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第一章
エラルド・ユリオプス
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まだ何も音沙汰がないということは大丈夫なのだろうか。
担任となる教師の話をぼんやりと聞きながら先ほどの皇太子との一件を思う。
その場で名乗らなかったとはいえ、彼は皇太子。
本気で何か処分を下そうとして調べれば、私がどこの誰かなんてとっくに判明しているだろう。
というか、そもそも私が誰かなんて実は分かってて敢えて聞いた可能性もある。
だから、大丈夫。
(と、思い込まないとやってられない)
気を紛らわせるために教室全体を眺める。
黒板に向かって長机が2列に並んだ教室は、私が現実世界で経験した学校の教室とは雰囲気が随分違った。
傷ひとつなく、もちろん落書きの痕すらない長机は、重々しいダークブラウンの木製。
それに合わせた色の背もたれ付きの椅子はガタつかず、クッションもないのにお尻が痛くならず座り心地がとても良い。
さすが貴族の子女が通う学校だ。
乳白色の壁も、アーチ型の窓のガラスも磨き上げられている。ざらついた黒い石畳の床にはチリひとつ落ちていない。
特にどこが自分の席、という決まりはなく好きな場所に座れるため一番後ろの端に陣取った。
先ほどの一件が原因なのか私が美形すぎるからいけないのか、皆が真面目に前の方に座っているのか理由は不明だが。
誰も私と同じ机に座りに来なかった。
あと3つも席があるのに。
3つも席が余るってどうなんだ。
必要な連絡事項を話終えて教室から教師が出て行く。
今日はもう帰るだけだ。
教師が居なくなった途端にざわざわと生徒たちが話し始めた。
そういうところはどこの学生も同じだ。
(でも先生がいる間は誰も話さなかったなーすごいなー)
ふと、チラチラとこちらを伺いながら話すグループが男女問わず何組かあることに気がついた。
雰囲気的に良い方の噂話じゃなさそうだなーと思いつつ、その内の3人組のお嬢さんたちに笑いかけて手を振ってみる。
きゃっと可愛い声が聞こえた後、
「どうしましょう、素敵ですわ…!」
「ダメです…! 関わらない方がよろしくてよ!」
とヒソヒソ声が聞こえた。
(素敵ですわだってー! ほんとイケメンて楽しい……!)
社交会に出席したときもそうだった。
私が声をかけるとすこぶる嬉しそうにしてくれたり、
「デルフィニウム公爵家の長男の心を射止めるのは誰?」
と噂されたりするのは気分が良かった。
めちゃくちゃ楽しい。
正直私は、ここで友達が出来なくても痛くも痒くもない。
だから内緒話が下手すぎで全部聞こえていても傷つかないしショックでもない。
なんなら15歳の学生のノリなんてついていける気がしないので、少し遠巻きにしてくれるくらいがありがたい。
さて、自分の噂話に聞き耳を立てるのも面白かったが、健康な15歳の体は空腹を訴え始めた。
もう昼前だ。
さっさと食堂へ行って食事にしよう。
と、立ち上がろうと机に手をつけた時。
「皇太子殿下をやり込めてたの君だよな?」
と、柔らかく人懐っこい声に話しかけられた。
顔を上げると、落ち着いたモスグリーンの少し癖のある短髪で長身の男子生徒がこちらを見下ろして微笑んでいた。
私はそのまま真顔で固まった。
「あ、急にごめん! 俺はエラルド・ユリオプス。伯爵家の長男だ」
一人称は、俺。
「さっき皇太子と話してるところを見てた大勢の中の1人なんだ」
垂れ目気味の優しい形の目、輝く瞳は明るい黄色。
「君、本当に勇気があってカッコよかったな。あれはあの女の子が可哀想だったから……」
体に対して少し大きめの制服の上から見ても分かる、発展途上ではあるが15歳とは思えない鍛えられた体。
どう考えてもみんなが避けようとしている私に、声を掛けてくる勇気。
「すぐに声をかけたかったけど見失ったんだ。だから同じクラスでよかった」
爽やかすぎるオーラ!
これは!
(推し――――!!)
エラルドと名乗った彼を穴が開くほど見つめたまま、脳内の私はのたうち回った。
ドンピシャ。
どう考えても推し。
推し的な意味でとてつもなく好み。
今ならヘッドバンキングが出来る。
「……? シン……? で、合ってるよな……?」
なんの反応も返さない私に顔を近づけてくる。
少し不安そうに揺れる声もいとおかし。
萌。
だめ、語彙力が来い。
落ち着いて、落ち着いて何か返事をしなければ、と深呼吸をする。
この際、緊張していると思われても構わない。とにかく何かを言わなければ。
「……ああ。さっきのことがあった後に声をかけてくれる人がいると思わなくてな。驚いてしまったんだ。すまない」
自分で思っているより声が裏返ったりせず、まともに話が出来た。早口にならないように呼吸を意識して話す。
上手に笑顔が作れているのか、鼻の下が伸びてはいないか、鏡が欲しい。
「シン・デルフィニウム。公爵家の長男だ。よろしく。エラルド、と呼んでいいか?」
なんとか自己紹介をして手を差し出す。
即座に握り返される。
剣を握る習慣があるのだろうか。
手のひらに豆がある、私より少し大きくゴツめの手だ。
「もちろん、よろしく!」
公爵家にも怯まない心の強さ。
飛び切りの笑顔。
会って間もなさすぎる間柄だが。
前言撤回だ。
15歳のノリとか関係なく、エラルドとは仲良くしたい。
(絶対絶対絶対好き…!)
