21 / 46
20話
しおりを挟む
カズユキはそこでようやくティーカップを手に取る。
揺れる紅い水面からは目の前の男には似合わないフルーティな香りがした。
「お前は院長から何か聞いてるか? ミナトが逃げ出した理由とか…」
「詳しくは言えないと言われた。ただ、命が狙われている可能性があると。」
悔しげにしかめられた眉、膝の上で組まれた指に力が入る。
「よくそれで引き受けたな。」
「あの人が『言えない』という時は、心配をかけたくない時だ。…だから勝手に動くことにした。」
「…。」
カップで表情を隠しながら紅い目はセイゴウをじっと観察する。
セイゴウは生い立ちのせいもあるのか、合理的で人の善性を信じきるタイプではない。ルールを重視するのも、それが最もが分かりやすいものだからだ。
その彼が全く疑いの目を向ける様子のない院長は、信頼に足る人物なのかもしれない。
もちろん、家族相手の根拠のない信頼である可能性もあるので油断はできない。
カズユキはぬるくなった紅茶を軽く舐めてからテーブルに戻す。
「なるほど。で?」
何か分かったのか? と言外に伝える。
しかしそこで、セイゴウは肘掛けに緩やかに頬杖をついた。昨日の経緯を答えたから話は終わりだ、と態度で示す。
「貴様に言う義務はないが?」
「良いじゃねぇか。同期のよしみで。…あ。」
思わせぶりに唇に弧を描かせて立ち上がる。
訝しげにその動きを追うセイゴウの肩に、色白の手が置かれた。剣を扱う皮の厚い掌が、制服の上からするりと筋力のある二の腕までを撫で下ろす。
「何か情報料がいるか? 忙しくて溜まってんなら相手するぜ。」
腰を折ると耳元に触れるか触れないかのところまで唇を寄せ、息を多く含ませて囁く。
「貴様じゃ勃たない。」
何度も人を籠絡してきた艶のある声に誘惑されることなく、冷たい響きの声で一蹴する。めげることなく、カズユキは楽しげに横から腕を首に絡めた。身体と身体が触れ合う。
「つれねぇな。掘りあった仲だろ?」
「15年も前の話だ。お互い若くて懲罰部屋で媚薬付き。あれをカウントするな。」
絡んだ腕を強く掴みながら吐き捨てた。
ただでさえ険しかった表情がさらに不快に歪む。
ふたりが20歳のころに一度だけ、カズユキとセイゴウは性的にまぐわったことがある。
当時の上官からの嫌がらせの一環だった。
命令違反の難癖をつけられて、媚薬を飲まされた上で懲罰部屋に2人共が放り込まれたのだ。
その上官の趣味だったのか、それともグルになっていた者たちの意見だったのかはわからない。とにかく、彼らが見守る中で強制的に互いの体を貪る結果になった。
すぐに本能に従って動いたカズユキは面白がっているが、ギリギリまで理性を保っていたセイゴウにとっては消し去りたい過去だった。
当時の互いの痴態を思い出すとどうにも笑いが込み上げてきて、カズユキは体を離しながら肩を震わせる。セイゴウは鋭い目で睨みつけた。
しかし一度目を閉じて笑いを収めると、次は真剣な表情の男が座ったままのセイゴウを見下ろす。
「こっちはあの可愛らしい依頼人を守る義務があんだよ。」
スイッチがあるかのように声のトーンもオーラも変わる。
その温度差で相手を揺さぶる狙いがあることはセイゴウには分かっていたが、そこに嘘がないことも強く感じる。
なによりも、彼の中で「守るべき弱者」となる子どもを出されると弱かった。
「…現在調査中だ。が、」
今日初めて、深緑が紅を真っ直ぐ捕らえる。
「最近、各地で増えている行方不明者に関係があると私は踏んでいる。」
「…うちの地域だけじゃないのか…」
カズユキは、ここ数日で行方不明の子どもが出ているのだという話を思い出す。
孤児院での子ども売買を彷彿とさせる会話。
そして、行方不明者の中に写真があったミナト。
胸の引っ掛かりが取れたかのようだ。
自分のルールのせいで関わることのできない予定だった事件に、知らぬ間に首を突っ込めていたのだから。
揺れる紅い水面からは目の前の男には似合わないフルーティな香りがした。
「お前は院長から何か聞いてるか? ミナトが逃げ出した理由とか…」
「詳しくは言えないと言われた。ただ、命が狙われている可能性があると。」
悔しげにしかめられた眉、膝の上で組まれた指に力が入る。
「よくそれで引き受けたな。」
「あの人が『言えない』という時は、心配をかけたくない時だ。…だから勝手に動くことにした。」
「…。」
