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14話 加減
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大和のテンションがとんでもない。
いつも通りの無表情で、声も低くして静かで、たいして喋ってもいない。
それなのにものすごくテンションが高く感じる。眼鏡もしてなくて前髪も横に流したから、顔が全面はっきり出ているからだろうか。
隣に居るとオーラがうるさい。
絵の一枚一枚をどんだけ見るんだってほど見つめては音もなく感嘆している。すごい集中力だ。
特に「ものすごく好きだ」とか言えるものがない俺にとっては、本気で羨ましい熱量だった。
好きなものがあるって、人生楽しそうだ。
原画展ってことだったけど、飾り付けとかも凝っていて来場者を楽しませる雰囲気がある。
キャラクターの大きなパネルがあったり、服が飾ってあったり、主人公の部屋を真似ているらしい空間があったり。
大和ほど熱心なファンではなく、漫画を借りて読ませてもらっただけの俺でも面白かった。
一通り見終わって、グッズ販売のエリアで抽選で当たった限定グッズの引き換え券を渡す。
(……要らねぇんだよな……)
キャラクターの集合写真のようなアクリルキーホルダーを手に、オレは微妙な顔をしてしまう。こんなところでは口が裂けても言えない。
でも、どうしてもこのキーホルダーは、羨ましそうにチラチラとこちらを見ている中の誰かに貰われた方が幸せなんじゃないかと思うんだよな。
「もうつけるの?」
「うん」
カバンにしまうと一生カバンの底で眠らせてしまいそうだったから、俺はすぐに封を切った。
大和は俺のショルダーポーチに付けて揺れるソレを嬉しそうに見てくる。気に入ったと思ったのだろうか。帰ったら外そうと思ったのに出来なくなったかもしれない。
「少し見に行っていい?」
引くほどひとが集まるグッズ売り場を指し示す大和に、俺は頷く。
「ちょっとじゃなくてゆっくり見れば良い」
と、言葉を頭で構築して声に出す前に、大和は弾むような足取りで人混みの中に入っていく。
文房具にポスターに、ぬいぐるみにマグカップとか皿とか時計まで。とにかく色んなグッズがあった。
(抱き枕カバーって……買うやついるのか……)
とか思ってると、横から手が伸びてきて女の人が持っていった。心の声が聞こえない人であることを祈る。
ところで、大和はずっと何かのグッズの前にしゃがみ込んで動かない。覗き込んでみると、筒形のクッキー缶を二つ持って睨みつけている。
「ふたつ買うのか?」
「ひとつ……」
どうやら、買った金額ごとにオマケのコースターがもらるらしい。しかもランダム。商魂逞しいシステムだなぁ。
クッキー缶は、買うと一枚コースターがもらえる値段だという。
缶の絵柄が二種類あるから、大和は真剣に迷ってるってわけか。そういうことなら、と、俺は大和が持っている缶の片方に手を掛けた。
「……じゃあ俺、こっち」
「え」
「クッキー好きだから。缶は後でやるよ」
こっちを見た大和の耳元で声を落とす。クッキー食べちまったら俺にとってはただのゴミだしな。
立ち上がった俺を見上げた大和は、フリーズしてしまった。何か変なことを言ったんだろうか。
何秒か経って追いかけるように立ち上がった大和は、口元に手を当ててヒソヒソと耳に話しかけてくる。ぬるい息がピアスに当たるし、耳の中まで入ってきて背中が痒いけど我慢だ。
「お、お店でこんなこと言うの良くないけど、クッキーだけだとこの値段の価値は多分なくて」
そのくらいは俺でも分かる。
テーマパークとかの土産みたいなもんだ。大事なのはパッケージの方。それでもさ。
「お前が嬉しいなら、それ以上の価値あるだろ」
思ったままに、何も考えず、口からスルリと言葉が出てきた。
大和の手からクッキー缶が滑り落ちて、床にぶつかってしまう。
「……」
「……」
即座に拾い上げた大和は、無言で缶の状態を確認するようにクルクル回している。やりすぎなくらいクルクル回しているのを見ながら、俺はジワジワと喉が痒くなってきた。
