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第10ー1話独り焼肉
しおりを挟む俺は報酬金を受け取り町をブラついていた。
日も暮れて町の中は僅かな魔石灯の明かりと、店から洩れる暖かな光だけだ。街灯に群がる蛾などの羽虫のように店に吸い寄せられるが、ココと言う決定打を見つけられずいた。
良い酒場ないしは、食堂はないものか? と周囲の飲食店へ方へ眼を向けると、既に依頼の報告を終えたいかにも無頼漢といった容貌の冒険者達が、木製のジョッキを傾け酒を煽っている。
あるテーブルでは、冒険の成功を祝いジョッキを打ち付け、飛沫をまき散らし、互いに腕を回し杯を交わす。あるものは吟遊詩人のように、魔物の恐ろしさを雄弁に語り、それを撃破した己の偉業を褒め湛え、ジョッキを片手に声高らかに、己が武勇を喧伝する者も居る。
ミナが魔術で大瘤猪を焼き殺した時の、肉の焼ける何とも言えない香ばしいいい匂いを思い出し、肉を食べたい気分になった。
別に屋敷でも肉を食べることができるが、外で食べると言う事に特別を感じる事が出来る。
「肉料理店にでも行くか……」
肉と一口に言っても様々なモノがある牛、豚、羊、山羊、鳥、魚……できれば鳥と魚以外がいい。
そんな事を考えながら歩いている時だった。
鼻孔を擽ったのは肉の焼ける匂いとニンニクの匂いだった。
匂いのする方へ視線を向けると、少し高級店寄りな店構えの料理店が目に入った。
「あそこにしてみよう……」
俺は新しい店探しと言う『冒険』をする事にした。
確りとした造りの木戸を開け眼前に広がった風景は、個人的に違和感を感じるものだった。外観は前世の喫茶店やステーキハウスのような少し小洒落た見た目なのだが、中身は焼肉屋や鉄板焼きの店なのだ。
俺が唖然としていると、身なりの良い給仕の女性が俺に近づいて来た。
「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてでしょうか?」
女性は、にこやかな笑みを湛えてそう言った。
「あぁ。システムを説明してもらえるかな?」
恐らくは前世の焼肉店と同じシステムだが、一応説明を聞いておこう……
「ではご説明させて頂きます。当店はご自身で肉や野菜を焼いて頂くお料理と、調理済みの商品を提供しております。もしご要望でしたら、料理人が焼かせてお肉を焼く事も可能ですが別料金を頂いております。納得頂けた場合のみご案内させて頂いておりますが……ご納得いただけましたでしょうか?」
「案内を頼む」
案内されたのはカウンター席だった。少し値の張るステーキ店で、目の前の鉄板でステーキなどを焼いてくれる業態に近く、眼前に居るのは料理人で網の下には既に炭火が付いている。
「こちらの網で食材を焼いて、食べごろになりましたら食して頂く形式になります。パンやサラダ、飲み物は網ではなく机の上に置いてください。以上が当店の簡単な説明になります。メニューは壁に掛けてありますのでそちらをご覧ください」
木の札に書かれたメニューを見ると、この世界では牛タンはかなり安いようだ。
「すいません」
俺が声を出すと、給仕が駆け寄って来た。
「大角牛の舌の薄切りと肋骨肉、横隔膜、厚切りのサーロインステーキ、半分のバゲットとサラダそれに……檸檬果汁を絞った炭酸水を全て一人前ずつくれ。先払いの方がいいか?」
そう言って俺はシャツの胸ポケットから財布を取り出す仕草をする。
「注文承りました。料金は後払いで大丈夫です」
「あ、それと……」
俺はとあるものを追加で注文した。
暫くするとメニューをが運ばれて来る。
「わかりました。ごゆっくりどうぞ……」
皿に盛られた肉を見る。多少変色しているもののこの世界基準ではかなり綺麗なピンク色をしている。
トングを使って先ずは牛脂を全体に引く。こうする事で肉がくっ付きずらくなる。揮発した牛の油の匂いで腹がぎゅるりと鳴る。
もう辛抱たまらん!
スライスされたバゲットを網の端に置いて暖める。こうする事で、焼き立てのような豊かな麦の香りと、日本人には硬いと感じるバゲットも柔らかさを得る事が出来る。
先ずは味が薄く脂の少ないモノからだ。
トングを使ってタンを一枚掴み。網の上に網の中心部に肉を置く。これがポイントだ。肉がちじみ。表面に脂が浮かんで来たところで、肉をひっくり返し焼き色が付けば食べごろだ。
しかし卓上にあるのは塩、とワインベースのソースだけで胡椒などは見当たらない。
この辺は中世と同じく原産地から遠いため高価なのだ。まぁ俺はこの世界基準だと食に煩い人間になるので、胡椒は持ち歩いている。だが安心して欲しい既に手は打っている。
先ほど追加注文した。西洋長葱のみじん切りをタンの上に乗せ、少し暖めてから塩を軽く振りフォークを使って豪快にかぶり付く。
牛タンの強い旨味と肉汁がジュワリと口の中で広がり、噛むと程よい弾力で肉が歯を押し返す。西洋長葱《リーキ》の長ネギに比べ、マイルドな香りと辛味が後味をサッパリとさせてくれる。
そこへ空かさず網の上で暖めたバゲットを頬張る。
「流石ネギ塩! 美味い! 悪魔的だ……」
タンを喰らい。パンを喰らい。檸檬果汁の入った炭酸水を飲む。コレだけで満足感が違う。イギリスでは揚げ物には炭酸水を飲むと、40冊以上続く大長編ラノベ緋弾のア〇アから学んだ。試してみると、実際かなりサッパリする。
味変で檸檬塩、ネギ塩檸檬も美味い。
ネギを上に乗せタンを焼いてもいいのだが、網に焦げ付き易いし、何よりも上部分に直接火を通す事無く食べる事になるので今回は我慢する。
タンを堪能したところで、次は赤身肉と良く誤解されるが実は内臓である、横隔膜を食べる事にした。
先ほどのタンと同様に、中心部の高火力で一気に焼き上げる事がポイントだ。表面に脂が浮かんで来たところで、肉をひっくり返し焼き色が付けば食べごろだ。
「先ずは塩だな……」
フォークを付き刺すと、カリッとした表面に一瞬遮《さえぎ》られるものの表面を過ぎれば、赤身の様な横隔膜は柔らかい。
隙かさず頬張る。
表面の焦げの香ばしい香りの後、カリっとした歯ごたえと内部の柔らかく弾力のある食感が心地いい。柔らかい肉質との対比構造が出来て、より美味しさを感じる事が出来る。
赤身肉のように脂の少ない肉質だが、内臓ゆえの濃厚な肉の旨味が口いっぱいに広がる。
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