学生生活に潤いをありがとう神様。
担任となる教師の話をぼんやりと聞きながら先ほどの皇太子との一件を思う。
その場で名乗らなかったとはいえ、彼は皇太子。
本気で何か処分を下そうとして調べれば、私がどこの誰かなんてとっくに判明しているだろう。
というか、そもそも私が誰かなんて実は分かってて敢えて聞いた可能性もある。
だから、大丈夫。
(と、思い込まないとやってられない)
気を紛らわせるために教室全体を眺める。
黒板に向かって長机が2列に並んだ教室は、私が現実世界で経験した学校の教室とは雰囲気が随分違った。
傷ひとつなく、もちろん落書きの痕すらない長机は、重々しいダークブラウンの木製。
それに合わせた色の背もたれ付きの椅子はガタつかず、クッションもないのにお尻が痛くならず座り心地がとても良い。
さすが貴族の子女が通う学校だ。
乳白色の壁も、アーチ型の窓のガラスも磨き上げられている。ざらついた黒い石畳の床にはチリひとつ落ちていない。
特にどこが自分の席、という決まりはなく好きな場所に座れるため一番後ろの端に陣取った。
先ほどの一件が原因なのか私が美形すぎるからいけないのか、皆が真面目に前の方に座っているのか理由は不明だが。
誰も私と同じ机に座りに来なかった。
あと3つも席があるのに。
3つも席が余るってどうなんだ。
必要な連絡事項を話終えて教室から教師が出て行く。
今日はもう帰るだけだ。
教師が居なくなった途端にざわざわと生徒たちが話し始めた。
そういうところはどこの学生も同じだ。
(でも先生がいる間は誰も話さなかったなーすごいなー)
ふと、チラチラとこちらを伺いながら話すグループが男女問わず何組かあることに気がついた。
雰囲気的に良い方の噂話じゃなさそうだなーと思いつつ、その内の3人組のお嬢さんたちに笑いかけて手を振ってみる。
きゃっと可愛い声が聞こえた後、
「どうしましょう、素敵ですわ…!」
「ダメです…! 関わらない方がよろしくてよ!」
とヒソヒソ声が聞こえた。
(素敵ですわだってー! ほんとイケメンて楽しい……!)
社交会に出席したときもそうだった。
私が声をかけるとすこぶる嬉しそうにしてくれたり、
「デルフィニウム公爵家の長男の心を射止めるのは誰?」
と噂されたりするのは気分が良かった。
めちゃくちゃ楽しい。
正直私は、ここで友達が出来なくても痛くも痒くもない。
だから内緒話が下手すぎで全部聞こえていても傷つかないしショックでもない。
なんなら15歳の学生のノリなんてついていける気がしないので、少し遠巻きにしてくれるくらいがありがたい。
さて、自分の噂話に聞き耳を立てるのも面白かったが、健康な15歳の体は空腹を訴え始めた。
もう昼前だ。
さっさと食堂へ行って食事にしよう。
と、立ち上がろうと机に手をつけた時。
「皇太子殿下をやり込めてたの君だよな?」
と、柔らかく人懐っこい声に話しかけられた。
顔を上げると、落ち着いたモスグリーンの少し癖のある短髪で長身の男子生徒がこちらを見下ろして微笑んでいた。
私はそのまま真顔で固まった。
「あ、急にごめん! 俺はエラルド・ユリオプス。伯爵家の長男だ」
一人称は、俺。
「さっき皇太子と話してるところを見てた大勢の中の1人なんだ」
垂れ目気味の優しい形の目、輝く瞳は明るい黄色。
「君、本当に勇気があってカッコよかったな。あれはあの女の子が可哀想だったから……」
体に対して少し大きめの制服の上から見ても分かる、発展途上ではあるが15歳とは思えない鍛えられた体。
どう考えてもみんなが避けようとしている私に、声を掛けてくる勇気。
「すぐに声をかけたかったけど見失ったんだ。だから同じクラスでよかった」
爽やかすぎるオーラ!
これは!
(推し――――!!)
エラルドと名乗った彼を穴が開くほど見つめたまま、脳内の私はのたうち回った。
ドンピシャ。
どう考えても推し。
推し的な意味でとてつもなく好み。
今ならヘッドバンキングが出来る。
「……? シン……? で、合ってるよな……?」
なんの反応も返さない私に顔を近づけてくる。
少し不安そうに揺れる声もいとおかし。
萌。
だめ、語彙力が来い。
落ち着いて、落ち着いて何か返事をしなければ、と深呼吸をする。
この際、緊張していると思われても構わない。とにかく何かを言わなければ。
「……ああ。さっきのことがあった後に声をかけてくれる人がいると思わなくてな。驚いてしまったんだ。すまない」
自分で思っているより声が裏返ったりせず、まともに話が出来た。早口にならないように呼吸を意識して話す。
上手に笑顔が作れているのか、鼻の下が伸びてはいないか、鏡が欲しい。
「シン・デルフィニウム。公爵家の長男だ。よろしく。エラルド、と呼んでいいか?」
なんとか自己紹介をして手を差し出す。
即座に握り返される。
剣を握る習慣があるのだろうか。
手のひらに豆がある、私より少し大きくゴツめの手だ。
「もちろん、よろしく!」
公爵家にも怯まない心の強さ。
飛び切りの笑顔。
会って間もなさすぎる間柄だが。
前言撤回だ。
15歳のノリとか関係なく、エラルドとは仲良くしたい。
(絶対絶対絶対好き…!)
学生生活に潤いをありがとう神様。
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