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26話 一番
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女子たちは互いに顔を見合わせている。
嫌なヤツだと思われただろうけど、そもそも良いヤツだとも思われてない。俺はマイナスからのスタートなんだから、気にしなくていいんだと自分を叱咤する。
そのためのこの服装なんだと言い聞かせてもやっぱり怖い。ベストを握る手が小刻みに震える。
一瞬沈黙があったかと思うと、大和が俺の肩を抱き寄せた。なんの合図もなく前触れもなく、俺の体は久々に大和の体に触れる。
大和を囲んでいた女子たちは、ハッとしたように手を合わせた。
「ごめんねレンレン、大和くん、気が付かなくて!」
「テンション上げすぎた!」
「いや、あの、ごめん」
勢いの良い謝罪を受けて、俺は尻込みしながら謝ってしまう。女子たちはブンブンと首を振って、本当に申し訳なさそうに大和から離れる。
「うちらだって女同士で楽しみたい時あるもん!」
「言わせちゃってこっちがごめんだよー!」
とんでもないことをしでかしたと思っていた俺だったが、にこやかに教室から送り出された。誰かが泣くこともないし、俺を責めることもない。
(……なんだ)
簡単だった。俺が思っているより、考えてることをそのまま口にしても大丈夫なのかもしれない。
廊下に出てから隣で疲れ切っているであろう大和を見上げれば、見たことないくらい柔らかい目が至近距離にある。
心臓が口から出そうなほど飛び跳ねて、慌てて俺は温もりから抜け出した。
「あの……うるさくして悪かった」
廊下の窓に沿ってジリジリと距離をとりながら、聞こえるか聞こえないかの音量で俺は謝る。大和はそんな俺を真顔でじっと見つめた。
「……レンレン」
突っ込まれる気はしていた。してたけど、改めて低音で呼ばれると恥ずかしい。女子たちとはノリが違う。
「変な呼び方すんなって言えないくらい俺は喋れねぇんだよ」
「親しさレベルが上な気がする。レンレンって呼んで良い?」
大和は真剣だ。真剣に「親しい呼び方」として「レンレン」って呼ぼうとしている。呼んでる大和も呼ばれてる俺も似合わなすぎて絶対零度のギャグだ。
俺は力なく首を左右に振った。
「やめてくれ。呼び方なんてどうでもいいだろ」
「蓮」
大和が俺の手を取った。直接触れて初めて気がついたが、いつもは温かい手が冷たくなっている。緊張してると人の手は冷たくなるって、大和に借りた漫画に書いてたっけ。
「どうでもいいなら、蓮って呼んでいい?」
呼び方なんてどうでもいい。どうでも良いはずなのに。
大和は他の人を呼び捨てにしたりしないんだろうなと思うと、景色が白くなって足元がふわふわする。
これはどういう感情なんだろう。
喉が詰まったみたいになって言葉が出ないから、ギュッと手を握り返した。
「良いってことかな?」
大和の指にも力が篭る。俺はひたすら上下に首を振った。
「呼び捨ての方がシタシサレベル上」
ようやく出てきたのは、震えて掠れて、辛うじて音になったくらい微かな声だった。
「お前が、一番上」
大切なことなのに、目が合わせられなくて繋いだ片手を見つめる。冷たかったはずの手が、どんどん熱を持ってくる。
「ごめんね」
静かに耳元に唇を寄せられて、ピアスに大和の息が当たった。
「何が」
「ここのところ、態度悪くて」
「俺がなんかしたんだろ?」
ようやく教える気になってくれたかと、怖かったけど安心もする。大和しか知らない答えを俺が一人で考えたって分かるわけがないから。
意を決して視線を上げると、眉を下げた大和が項垂れていた。
「違うんだ。そうじゃなくて僕……あーと、二人で話したいかな」
大和の瞳がキョロキョロと動くと、俺の視界は一気に広がった。ここは学校の廊下で、今は文化祭中。
そんなところで手を繋いで俯きあってるなんて、小学生でもなかなかないだろう。
つまりとても目立っていた。
