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第55話空の旅2
しおりを挟む「バレンノ。あなたは兄の警護にも付いていたハズでは? 幾度目かは分からないが俺よりは、この寒さに慣れていると思ったのだが……記憶違いだっただろうか?」
「そりゃ多少の慣れは、ありますが年々寒く感じるのです」
そう言って薄くなった髪を撫でた。
「決まって居るだろう? 年々薄くなってきたその頭と、冷えやすく温まり辛い。その樽のような腹に詰まった脂肪のせいだ」
「その通りかもしれませんなぁ」
そう言って腹を叩いてゲラゲラと笑っている。
例え立場があったとしても、自分が笑われる事で空気を明るくする事を選択できる点は非常に尊敬できる。
俺達が雑談している間に、飛竜たちは枷の一部を外され、翼脚を短く折りたたみ四足歩行の体制になり、騎士達から与えられる肉塊を丸呑みにしている。
何とも愛らしい。と言いたいところだが、顔つきはワニやトカゲや恐竜のようなで可愛らしさは正直感じない。
コウモリや翼竜を思わせる前脚……ファンタジー的に言うのであれば翼脚を持ち、後脚は猛禽類のような鋭い爪が生えており、鷹や鷲のように急降下しながら攻撃すると予想できる。黒や茶色がかった滑らかな革に近い鱗を持つ。
俺も自前の飛竜が欲しいものだ。
飛竜《ワイヴァーン》を凝視する俺を見て、中年騎士は言葉を紡ぐ。
「可愛らしいとは顔つきだけを見れば到底言えませんが、相棒として付き合ってみれば、存外表情と感情豊かで可愛らしい生き物ですよ飛竜は……」
「だろうな。どんな見てくれの生き物であろうとも、共に過ごせば互いに情が湧くと言う物だ……俺もいつか……とは思うが、先ずは学園を卒業せねばな……」
「はははは、『飛ぶ鳥の献立』と言った所でしょうか? お願いですから、留年だけは避けて頂きたいものです。この寒空の旅を増やしたくはありませんからんな」
そう言うとガハハハッと声を上げて笑う。
バレンノは仮にも飛竜に騎乗する騎士だというのに、寒空が苦手なのか……
「安心しろ。例え俺が留年したとしても妹か大叔母が入学するからどちらにせよ。学園のある町とクローリー領の往復回数は変わらん……」
「確かにその通りですな、若様はタダでさえ突飛な行動をされる……奥様の御心労を汲み取ればこその忠告ですぞ」
中年騎士は今までの巫山戯た雰囲気を、スッと潜めてそう言った。
「わかっている……」
俺はそっぽを向いて気のない返事を返す。
中年騎士バレンノが言う『突飛な行動』に心当たりがある。俺にとっては耳の痛い話だからだ。
「俺は用を足してくる。バレンノも飛竜にメシをやってきたらどうだ?」
「飛竜にとっては、間食程度ですよ。あのぐらい……まぁ飛竜はトリと違って、夜目が利かないワケじゃないので腹が空けば勝手に狩りをしますよ。人間だってマズイ保存食を好んで食いたいとは思わんでしょう?」
そう言ってバレンノは腰から麻紐で縛った大きな豚ハムを指さした。
「なるほど確かに、道理だな……だが、お前の飛竜はそうは思っていないようだぞ?」
俺はバレンノの飛竜の方を指さした。
すると、バレンノの飛竜は、翼竜の様な前脚を器用に使い。ノシノシと近づいてきた。
「確かにそのようですね……」
観念したのか豚のハムの塊をバレンノは飛竜に向かって投げてやる。
「これでお前の酒の肴は飛竜の間食に消える訳だ」
「ま、しょうがないですな……」
そう言ったバレンノの表情はどこか悲し気だった。
俺はバレンノのハムが無残にも丸呑みされる様子を見届けると、用を足すために森へ向かう。
近隣に住民が居ないこの森の雪は、殆ど踏み荒らされておらずフカフカで膝を超える高さで積もっている。
「この状態で戦闘はしたくないな。足が取られるし、距離を取る為のジャンプもしずらい」
小便をするのに、愛刀は持ち歩きたくないので腰には武器を下げていない。狙いをミスして大事な刀を小便まみれにはしたくないからな……
シャクシャクと音を立てて、少し離れた木陰まで進み辺りを踏み固めてから用を足す。ブルブルと体が震える。火と水を用いて温水を作り手を洗う。
「座っているだけとは言え俺も小腹が空いたな……飛竜車に戻ったら軽食を食べよう。暖房の余熱で湯を作り紅茶でも飲んで温まろうか? でも利尿作用があるし……」
俺は軽食を楽しみにして、元来た方向へ足跡を頼りに歩みを進めた。
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