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第三章
生きてるだけで
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授業が終わったカフェタイムの食堂へと足を運んだ。
白を基調とした広い室内は、相変わらず女子生徒が多い。
でも以前よりは男子の姿が増えた気がする。
私という上位貴族が足繁く通うため、男子の甘いものに対するハードルが下がったのではないかと、料理長が嬉しそうに言っていた。
本当にそうだとしたら、私はとてもいい仕事をしているのでは。
空席を探していると、聞きなれたたおやかな声が聞こえてきた。
「殿下とお揃いの香りをさせていると聞いて楽しみにしてましたのに、もう香りが消えてしまったとの噂ですわ」
「ラナージュ様、殿下とシン様派ですもんね」
「パトリシアちゃんはエラルド様派だから安心だね」
はつらつとした声と柔らかい声も続いた。
なんだか楽しそうな話をしている。
「ふふふ、エラルド様に注意されてから香りが消えたって噂だよ! 大勝利ー!」
「他には何の派閥があるんだ?」
テンションの高いパトリシアの背後に立って声を掛けてみる。
「えーと、バレット様と……ってシン様!?」
「シ、シン!今の聞いてた……!?」
弾けるようにパトリシアとアンネの二人は私を振り返った。
驚いてる驚いてる。
噂話というか妄想話というか、その本人が登場したらその反応になるよな。
前は「シン様にはご友人とのロマンティックな噂がある」くらいの可愛らしい感じだったのに。
どう考えてもさっきの会話、皆さんそれぞれ推しカプがいるっぽい。
混ぜて混ぜて!!
と、心の底から言いたいのに何故私は本人なんだろう。
ラナージュだけは動揺することもなく、変わらぬ優雅な調子で紅茶を飲んでいる。
「あら、ごきげんようシン様。どうして殿下の移り香を消してしまったんですの?」
当然のように質問してくるから、周りが聞き耳を立て始めた空気が伝わってくる。
「あれは移ったんじゃなくて、同じ香水を貰っただけで……まぁいいか。邪魔するよ」
私はラナージュの隣の席の椅子を引き、近づいてきた給仕の人にコーヒーをお願いした。
「楽しそうな話をしていたから、混ぜてもらおうと思ってな」
「申し訳ございません、出来心なんですぅ」
「パトリシア、大丈夫ですわよ。シン様は本気で楽しそうだと思ってらっしゃいます」
祈るように指を組んで頭を下げるパトリシアに対し、私の代わりにラナージュが返事をした。
確かにその通りなんだけどさ。
「シンって心が広いよね……」
アンネも私が全く気分を害した様子がないことを察して感嘆している。
だってそういう話、大好きだしもっと聞きたいからな。声かけなきゃ良かったかもしれない。
「本当のところ、お相手はどなたなんです?」
「それを君が聞くのか。人が悪いな」
にっこりと微笑んだラナージュが首をかしげてきたので、頬杖をついて苦笑する。
なんでもないと知っているくせに面白がりやがって、という気持ちで言ったのだが。
ちょっと周りがザワッとした。
そういえば私とラナージュは本格的に噂されてるんだった。
普通にシンとラナージュ派とかもいるのかな。それとも別枠かなリアルすぎて。
「ここで私が、『アレハンドロだよ』なんて言ったら反応に困るだろう。なぁ、アンネ」
「え、う、えーと……うん」
遠慮がちに頷くアンネに口元が緩む。
素直でよろしい。
「エラルド様なら問題ないですよ!」
パトリシアは元気に手を挙げて入ってきた。
冗談なのは伝わってくるが、自分じゃなくて私でいいのか相手は。
もしエラルドが一緒にいたら爆笑していそうだ。
私は持ってきてもらったケーキとコーヒーに視線を落とした。
今日はティラミスだ。
「残念ながら恋愛してる場合じゃないとフラれたんだよ」
「えー!」
口元を覆って目を丸くするパトリシアの声に合わせて、周りのざわざわも大きくなる。
反応が面白すぎる。
もう少し盗み聞きしているのを隠そうよ。
いいけどさ。
「冗談だ」
私は肩を震わせながらティラミスを口に運ぶ。
ほろ苦さと甘味が混ざって美味しい。口が幸せだ。
しばらく女子会に混ざりながら、私の発言に一喜一憂する空間を面白がっていたのだが。
私がケーキを食べ終えた頃にラナージュが突然、真面目な声になった。
「話は変わりますがシン様、わたくし、お伝えしたいことがありましたの」
ここで話をしようという雰囲気ではない。
魔王関連で何か分かったのだろうか。
二人きりになった方が良さそうだ。
私は少しだけ残っていたコーヒーをグッと飲み干した。
「じゃあ場所を移そうか」
「ええ。ではアンネ、パトリシア。また明日」
早急に、しかし静かに立ち上がる私たちを、ぽかんとした表情のアンネとパトリシアが見送ってくれる。
「ねぇアンネ。お二人とも、隠さなくなったよねぇ」
「う、うーん……あのお二人は、違うんじゃないかな……」
聞こえてる聞こえてる。
耳まで優秀な私は、ひそひそ話もよく聞こえる。
シン・デルフィニウム、たぶん生きてるだけで苦労してたと思うわ。
白を基調とした広い室内は、相変わらず女子生徒が多い。
でも以前よりは男子の姿が増えた気がする。
私という上位貴族が足繁く通うため、男子の甘いものに対するハードルが下がったのではないかと、料理長が嬉しそうに言っていた。
本当にそうだとしたら、私はとてもいい仕事をしているのでは。
空席を探していると、聞きなれたたおやかな声が聞こえてきた。
「殿下とお揃いの香りをさせていると聞いて楽しみにしてましたのに、もう香りが消えてしまったとの噂ですわ」
「ラナージュ様、殿下とシン様派ですもんね」
「パトリシアちゃんはエラルド様派だから安心だね」
はつらつとした声と柔らかい声も続いた。
なんだか楽しそうな話をしている。
「ふふふ、エラルド様に注意されてから香りが消えたって噂だよ! 大勝利ー!」
「他には何の派閥があるんだ?」
テンションの高いパトリシアの背後に立って声を掛けてみる。
「えーと、バレット様と……ってシン様!?」
「シ、シン!今の聞いてた……!?」
弾けるようにパトリシアとアンネの二人は私を振り返った。
驚いてる驚いてる。
噂話というか妄想話というか、その本人が登場したらその反応になるよな。
前は「シン様にはご友人とのロマンティックな噂がある」くらいの可愛らしい感じだったのに。
どう考えてもさっきの会話、皆さんそれぞれ推しカプがいるっぽい。
混ぜて混ぜて!!