もしかして、ものすごく恥ずかしいことを言ったんじゃないだろうか。
「今の無し」
「無理だよ」
そりゃそうだ。一度口に出したことは消せない。
俺は自分が言ったことを頭の中で繰り返してみる。
ざわざわとした店内で、俺たちの間だけシーンとしていた。
「……」
「……」
目眩がするほど顔が熱い。クッキー缶を持つ手に汗が滲む。
頭から湯気が出そうだ。
逃げ出したいけど、足から根が出てるみたいに動かない。
(芝居掛かった、変なこと、言うやつだって思われた)
やっぱり黙っとくのが一番なんだ。会話なんてしない方がいい。
羞恥心で大和の顔が見れずに立ち尽くしていると、肩に腕が掛けられる。柔らかく落ち着いた大和の声が、すぐ近くで聞こえた。
「ありがとう。クッキーは家に来た時に食べてね。僕は中身より外側が欲しいから」
「う」
「会計、並ぼうか」
「……ん……」
まともな返事ができなかった。
でも、引いてる様子も呆れてる様子も、もちろん嘲笑う様子も全くなくて。
緩く弧を描いてる口元が、俺の言ったことに対してただ喜んでるだけなんだなって伝えてくる。
導かれるままに並んだ列はまさに長蛇という感じだった。「最後尾」と書かれたプラカードを持った店員からレジまでの距離が遠すぎることに驚いた俺は、恥ずかしさがとりあえず飛んでいった。
そして、問題なくコースターをゲットした俺たちは展示会の建物を出る。
クーラーの効いた室内から外に出ると、ムワッとしてすぐに引き返したくなる暑さだった。
俺と大和はそれぞれのコースターを見せ合う。五種類くらいある中の、違う絵柄が並んでいた。
良かった、被ってない。
当然のように、俺は大和にコースターを差し出した。
「やる」
「僕ばっかもらってるよ」
目を輝かせて受け取ってくれるかなって思ったけど、遠慮されてしまった。でも俺は本気で貰って欲しくて、柄にもなく食い下がった。
「お前が持ってる方がこいつが喜ぶ……と思った、けど、あの」
言いながら、ふと気がつく。
もしかして俺、やりすぎてるんだろうか。
大ファンなわけでもないのにチケットの抽選に申し込んだり、別に要らないのにクッキー缶買ったりコースターまで貰ったりして。
距離の取り方を間違えてて、やっぱり大和に引かれてるんじゃないか。
物で大和を釣ろうとしてる、みたいになってるのかもしれない。
嫌な胸のざわめきがまた蘇ってきて、痛いくらいの陽射しなのにどんどん体温が下がっていく。
どう説明したら、ただ大和に喜んで欲しかっただけだって伝わるだろう。伝えたところで、信じてもらえるだろうか。
ぐるぐると頭の中で文字が周り、言葉が浮かんでは消えていく。
多分、今の俺は酷く顔が歪んでいる。
「えと……」
「ありがとう」
大和が震えてる俺の手を握り、コースターを抜き取った。鼻先にコースターを当てて唇が隠れているけど、涼しい目元が細まる。
温かい手に安心して、俺は縋るように大和を見つめた。
「……俺、やりすぎた……?」
掠れた声が口からこぼれ落ち、大和はギュッと手を握る力を強くした。
「ううん、嬉しいよ。お礼に何かプレゼントさせて」
「そんなつもりじゃ」
「僕も蓮君に喜んで欲しいから」
人との距離の取り方は難しい。大和はいつも気をつけてるみたいだから、本当の適切な距離を知っているのかもしれない。
俺は今まで逃げることしかしてなかったから、そこが分からないんだ。
大和は俺のそういうダメなとこまで、分かってくれるやつでよかった。
俺は体の横で痛くなるくらい握りしめていた手を持ち上げた。
「じゃ、あ……コーラ……」
すぐ近くのベンチの横に、自動販売機がある。力なく曲がった指でそれを示すと、大和が目を瞬かせる。
「本当に好きなんだね」
大和は俺の手を握ったまま、自動販売機の方へと歩きだした。俺は漸く動くようになった足でよろよろとついていく。
ピッとICカードをかざす音に、ガコンッと飲み物が落ちてくる音が続く。
「もっと、蓮君の好きなもの教えてね」