現に今、目があった男子生徒が慌てて前を向いて歩き去っていったのが見える。
俺たちはそろそろと手を離した。大和はそのまま手を下ろし、俺はポケットに手を突っ込む。
「学校じゃ無理だな」
「そうだよね。文化祭終わったらうち来てくれない?」
「いく。卵焼き、前よりマシになった」
「作ってくれるの?」
「持ってきてる」
無表情でしれっと放課後の約束を交わした俺たちだけど、心の中は絶叫中だ。大暴れだ。大和もそうだと思う。そうであってくれ。
お互いに顔が赤くなっているのは、間違いなく羞恥心からだ。
大和の温もりの残りをポケットに閉じ込めたまま、俺は文化祭の案内のために歩き出す。
その後はお互いが感情を表情に出さないことに慣れているのが功を奏して、問題なく文化祭を回ることができた。
学校行事が楽しいと感じたのは、初めてだ。
「じゃあ、片付け終わったら家に行くな」
「うん」
校門まで見送るつもりだったのに、大和はわざわざクラスまでついてきた。崩してしまう前にもう一度作品が見たいと言って。
大和は紅葉だけをじっと見つめて、それから手を振った。
「あ! レンレンー! この後の打ち上げなんだけどさぁ」
背中が階段の方向に消えようとした時、大和を見送る俺に明るい声が呼び掛けてくる。
打ち上げなんてあったのか。そういえばそんなことを言っていた気がする。
参加の可否を聞かれているのだろうと察することが出来た俺は、お団子頭の女子を見下ろした。しっかりと顔を見ることが出来ないのは許して欲しい。
「……パス」
「なんで!?」
「予定あるから」
「みんなとの打ち上げより大事なの?」
物理的に距離を縮めてきた女子の声は、感情豊かで可愛らしく、魅力的なんだろう。でも俺には眩しすぎて、直視するにはサングラスが必要だ。
「一番大事」
無視せずに、言葉にするのに少し慣れてきた。
よし言えたぞ、と思いながら、もう背中は見えないであろう階段の方を振り返る。
すると、立ち止まって聞いてたらしい一番大事な奴と目があった。
微かに目尻が下がったのが見えて、俺は自然と口角が上がる。
嫌なヤツだと思われただろうけど、そもそも良いヤツだとも思われてない。俺はマイナスからのスタートなんだから、気にしなくていいんだと自分を叱咤する。
そのためのこの服装なんだと言い聞かせてもやっぱり怖い。ベストを握る手が小刻みに震える。
一瞬沈黙があったかと思うと、大和が俺の肩を抱き寄せた。なんの合図もなく前触れもなく、俺の体は久々に大和の体に触れる。
大和を囲んでいた女子たちは、ハッとしたように手を合わせた。
「ごめんねレンレン、大和くん、気が付かなくて!」
「テンション上げすぎた!」
「いや、あの、ごめん」
勢いの良い謝罪を受けて、俺は尻込みしながら謝ってしまう。女子たちはブンブンと首を振って、本当に申し訳なさそうに大和から離れる。
「うちらだって女同士で楽しみたい時あるもん!」
「言わせちゃってこっちがごめんだよー!」
とんでもないことをしでかしたと思っていた俺だったが、にこやかに教室から送り出された。誰かが泣くこともないし、俺を責めることもない。
(……なんだ)
簡単だった。俺が思っているより、考えてることをそのまま口にしても大丈夫なのかもしれない。
廊下に出てから隣で疲れ切っているであろう大和を見上げれば、見たことないくらい柔らかい目が至近距離にある。
心臓が口から出そうなほど飛び跳ねて、慌てて俺は温もりから抜け出した。
「あの……うるさくして悪かった」
廊下の窓に沿ってジリジリと距離をとりながら、聞こえるか聞こえないかの音量で俺は謝る。大和はそんな俺を真顔でじっと見つめた。
「……レンレン」
突っ込まれる気はしていた。してたけど、改めて低音で呼ばれると恥ずかしい。女子たちとはノリが違う。
「変な呼び方すんなって言えないくらい俺は喋れねぇんだよ」
「親しさレベルが上な気がする。レンレンって呼んで良い?」