と、心の底から言いたいのに何故私は本人なんだろう。
ラナージュだけは動揺することもなく、変わらぬ優雅な調子で紅茶を飲んでいる。
「あら、ごきげんようシン様。どうして殿下の移り香を消してしまったんですの?」
当然のように質問してくるから、周りが聞き耳を立て始めた空気が伝わってくる。
「あれは移ったんじゃなくて、同じ香水を貰っただけで……まぁいいか。邪魔するよ」
私はラナージュの隣の席の椅子を引き、近づいてきた給仕の人にコーヒーをお願いした。
「楽しそうな話をしていたから、混ぜてもらおうと思ってな」
「申し訳ございません、出来心なんですぅ」
「パトリシア、大丈夫ですわよ。シン様は本気で楽しそうだと思ってらっしゃいます」
祈るように指を組んで頭を下げるパトリシアに対し、私の代わりにラナージュが返事をした。
確かにその通りなんだけどさ。
「シンって心が広いよね……」
アンネも私が全く気分を害した様子がないことを察して感嘆している。
だってそういう話、大好きだしもっと聞きたいからな。声かけなきゃ良かったかもしれない。
「本当のところ、お相手はどなたなんです?」
「それを君が聞くのか。人が悪いな」
にっこりと微笑んだラナージュが首をかしげてきたので、頬杖をついて苦笑する。
なんでもないと知っているくせに面白がりやがって、という気持ちで言ったのだが。
ちょっと周りがザワッとした。
そういえば私とラナージュは本格的に噂されてるんだった。
普通にシンとラナージュ派とかもいるのかな。それとも別枠かなリアルすぎて。
「ここで私が、『アレハンドロだよ』なんて言ったら反応に困るだろう。なぁ、アンネ」
「え、う、えーと……うん」
遠慮がちに頷くアンネに口元が緩む。
素直でよろしい。
「エラルド様なら問題ないですよ!」
パトリシアは元気に手を挙げて入ってきた。
冗談なのは伝わってくるが、自分じゃなくて私でいいのか相手は。
もしエラルドが一緒にいたら爆笑していそうだ。
私は持ってきてもらったケーキとコーヒーに視線を落とした。
今日はティラミスだ。
「残念ながら恋愛してる場合じゃないとフラれたんだよ」
「えー!」
口元を覆って目を丸くするパトリシアの声に合わせて、周りのざわざわも大きくなる。
反応が面白すぎる。
もう少し盗み聞きしているのを隠そうよ。
いいけどさ。
「冗談だ」
私は肩を震わせながらティラミスを口に運ぶ。
ほろ苦さと甘味が混ざって美味しい。口が幸せだ。
しばらく女子会に混ざりながら、私の発言に一喜一憂する空間を面白がっていたのだが。
私がケーキを食べ終えた頃にラナージュが突然、真面目な声になった。
「話は変わりますがシン様、わたくし、お伝えしたいことがありましたの」
ここで話をしようという雰囲気ではない。
魔王関連で何か分かったのだろうか。
二人きりになった方が良さそうだ。
私は少しだけ残っていたコーヒーをグッと飲み干した。
「じゃあ場所を移そうか」
「ええ。ではアンネ、パトリシア。また明日」
早急に、しかし静かに立ち上がる私たちを、ぽかんとした表情のアンネとパトリシアが見送ってくれる。
「ねぇアンネ。お二人とも、隠さなくなったよねぇ」
「う、うーん……あのお二人は、違うんじゃないかな……」
聞こえてる聞こえてる。
耳まで優秀な私は、ひそひそ話もよく聞こえる。
シン・デルフィニウム、たぶん生きてるだけで苦労してたと思うわ。
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