カップで表情を隠しながら紅い目はセイゴウをじっと観察する。
セイゴウは生い立ちのせいもあるのか、合理的で人の善性を信じきるタイプではない。ルールを重視するのも、それが最もが分かりやすいものだからだ。
その彼が全く疑いの目を向ける様子のない院長は、信頼に足る人物なのかもしれない。
もちろん、家族相手の根拠のない信頼である可能性もあるので油断はできない。
カズユキはぬるくなった紅茶を軽く舐めてからテーブルに戻す。
「なるほど。で?」
何か分かったのか? と言外に伝える。
しかしそこで、セイゴウは肘掛けに緩やかに頬杖をついた。昨日の経緯を答えたから話は終わりだ、と態度で示す。
「貴様に言う義務はないが?」
「良いじゃねぇか。同期のよしみで。…あ。」
思わせぶりに唇に弧を描かせて立ち上がる。
訝しげにその動きを追うセイゴウの肩に、色白の手が置かれた。剣を扱う皮の厚い掌が、制服の上からするりと筋力のある二の腕までを撫で下ろす。
「何か情報料がいるか? 忙しくて溜まってんなら相手するぜ。」
腰を折ると耳元に触れるか触れないかのところまで唇を寄せ、息を多く含ませて囁く。
「貴様じゃ勃たない。」
何度も人を籠絡してきた艶のある声に誘惑されることなく、冷たい響きの声で一蹴する。めげることなく、カズユキは楽しげに横から腕を首に絡めた。身体と身体が触れ合う。
「つれねぇな。掘りあった仲だろ?」
「15年も前の話だ。お互い若くて懲罰部屋で媚薬付き。あれをカウントするな。」
絡んだ腕を強く掴みながら吐き捨てた。
ただでさえ険しかった表情がさらに不快に歪む。
ふたりが20歳のころに一度だけ、カズユキとセイゴウは性的にまぐわったことがある。
当時の上官からの嫌がらせの一環だった。
命令違反の難癖をつけられて、媚薬を飲まされた上で懲罰部屋に2人共が放り込まれたのだ。
その上官の趣味だったのか、それともグルになっていた者たちの意見だったのかはわからない。とにかく、彼らが見守る中で強制的に互いの体を貪る結果になった。
すぐに本能に従って動いたカズユキは面白がっているが、ギリギリまで理性を保っていたセイゴウにとっては消し去りたい過去だった。
当時の互いの痴態を思い出すとどうにも笑いが込み上げてきて、カズユキは体を離しながら肩を震わせる。セイゴウは鋭い目で睨みつけた。
しかし一度目を閉じて笑いを収めると、次は真剣な表情の男が座ったままのセイゴウを見下ろす。
「こっちはあの可愛らしい依頼人を守る義務があんだよ。」
スイッチがあるかのように声のトーンもオーラも変わる。
その温度差で相手を揺さぶる狙いがあることはセイゴウには分かっていたが、そこに嘘がないことも強く感じる。
なによりも、彼の中で「守るべき弱者」となる子どもを出されると弱かった。
「…現在調査中だ。が、」
今日初めて、深緑が紅を真っ直ぐ捕らえる。
「最近、各地で増えている行方不明者に関係があると私は踏んでいる。」
「…うちの地域だけじゃないのか…」
カズユキは、ここ数日で行方不明の子どもが出ているのだという話を思い出す。
孤児院での子ども売買を彷彿とさせる会話。
そして、行方不明者の中に写真があったミナト。
胸の引っ掛かりが取れたかのようだ。
自分のルールのせいで関わることのできない予定だった事件に、知らぬ間に首を突っ込めていたのだから。
65
あなたにおすすめの小説
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
俺の居場所を探して
夜野
BL
小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。
そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。
そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、
このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。
シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。
遅筆なので不定期に投稿します。
初投稿です。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる