとするグンナルの声を遮り、ルカは外套を脱いで目の前のドレスを一着掴んだ。
 手に向かって広がった長い袖のドレスは暖かそうな紅色で、スカート部分にひらひらとレースが重なっていてボリュームがある。

 周りが止めるのを聞かず、ルカは服を着たままなんとか腰の位置までスカートを持ち上げた。この時点で、背中は閉まらないだろうことが予想出来る。

 袖が広がっているため腕は余裕で入りそうだと思ったが、二の腕の部分が想像以上に細く、肘まで辿り着けなかった。

 中途半端に服を着た滑稽な格好で、ルカは改めて鏡を見る。端的に言って絶望しかない。

「……無理か……」

 正気に戻ったルカの真顔を見て、メイドたちがうつむいてしまった。
 今この部屋は、笑いたいのに笑えない空間と化している。

 いっそ笑ってくれと思いつつも、ルカはここまできたらと恥を捨てた。
 ドレスを床に落とし、自分の上衣に手を掛ける。

「服を脱げば! いけるかもしれない!」

 ルカのヤケクソな行動が最高点に達したこの時、ようやくグンナルが動いた。
 グンナルはどう見ても笑うのを耐えて奥歯を噛み締めている。美しい顔を険しく歪めて、息も絶え絶えに口を開いた。

「も、元々……っビアンカ王女が来たら調整予定で作ってはあるが、男の体に合わせては作っていない。っ、流石に無理だ。ルカは体格もいいから……っ! だ、だから脱ぐな!」

 まだ手を動かそうとするルカの手首を、グンナルが掴む。痛くはないから振り解けそうだが、ルカは動きを止めた。
 白いカーペットに広がる赤いドレスを見て、どんどん眉が下がってしまう。

「でもせっかく……っ」
「良いんだ。本当に我が国の落ち度なのだから、気にするな。すぐに防寒具だけでも用意したかったが、ここには獣人しかいなくてな……ひとまずこのケープを使ってもらって良いだろうか」
「ケープ……」

 グンナルはクローゼットから真っ白な毛皮のケープを取り出した。完全に冷静さを失っているルカを宥めるように、ふわりとケープを肩にかけてくれる。

 体に巻くだけのケープであれば、体の大きさはあまり関係ない。本来はもう少し長いのだろうが、ケープは背中まで覆ってくれる。
 柔らかい肌触りのケープを大人しく握りしめるルカに、グンナルは柔らかく微笑みかけてきた。

「明日にはルカ用の衣服を揃えよう。好みも教えてくれると嬉しい」
「……ごめんなさい。ありがとう」
「謝らないでくれ」
「ん、でもその……また変なことしたから」

 頭に上った血が顔に降りてくる。真っ赤になった顔の下半分をケープに入れて、ルカはモゴモゴと謝罪した。

 自分で思っているよりも、「大国への輿入れ」がルカに負荷をかけていたのだと思い知る。
 ここに来てから、グンナルの前で醜態しか晒していない。何もかもが空回りしていた。

 もう少し上手く立ち回れることを期待されてきたはずだったのだ。
 ビアンカでは友好関係を築くのが難しいなどと、よく上から目線で考えたものだと自分を嗤ってしまう。

 ルカが完全に項垂れてしまったからだろう。グンナルは優しく頭を撫でてくれた。
 目線を合わせ、深く耳心地のいい声で言葉を掛けてくれる。

「ルカは賑やかで面白い人だな」
「それはよく言われる」
「一緒に暮らすのが楽しみだ」

 視線を上げれば、黒曜石の瞳の煌めきがルカを包み込んでくれている。
 これから一生を共にする人がこの人で本当に良かったと、ルカは心から思った。

「……グンナル皇子」
「私に呼び捨てさせておいて、ルカは皇子と呼ぶのか?」
「う」

 もっともな言い分だ。
 グンナルに失礼があってはならないという遠慮と、人間離れした美形への緊張で変なところに気を遣ってしまう。

 ルカは一度咳払いすると、背筋を伸ばしてグンナルを見上げた。

「グンナル、お願いがある」
「なんだ?」
「俺の外套、ケープみたいに白にしてくれるか?」
「ああ、もちろんだ。白が好きか?」

 快諾してくれるグンナルだが、ルカは白が好きなわけではない。もちろん嫌いでもない。
 でも、これからは特別な色になるだろう。

「シロクマのグンナルとお揃いになるなって」

 グンナルのことはまだよく知らない。
 ルカが知っていることはシロクマになる獣人であることと、好感が持てる人物であることだけだ。

 グンナルからしても、ルカは奇行に走ることのある、明るい人間ということしか伝わっていないだろう。

 何も知らない同士、形からでも伴侶らしくなろうと、ルカがはにかみながら笑いかける。
 しかし、グンナルから返事はなかった。

「…………」

 銅像のように美しい顔が固まってしまったのだ。

「グンナル?」

 ルカが一歩近づくと、グンナルは片手で顔を覆って唸る。

「……限界だ……」
「え? ……ぅえええ!?」

 くぐもった声が聞こえ、耳が赤く色づいているのを見たとルカの脳が認識した瞬間。
 またシロクマが出現した。

 情けない声を上げたルカは、反射的に距離をとる。すると、丁度真横の位置になった先ほどの執事に問いかけた。

「なんで!? なんでなんの脈絡もなくシロクマに……あれ? ごめん、あんまり知らないんだけど、獣人って一定時間しか人間になれないとか」
「ございませんねぇ」

 早口で捲し立てるようなルカの言葉に、年配の執事は柔和な笑みを浮かべた。
 シロクマが目の前にいても全く怖がらないのは、彼も獣人だからに他ならない。

 この場で驚いているのも恐怖を感じているのも、ルカだけだ。
 それでもルカは怖いものは怖いし、わからないものはわからない。
 恥じることなく質問を重ねていく。

「じゃ、じゃあなんでグンナルは会話中にシロクマになっちゃうんだ?」
「グンナル殿下は照れ屋さんなのです」
「照れ屋さん……照れ屋さん?」

 執事のおっとりとした返事を、ルカは呆然と復唱する。

 グンナルが仮に照れ屋なのだとして、それとシロクマになることとなんの関係があるのか。ルカには見当も付かなかった。
 きちんと説明してほしいと、改めて彼に向き直ったルカだったが。

「しょ、諸事情で……私が照れているわけではない。皇族たるものいつでも冷静であるものだ。さぁルカ、部屋はすぐ整えさせるからそれまで城の案内を再開しよう」
「うえ、え?」

 シロクマ、もといグンナルが会話に割り込んできて、深い詮索はできなかった。
 出会ってから一番の早口で捲し立てたグンナルは、シロクマの姿のまま四つ足で部屋のドアへ向かっていく。

 疑問しか湧いてこないルカだったが、妙に温かいメイド達の視線から逃れるために、ふわふわと揺れる短い尻尾を追いかけるのだった。
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