冷たいペットボトルを差し出してきた微笑みは、夏の日差しより眩しく温かい。
俺は受け取ったコーラで顔を隠しつつ、熱った頬を冷やすことにした。
いつも通りの無表情で、声も低くして静かで、たいして喋ってもいない。
それなのにものすごくテンションが高く感じる。眼鏡もしてなくて前髪も横に流したから、顔が全面はっきり出ているからだろうか。
隣に居るとオーラがうるさい。
絵の一枚一枚をどんだけ見るんだってほど見つめては音もなく感嘆している。すごい集中力だ。
特に「ものすごく好きだ」とか言えるものがない俺にとっては、本気で羨ましい熱量だった。
好きなものがあるって、人生楽しそうだ。
原画展ってことだったけど、飾り付けとかも凝っていて来場者を楽しませる雰囲気がある。
キャラクターの大きなパネルがあったり、服が飾ってあったり、主人公の部屋を真似ているらしい空間があったり。
大和ほど熱心なファンではなく、漫画を借りて読ませてもらっただけの俺でも面白かった。
一通り見終わって、グッズ販売のエリアで抽選で当たった限定グッズの引き換え券を渡す。
(……要らねぇんだよな……)
キャラクターの集合写真のようなアクリルキーホルダーを手に、オレは微妙な顔をしてしまう。こんなところでは口が裂けても言えない。
でも、どうしてもこのキーホルダーは、羨ましそうにチラチラとこちらを見ている中の誰かに貰われた方が幸せなんじゃないかと思うんだよな。
「もうつけるの?」
「うん」
カバンにしまうと一生カバンの底で眠らせてしまいそうだったから、俺はすぐに封を切った。
大和は俺のショルダーポーチに付けて揺れるソレを嬉しそうに見てくる。気に入ったと思ったのだろうか。帰ったら外そうと思ったのに出来なくなったかもしれない。
「少し見に行っていい?」
引くほどひとが集まるグッズ売り場を指し示す大和に、俺は頷く。
「ちょっとじゃなくてゆっくり見れば良い」
と、言葉を頭で構築して声に出す前に、大和は弾むような足取りで人混みの中に入っていく。
文房具にポスターに、ぬいぐるみにマグカップとか皿とか時計まで。とにかく色んなグッズがあった。
(抱き枕カバーって……買うやついるのか……)
とか思ってると、横から手が伸びてきて女の人が持っていった。心の声が聞こえない人であることを祈る。
ところで、大和はずっと何かのグッズの前にしゃがみ込んで動かない。覗き込んでみると、筒形のクッキー缶を二つ持って睨みつけている。
「ふたつ買うのか?」
「ひとつ……」
どうやら、買った金額ごとにオマケのコースターがもらるらしい。しかもランダム。商魂逞しいシステムだなぁ。
クッキー缶は、買うと一枚コースターがもらえる値段だという。
缶の絵柄が二種類あるから、大和は真剣に迷ってるってわけか。そういうことなら、と、俺は大和が持っている缶の片方に手を掛けた。
「……じゃあ俺、こっち」
「え」
「クッキー好きだから。缶は後でやるよ」
こっちを見た大和の耳元で声を落とす。クッキー食べちまったら俺にとってはただのゴミだしな。
立ち上がった俺を見上げた大和は、フリーズしてしまった。何か変なことを言ったんだろうか。
何秒か経って追いかけるように立ち上がった大和は、口元に手を当ててヒソヒソと耳に話しかけてくる。ぬるい息がピアスに当たるし、耳の中まで入ってきて背中が痒いけど我慢だ。
「お、お店でこんなこと言うの良くないけど、クッキーだけだとこの値段の価値は多分なくて」
そのくらいは俺でも分かる。
テーマパークとかの土産みたいなもんだ。大事なのはパッケージの方。それでもさ。
「お前が嬉しいなら、それ以上の価値あるだろ」
思ったままに、何も考えず、口からスルリと言葉が出てきた。
大和の手からクッキー缶が滑り落ちて、床にぶつかってしまう。
「……」
「……」
即座に拾い上げた大和は、無言で缶の状態を確認するようにクルクル回している。やりすぎなくらいクルクル回しているのを見ながら、俺はジワジワと喉が痒くなってきた。
もしかして、ものすごく恥ずかしいことを言ったんじゃないだろうか。
