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第二章

吐きそう※戦闘描写あり

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 さて。
 これは、まずい。
 
 今、私は剣術大会会場の中央に立っている。
 目の前には1回戦の対戦相手。
 確か2年生だ。

 胸を守る銀色の鎧からは鍛えられたムキムキの二の腕が直接出ている。寒そう。
 こちとら寒い上に出来るだけ怪我しないように分厚めの長袖を着ているというのに。
 身長も私より高いし、圧倒的に強そうだ。

 この会場にいる誰もが、私が勝つとは思っていないだろう。
 
 それは、いい。
 そんなお約束はどうでもいい。
 問題は。
 
(やばいやばい吐きそう出来ない! いや、吐く。今すぐ吐く)
 
 緊張で、最早周りの音が全く聞こえない。
 視界が真っ白だ。
 いや、見えている。見えているんだが見えていない。
 
 開会式の時は、意外と行けそうだな!私天才だからな!
 という気持ちになれたのだが。
 名前を呼ばれてその舞台に出ると、会場中の熱気が違った。

 完全に空気に呑まれている。
 
 私は今、どんな表情をしているのか。
 剣はきちんと持てているのか。
 
 心臓が耳元で鳴っているようだ。
 いや、全身が心臓になっている。そうに違いない。しかも、その心臓が口から出てきそうだ。
 どうなってるんだ私の心臓。
 
 目が回る心地の中、なんとか冷静になろうとする。

(誰も私が勝つと思ってないから。誰も私が勝つと思ってないから。負けても恥ずかしくない。負けても恥ずかしくない。……いや)
 
 そういう問題ではない!
 勝つとか負けるとかどうでもいい!
 今すぐ大勢の人の前から姿を消したい!!
 
 冷静になるつもりが逆効果だ。
 内心でのたうち回っていると、

「始め!!」

 ん?
 何か聞こえた?

「っ!?」

 ようやく耳に届いた音に意識を向けた瞬間。
 
 ものすごいスピードで相手が正面から切り掛かってきた。
 両手で持った剣は一直線に私へと振り下ろされる。
 
(今の、試合開始の合図か!!)
 
 私の体はきちんと反応してくれた。
 軽やかに後方へと跳んで避ける。
 剣が地面を削り砂埃が立つ。
 
 本当に手加減してくれていない。

「ぼーっと突っ立ってるのかと思ったのに。余裕だっただけか」

 体を起こしながら舌打ちされた。
 すみません。ぼーっと突っ立ってました。
 
 剣を構え直すのを見て、私も改めて剣を構えた。
 砂埃が晴れると、地面は想像よりもざっくりと抉れていた。
 背筋に悪寒が走る。
 
(怖っ! ぼーっとしてたら殺される!)
 
 ゆっくり息を吸って、吐いた。
 真っ直ぐ相手を見つめると、真剣な瞳と目が合った。
 そしてそこを中心に、どんどん視界がクリアになっていく。
 
 再び相手が地を蹴った。
 また正面から。
 私は次は剣で受け止めた。
 鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。
 振動で腕が痺れるようだ。
 
(つっっっよっっっ!!)
 
 体格差を利用して力で押し切るつもりなのだろう。
 腰を落として堪えるが、少しずつ後退させられているのが分かる。
 
 誰だよ噛ませ犬感すごいし勝てるかもって思ったの!
 ベスト16に残ってる実力者だぞ!
 普通にやったら普通に負けるわ!!
 
 が。
 思い出して欲しい。
 私は、チートである。
「天才」なのだ。

 なんか、ごめんね。
 
 私は口元に笑みを浮かべた。
 相手はすぐに気づいて眉を寄せる。
 
 流石に力では敵わない。
 一瞬力を緩めて、弛んだ隙に剣をいなしながら横に避ける。
 相手はバランスを崩すがすぐに立て直した。
 今度は片手で切り掛かってくる。
 
 不思議と。
 相手がどう動いてくるか。とか。
 こういう動きをされたらどう返せば良いかとか。
 そういったことが分かるのだ。
 
 剣を交えながら、バレットとペアでダンスをした時のことを思い出す。
 同じだ。
 バレットがどんな無茶振りをしようが、この体はきちんと反応して正解を叩き出す。
 
 相手にとってはひっどい話だ。
 
 しかしそれが、凄く気持ちがいい。
 体が滞りなくスルスル流れるように動く。
 
 そしてその流れの中で。
 私は相手の剣を弾き飛ばした。

「く……っ!」

 その剣はクルクルと回り。
 私の手に収まった。

「そこまで!!」

 リルドットの声が空間に響き渡る。
 
 唖然とした表情を見せた対戦相手。
 しかしすぐに顔を引き締めていた。
 
 会場を歓声が鳴らす。
 お互いに礼をして退場した。

「お前、修練場に来ないで普段はどこで稽古してんだよ」

 控室に戻りながら剣を返すと、悔しそうな声で聞かれた。

「……それは、秘密です。」

 笑顔で答えた。
 
 な――んもしてないなんて言えるわけがなかった。
 皆さんが稽古している間、ケーキ食べてるとか言えるわけがなかった。
 
 なんか、罪悪感すごい。
 しかしまぁ、チートとはそういうもんだから仕方ない。
 
 
 ◇
 
 
 控室に戻ると、そこから映像魔術で観ていたらしいエラルドが駆け寄ってきた。

「シン!! お疲れ様!!」

 エラルドの笑顔を見たらジワジワと力が抜けてくる。
 ああ、やっぱり体は動いていたけどめちゃくちゃ緊張してたんだわ。

「ありがと、おおお!?」

 駆け寄ってきた勢いに乗せて思いっきり抱き締められた。

「すごいなシン!! 絶対次も勝って、準決勝で俺と試合しよう!!」

 嫌だ次で負けたい。
 ていうか君は1回戦もまだだぞ。
 
 言ってることはごめん被りたい内容だが、友情のハグは心地いい。
 しっかりホールドしてくれているので、疲れている私は全力で体を預けることにした。
 エラルドの試合は次の次だし。
 
 あー、男で良かった。
 私が女のままだったら、この感じのハグは貰えない。

 男同士の友情のハグだからいいんだよ。
 これがいいの。
 夢見る腐女子にはこれが1番効く。

「そうだ、ご褒美は何がいいか決めた?」

 ふわふわと幸せに浸っていると、顔を覗き込まれた。
 近い。
 毎度飽きずにびっくりする。

「いや、もうこれでいい……」

 私は先程まで試合をしていたとは思えないレベルでダランと溶けながら答えた。

「これって?」

 エラルドにはキョトンとされた。
 
 そうしていると、椅子に座っていたバレットが近づいてきた。
 お疲れ様って言ってくれるのかな、とそちらへと顔を向けると。

「どうせなら決勝までこい」

 いつものテンションいつもの表情。
 バレットだなぁ安心するわ。

 自分は決勝にいけると信じて疑っていない。
 すごい自信だ。
 あのね、君も1回戦、まだだぞ。
 
 
 ねぇ、天才VS努力してる天才ってどっちが強いだろう。
 
 
 絶対にこいつらとは戦いたくない。

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