大和は真剣だ。真剣に「親しい呼び方」として「レンレン」って呼ぼうとしている。呼んでる大和も呼ばれてる俺も似合わなすぎて絶対零度のギャグだ。
俺は力なく首を左右に振った。
「やめてくれ。呼び方なんてどうでもいいだろ」
「蓮」
大和が俺の手を取った。直接触れて初めて気がついたが、いつもは温かい手が冷たくなっている。緊張してると人の手は冷たくなるって、大和に借りた漫画に書いてたっけ。
「どうでもいいなら、蓮って呼んでいい?」
呼び方なんてどうでもいい。どうでも良いはずなのに。
大和は他の人を呼び捨てにしたりしないんだろうなと思うと、景色が白くなって足元がふわふわする。
これはどういう感情なんだろう。
喉が詰まったみたいになって言葉が出ないから、ギュッと手を握り返した。
「良いってことかな?」
大和の指にも力が篭る。俺はひたすら上下に首を振った。
「呼び捨ての方がシタシサレベル上」
ようやく出てきたのは、震えて掠れて、辛うじて音になったくらい微かな声だった。
「お前が、一番上」
大切なことなのに、目が合わせられなくて繋いだ片手を見つめる。冷たかったはずの手が、どんどん熱を持ってくる。
「ごめんね」
静かに耳元に唇を寄せられて、ピアスに大和の息が当たった。
「何が」
「ここのところ、態度悪くて」
「俺がなんかしたんだろ?」
ようやく教える気になってくれたかと、怖かったけど安心もする。大和しか知らない答えを俺が一人で考えたって分かるわけがないから。
意を決して視線を上げると、眉を下げた大和が項垂れていた。
「違うんだ。そうじゃなくて僕……あーと、二人で話したいかな」
大和の瞳がキョロキョロと動くと、俺の視界は一気に広がった。ここは学校の廊下で、今は文化祭中。
そんなところで手を繋いで俯きあってるなんて、小学生でもなかなかないだろう。
つまりとても目立っていた。
現に今、目があった男子生徒が慌てて前を向いて歩き去っていったのが見える。
俺たちはそろそろと手を離した。大和はそのまま手を下ろし、俺はポケットに手を突っ込む。
「学校じゃ無理だな」
「そうだよね。文化祭終わったらうち来てくれない?」
「いく。卵焼き、前よりマシになった」
「作ってくれるの?」
「持ってきてる」
無表情でしれっと放課後の約束を交わした俺たちだけど、心の中は絶叫中だ。大暴れだ。大和もそうだと思う。そうであってくれ。
お互いに顔が赤くなっているのは、間違いなく羞恥心からだ。
大和の温もりの残りをポケットに閉じ込めたまま、俺は文化祭の案内のために歩き出す。
その後はお互いが感情を表情に出さないことに慣れているのが功を奏して、問題なく文化祭を回ることができた。
学校行事が楽しいと感じたのは、初めてだ。
「じゃあ、片付け終わったら家に行くな」
「うん」
校門まで見送るつもりだったのに、大和はわざわざクラスまでついてきた。崩してしまう前にもう一度作品が見たいと言って。
大和は紅葉だけをじっと見つめて、それから手を振った。
「あ! レンレンー! この後の打ち上げなんだけどさぁ」
背中が階段の方向に消えようとした時、大和を見送る俺に明るい声が呼び掛けてくる。
打ち上げなんてあったのか。そういえばそんなことを言っていた気がする。
参加の可否を聞かれているのだろうと察することが出来た俺は、お団子頭の女子を見下ろした。しっかりと顔を見ることが出来ないのは許して欲しい。
「……パス」
「なんで!?」
「予定あるから」
「みんなとの打ち上げより大事なの?」
物理的に距離を縮めてきた女子の声は、感情豊かで可愛らしく、魅力的なんだろう。でも俺には眩しすぎて、直視するにはサングラスが必要だ。
「一番大事」
無視せずに、言葉にするのに少し慣れてきた。
よし言えたぞ、と思いながら、もう背中は見えないであろう階段の方を振り返る。
すると、立ち止まって聞いてたらしい一番大事な奴と目があった。
微かに目尻が下がったのが見えて、俺は自然と口角が上がる。
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