悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活（スローライフ）を始めたかった。

第28話納品

　約束の週一回の訓練の日。
　同級生で【悪役公子】と仇名される俺は、カフェテリアで時間を潰し、事前に聞いていた練習場へ足を運んだ。

「依頼されていた濶剣ブロードソードだが約束通り出来上がったぞ」

「え、もう出来上がったの？」

　俺の言葉に、ミナは驚きの声を上げる。
　竹刀を入れるような袋から二振りの剣を取り出し、先ずは魔杖剣・紅椿あかつばきを手渡しする。

「これが……アーノルド君が打ってくれた私の魔杖剣……」

　そう言って鞘の装飾に目を輝かせている。

「鞘にはトレントを使用し、軽い魔術を刻印してあるからどんな時でも直ぐに使えるようにできる。鞘は白鞘を基本ベースにして、朱塗りで椿と言う品の有る華を描いている。
　この朱塗りの色には魔除けの効果があるとされていて、とある地域ではこの色を出すために使う鉱石を用いれば、不老不死になれると言う伝説があるほどだ」

　――――と霊験あらたかな効能を説明する。

「この魔法と言う一部の人間にしか使えなかった神秘を解明し、より万人が使える様になった魔術全盛の時代に随分と神秘主義オカルティズムな事を言うのね」

「神を試す事は悪だとされているが、世界を知るために人間は様々な術に手を出して来た。
　俺はその一端に敬意を払っているだけさ……魔を除ける事は我々現代の魔術師にとっては、追難ついなんの意味もある言葉遊びと考えてくれ、それに椿の花が赤いのは、椿が赤、白、ピンクの三色だからだ」

「あらそうだったの……だったらありがとうと言っておきましょうか……紅色、白色、金色で目が休まらない豪華絢爛と言った印象だったものが、黒色が混ざる事で一気に落ち着いて見えるわね……刀身を見てもいいかしら？」

「もちろん。どうぞ……」

　ミナは鞘から剣を払い。刀身を見る。
　
「アーノルドの剣みたいに刃文はもんが入っているのね。綺麗ね……アーノルドの剣は波のような文様だったのに私のはまるで花弁見たい。凄く可愛いわ！」

　ミナの感性は正しい。

「刃文はもんのなかでも『重花丁子じゅうかちょうじ』って言う模様で、丁子ちょうじって言うのは東方由来のスパイス。クローブの事で、その果実のような長細い楕円形をしている。それに似て重なっているから重花丁子じゅうかちょうじと言うんだで、その重なった様子を花びらに例えたりするんだ」

「やっぱり花びらに見えるのね……月の影は蟹だったり、美人だったり、兎だったりするのに変なところで共通点があるんだもん。文化って不思議」

「そうだな。クローブの面白い豆知識としては、東方の大国の大王に面会する際には、丁子を口に含み口臭をケアするマナーがあると本で見た事がある。また薬としても用いられている食材としても有名だ」

　クローブやカルダモンが入ったカレーを食べたい。日本人としてカレー、ラーメンはもう立派な日本食の一部だと思っている。香辛料は高く実験も十分にできていないので、完成がいつになるのかは分からない。だが冒険者をしている身としては万能調味料カレー粉の開発は急務だと考えている。

「知識が豊かな事は良いことだけど、ひけらかすのはアーノルドの悪いクセよ」

「そうかもしれない折角だ。紅椿あかつばきを握ってみろ」

　俺に促され、ミナは紅椿あかつばきを握る。

「軽い。それに手に馴染む……」

　紅椿あかつばきを数度素振りする。

「それは良かった。それに剣に対して軽いなんて言い方をすると、「研いで剣が痩せている」と言った印象を相手に与えかねないぞ、剣の場合「重い」＝健全な状態と言う意味になる。そう言う場合は「手に馴染む」だけでいい」

　剣の褒め方を知らないとは、本当に剣を振って来ただけで品評会などには出席していないんだな……

「そうだったの……本当にごめんなさい」

「別に俺は怒っていない。注文の時にも軽い剣とオーダーされているからな。ただ、一般論として相手によって失礼に取られかねない発言だったと記憶しておいてくれ」

「柄の部分を含めてこの剣の装飾は全て刀のモノを流用している。俺もアイツも刀の勉強しかしていないからな……ではデモンストレーションを兼ねて、俺がこの剣に付与した魔術をみせる」

　ミナから剣を受け取り魔杖剣・紅椿あかつばきに魔力を流す。

「まずは基本的なモノから付与は炎と風の二重属性で、風で炎の威力を高め制御する事と、付与魔術だけで戦える事をコンセプトにしている。先ずは【空裂からわれ】だ」

　俺は剣を構え振り抜く――――

　剣を振った後を追いかけ、追い抜くように風の刃が形成され剣を振り抜くと、掌から指へと転がって行くボールの様に腕の延長線上から離れた地点へ斬撃が飛翔する。

ドン！

　アーノルドが放った飛来する斬撃は、鈍い音を立てて練習場の壁にヒビを入れる程の威力があった。
　その威力はアーノルドが以前使用した。不可視の斬撃である【風刃エアスラッシュ】、収束された魔力を剣を振る事で生じる、剣圧（風圧）で敵を攻撃する【風牙フウガ】によく似た魔術であった。

「凄い威力……」

　通常。魔杖剣に刻まれる魔術と言う物は、汎用的な魔術を幾つか刻み即座に発動できる簡易化インスタントに特化させた。通称【魔具まぐ】と汎用的に特定の属性を向上させる【特化型】の二種類が一般的なのだが、時代や地域によってさまざまな呼ばれ方をしてきた。【神剣】、【神刀】、【聖遺物】、【聖剣】、【妖刀】、【宝刀】、【宝剣】、【伝説の武具】、そして現代では【魔剣】と呼ばれるソレらは特定の術式に特化させつつ、汎用的な性能を兼ね備えている。
　
　アーノルドの打った剣はまさに、【魔剣】と呼べるものであった。