「今の無し」
「無理だよ」
そりゃそうだ。一度口に出したことは消せない。
俺は自分が言ったことを頭の中で繰り返してみる。
ざわざわとした店内で、俺たちの間だけシーンとしていた。
「……」
「……」
目眩がするほど顔が熱い。クッキー缶を持つ手に汗が滲む。
頭から湯気が出そうだ。
逃げ出したいけど、足から根が出てるみたいに動かない。
(芝居掛かった、変なこと、言うやつだって思われた)
やっぱり黙っとくのが一番なんだ。会話なんてしない方がいい。
羞恥心で大和の顔が見れずに立ち尽くしていると、肩に腕が掛けられる。柔らかく落ち着いた大和の声が、すぐ近くで聞こえた。
「ありがとう。クッキーは家に来た時に食べてね。僕は中身より外側が欲しいから」
「う」
「会計、並ぼうか」
「……ん……」
まともな返事ができなかった。
でも、引いてる様子も呆れてる様子も、もちろん嘲笑う様子も全くなくて。
緩く弧を描いてる口元が、俺の言ったことに対してただ喜んでるだけなんだなって伝えてくる。
導かれるままに並んだ列はまさに長蛇という感じだった。「最後尾」と書かれたプラカードを持った店員からレジまでの距離が遠すぎることに驚いた俺は、恥ずかしさがとりあえず飛んでいった。
そして、問題なくコースターをゲットした俺たちは展示会の建物を出る。
クーラーの効いた室内から外に出ると、ムワッとしてすぐに引き返したくなる暑さだった。
俺と大和はそれぞれのコースターを見せ合う。五種類くらいある中の、違う絵柄が並んでいた。
良かった、被ってない。
当然のように、俺は大和にコースターを差し出した。
「やる」
「僕ばっかもらってるよ」
目を輝かせて受け取ってくれるかなって思ったけど、遠慮されてしまった。でも俺は本気で貰って欲しくて、柄にもなく食い下がった。
「お前が持ってる方がこいつが喜ぶ……と思った、けど、あの」
言いながら、ふと気がつく。
もしかして俺、やりすぎてるんだろうか。
大ファンなわけでもないのにチケットの抽選に申し込んだり、別に要らないのにクッキー缶買ったりコースターまで貰ったりして。
距離の取り方を間違えてて、やっぱり大和に引かれてるんじゃないか。
物で大和を釣ろうとしてる、みたいになってるのかもしれない。
嫌な胸のざわめきがまた蘇ってきて、痛いくらいの陽射しなのにどんどん体温が下がっていく。
どう説明したら、ただ大和に喜んで欲しかっただけだって伝わるだろう。伝えたところで、信じてもらえるだろうか。
ぐるぐると頭の中で文字が周り、言葉が浮かんでは消えていく。
多分、今の俺は酷く顔が歪んでいる。
「えと……」
「ありがとう」
大和が震えてる俺の手を握り、コースターを抜き取った。鼻先にコースターを当てて唇が隠れているけど、涼しい目元が細まる。
温かい手に安心して、俺は縋るように大和を見つめた。
「……俺、やりすぎた……?」
掠れた声が口からこぼれ落ち、大和はギュッと手を握る力を強くした。
「ううん、嬉しいよ。お礼に何かプレゼントさせて」
「そんなつもりじゃ」
「僕も蓮君に喜んで欲しいから」
人との距離の取り方は難しい。大和はいつも気をつけてるみたいだから、本当の適切な距離を知っているのかもしれない。
俺は今まで逃げることしかしてなかったから、そこが分からないんだ。
大和は俺のそういうダメなとこまで、分かってくれるやつでよかった。
俺は体の横で痛くなるくらい握りしめていた手を持ち上げた。
「じゃ、あ……コーラ……」
すぐ近くのベンチの横に、自動販売機がある。力なく曲がった指でそれを示すと、大和が目を瞬かせる。
「本当に好きなんだね」
大和は俺の手を握ったまま、自動販売機の方へと歩きだした。俺は漸く動くようになった足でよろよろとついていく。
ピッとICカードをかざす音に、ガコンッと飲み物が落ちてくる音が続く。
「もっと、蓮君の好きなもの教えてね」
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