転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

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第39話 平和の代償

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クルーガーの「解放軍」が瓦解してから、一月が過ぎた。
旧サイム準男爵領、現ステップド領北部に新設された開拓村では、ぎこちない空気が支配していた。ステップド家から派遣された古参の従士、バルドが、元サイム領の農民たちを前に、声を張り上げている。

「いいか、お前たち。この『正条植え』用の木枠を使えば、苗を等間隔に、かつ真っ直ぐ植えることができる。風通しが良くなり、日当たりも均一になる。結果、収穫は増える。エルキュール様の知恵だ」

バルドが、実演して見せた木枠を、農民たちは遠巻きに、疑いの眼差しで見つめていた。彼らの顔には、長年の圧政で刻まれた諦めと、新たな支配者への不信がこびりついている。

「……どうせ、収穫が増えたところで、また重い税を取り立てるんだろう」

誰かが、吐き捨てるように言った。その言葉に、他の農民たちも無言でうなずく。彼らにとって、領主とは奪う者であり、与える者ではなかった。バルドの額に、青筋が浮かぶ。

「貴様ら、エルキュール様のご厚意を無にする気か! 我が領では、この農法で皆の暮らしが豊かになったのだぞ!」

「あんたらの領地の話だろう。俺たちは、あんたらに故郷の主を殺されたんだ。素直に従えると思うな」

一触即発の空気が流れる。武力で制圧した土地に、真の融和が訪れるのは容易ではない。これが、勝利がもたらした最初の「平穏の代償」だった。

その日の午後、エルキュールは仮設の執務室で、新たな問題に頭を悩ませていた。彼の前には、二人の男が頭を垂れている。一人は、古くからのステップド領民。もう一人は、元サイム領民だ。

事の発端は、些細なことだった。ステップド領民が飼っていた鶏が、元サイム領民の畑に入り込み、作物の芽を突いた。それに腹を立てた元サイム領民が、鶏を捕まえて絞めようとしたところを、持ち主が見つけ、殴り合いの喧嘩になったのだ。

双方の言い分は、真っ向から対立していた。

「あいつが、俺の大事な財産である鶏を殺そうとしたんだ!」
「こいつの鶏が、俺の畑を荒らしたのが悪い!」

同席した父ガイウスや、他の従士たちは、当然エルキュールが自領の民の肩を持つものと思っていた。しかし、エルキュールは静かに双方の話を聞き終えると、一冊の真新しい帳面を開いた。それは、彼がここ数週間で作り上げた、ごく簡単な領内法規の草案だった。

「法規の第七条。『家畜の管理は、所有者の責任において徹底すべし。他者の土地へ侵入させ、損害を与えた場合、所有者はその損害を賠償する義務を負う』。よって、鶏が畑を荒らしたことについては、所有者である君に非がある」

エルキュールは、まずステップド領の民を指さした。男は、不満げに顔を歪める。

「だが」とエルキュールは続けた。「第十二条。『他者の所有物を、許可なく破損、あるいは殺傷せし者は、窃盗あるいは器物損壊とみなし、罰する』。。君が鶏を殺そうとしたことも、また罪だ。畑の損害は、鶏の所有者が弁償する。しかし、君もまた、他人の財産を奪おうとした罰として、銀貨一枚の罰金を領主に納めること」

その裁定は、あまりにも公平で、合理的だった。身内を贔屓せず、ただ「法」にのみ基づいて判断を下す。元サイム領民の男は、驚きに目を見開いた。周囲で見ていた他の元サイム領民たちの間にも、静かな動揺が広がる。この若き支配者は、これまでの誰とも違う。その事実が、冷たい鉄のように、彼らの心に突き刺さった。

夜、エルキュールは自室ではなく、水車の動力を引き込んだ大きな作業小屋にいた。彼の傍らには、数人の職人と、物珍しそうに見つめる姉のマリンの姿がある。

「エル、本当にこんな木くずが、あの高価な紙になるの?」

「正確には、木くずと、使い古したボロ布だよ、姉さん。理論上は、可能なはずなんだ」

エルキュールの挑戦は、紙の量産化だった。領地が拡大し、複雑化する行政を管理するには、記録媒体が不可欠だ。しかし、高価な羊皮紙では、いずれ限界が来る。

水車の力で巨大な石臼が回り、水に漬けた木材のチップとボロ布を、どろどろの粥状になるまで砕いていく。それを漉き、圧力をかけて水分を抜き、乾燥させる。文字にすれば簡単だが、実際にやってみると失敗の連続だった。最初の紙は、分厚いだけで、すぐに破れてしまう。次の紙は、表面が毛羽立って、インクが滲んでしまった。

「……難しいな。アルカリ性の灰汁の濃度か? それとも、圧搾の時間が足りないのか……」

エルキュールが腕を組み、思案に暮れる。その顔は、貴族の息子ではなく、未知の難問に挑む研究者のそれだった。何度も失敗を繰り返し、夜が更け始めた頃。ついに、一枚の、不格好ながらも、滑らかで、薄い「紙」が完成した。

エルキュールは、その一枚を、ランプの光にかざして見つめた。それは、ただの紙ではない。法を記し、知識を伝え、文化を育む、新たなる時代の礎だった。彼の領地で生まれた、静かだが、確かな産声だった。

そんな穏やかな進歩の空気を引き裂くように、一人の伝令が、息を切らして作業小屋に駆け込んできた。その肩には、宗主である伯爵家の紋章が刺繍された鞄が揺れている。

「申し上げます! エルキュール様! 伯爵様からの特使が、ただ今、領都の門に到着いたしました!」

作業小屋の空気が、一瞬で凍り付く。エルキュールは、完成したばかりの紙をそっと置くと、静かに立ち上がった。

招かれざる客の到来。それは、彼が勝ち取った平穏の代償を、否応なく突きつけるものだった。
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