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時価1000万
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しおりを挟む竜人の鱗は見たことがないほど美しいものだった。想像していたよりずっと厚みがあり、朝日を虹色に反射させて思わずうっとりするような輝きを放っている。
宝石には時価相場以上の価値を感じていなかったのに、思わず魅せられてしまうほど美しいそれに、これは確かに値段なんかつけられないと納得した。同時に平然とこれを要求していた過去の自分を恥じた。勘違いされがちだが、アオイはナルシストでも自信過剰でもなく、ただ自分の価値を、いくらで売れるのかを正確に把握しているだけなのだ。
こっそり肩を落としたアオイに向かって、ジスランは静かな声で言った。
「これを貴方に」
「ジスラン様……」
アオイの瞳が揺れる。僕なんか、と言いかけて飲み込んだ。男はアオイの憂いを帯びた表情をどう解釈したのか、眉を下げいつもよりほんの少し早口でこう言った。
「本当は天使の羽も妖精の鱗粉も、悪魔の瞳だって君に捧げたかったのですけど。ごめんね、アオイ」
「そんなこと……それより、僕にこれは釣り合わないよ……」
眉を下げ、珍しく弱気な本音を告げると、ジスランは首を横に振り、力強い声で断言した。
「私は、アオイにはこれ以上の価値があると思っています」
「――ッ!」
アオイは目を瞠ると、震える声で尋ねた。
「……こんなに綺麗なものより、僕がいいの?」
「君より美しい存在はこの世界に存在しないよ」
男はそう言って微笑んだ。花が綻ぶ瞬間のような優しい笑みに、ドッと全身の血管が脈打つ。
アオイは咄嗟に俯くと、片手で口許を覆った。全身が沸騰しているみたいに熱い。
「アオイ?」
「ッ――!」
認めるしかなかった。
(僕……彼が、ジスランが好きだ)
アオイに眩暈がするほどの価値を付けてくれる彼が、絶対にアオイに触れようとしない彼が、アオイのことが好きな彼が、どうしようもなく好きだった。分かっていたけど、分からないふりをしていただけだった。
「そ、っか……」
いつの間にか、アオイの瞳には膜が張っていた。瞬きをした拍子に雫が飛ぶ。人差し指で水滴を拭うと、アオイは前を向いた。すると緊張した面持ちのジスランと目があって、アオイは目尻を下げた。
「受け取って貰えますか?」
「……ん、もちろん」
手を伸ばし、壊れ物のようにそっと触れる。誰にも取られたくなくて大事に胸に抱え込んだとき、ふと、告白したいと思った。
――好き、って言ったら、応えてくれるかな。
抱きしめてと言ったら、腕を広げてくれるのだろうか。
アオイが口を開こうとしたその時、ジスランがアオイの名前を呼んだ。慌てて口をつぐみ、小さく首を傾げる。
「そして――ごめんね、アオイ」
「――え?」
ジスランは眉を寄せ苦悶の表情を浮かべていた。アオイの頬から徐々に熱が引いていく。
「もともと、君を身請けするつもりはなかったんです」
「ッ――!」
ヒュッと喉が鳴った。ジスランは目を伏せアオイを見ていない。強張った顔が見られなくて良かったと、アオイは思った。浅くなる呼吸を意識してコントロールしながら、アオイは静かに続きを待った。
「ただ、空の下、何にも縛られずに歌う君が見たかった」
それだけなんです、とジスラン。
「……ただ、焦ったあまり、少し、性急に事を運びすぎました」
「…………それは、どういう」
「本来、身請けされた男娼はすぐに自由の身になるわけではありません」
それはアオイも知っている。馴染みの客に最後の挨拶したり、することは山ほどあるからだ。
続きを待つようにジスランを見るが、それっきり彼は口をつぐんでしまった。重い沈黙の中、何も聞けずにいると、俄かにサロンが騒がしくなる。弾かれるようにして振り返ると、そこには甲冑を纏った騎士を数名を引き連れた身分の高そうな男がいた。すぐにイェルだ、と気づく。そういえば彼はこの国の宰相だということも思い出して、アオイはギュッと眉を寄せた。
イェルはアオイとジスランの前に立つと、畏まった様子で腰を折った。
「お待たせいたしました」
ジスランはきゅっと唇を固く引き結ぶと、冷え切った瞳でイェルを見た。ジスランの冷ややかな視線をものともせず、イェルはアオイに向き直ると朗らかに笑いかけた。笑顔の下、巧妙に隠れた打算と利欲を見抜いたアオイは、不快感に唇を引き結んだ。
「貴方が神子様だったのですね。ひと目見て気づくべきでした。無礼をお許しください」
「神子様って、なんですか」
もちろん、とイェルは大きく頷いた。
「異なる世界からやってこられた、我らが救世の、そして、竜神様の唯一の番です」
「つがい」
「ああ、異世界ではそう言いませんか。簡単にいうと、恋人、いや、結婚相手かな」
「こい、びと」
「余計なことは言わなくていい」
ジスランの低い声に、アオイはびくりと肩を揺らした。その声に、ジスランの意思を知ったアオイは、ほんの一瞬でも舞い上がった自分が恥ずかしくて目を伏せた。
「失礼しました。しかし、大事な神子様をこんなところにいつまでも置かれていては可哀想でしょう?」
ジスランは嘆息すると、アオイの顔を見た。その瞳には悔恨が渦巻いている。
初恋だったのに、とアオイは唇を噛んだ。
もしかしたら、なんて舞い上がっていた自分が滑稽で、最悪だった。ほんの一瞬で打ちのめされ、ボロボロになった恋心が叫んでいる。
僕は、ジスランに好かれてると思ってた!
冷静な自分が、意地悪く答えた。
確かにジスランは僕のことが大好きだよ。アイドルのことがな!
気を抜いたらしゃがみこんでしまいそうなほど、もう何もかもがどうでもよかった。しかし、アイドルとしての矜持が、無様な醜態を晒すことを許さず、気力だけでアオイは立っていた。
それなのに、追い打ちをかけるように「ごめんなさい」と男は言った。
その形の良い眉を歪め、男は苦しそうに呟く。
「――私は、君を自由にしたかった」
なんだよ、それ。アオイは唇を噛み、顔を伏せた。
僕は、縛って欲しかった!
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