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時価2000万
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誰も見ていないならセーフと主張するアオイと、誰も見ていなくたってアウトです、と主張するジスランの争いは朝食を挟んでなお平行線を辿り、行商人が到着したことで一時休戦を迎えた。
行商人は茶色いスーツを纏った恰幅のいい男と、黒いスーツを纏った生真面目そうな痩身の男だった。
彼らと共に大きな照明と鏡が置いてある部屋に移動し、ジスランとソファに座ったあたりで恰幅のいい男の「このたびはお慶びを申し上げます……」から始まったやたら仰々しい挨拶があったようだが、アオイは少しも聞いちゃいなかった。ソファに座ったその瞬間からずっとジスランの腕が腰にまわっていたからである。
これは昨夜ジスランと約束したことだ。他人の目がある場所では仲睦まじい番を演じること――ジスランがアオイを大事にすればするほど、アオイの地位は確固たるものになる。彼にはそう説明して了承を得たが、正直下心が大半を占めている。
ジスランのことが大好きで隙あらば触れ合いたいと思っている中、突然の、しかも当然のようにされるジスランからの接触である。いくらこれが演技だと分かっていても内心穏やかでいられるはずかない。番って最高~!とアオイの内心はお祭り騒ぎだった。
行商人の男が広げた質感も色味も様々な布を見てもアオイの心はここにあらず、すぐそこで香るジスランの体臭に、後でどんな香水使っているか訊かなくちゃとか余計なことばかり考えていたのだが、戴冠式と舞踏会で着る衣装のデザイン画を見た瞬間正気が帰ってきた。
「襟の形、違うものはありますか。そもそも大きくデザインを変更することは可能ですか?」
アオイが尋ねると、茶色いスーツを纏った恰幅のいい男が怪訝そうに片眉をつり上げ、おずおずと答えた。
「一応これが正礼装になっておりますから……」
今まで借りてきた猫のように小さくなっていたアオイが突然口を挟んだので驚いた様子だ。
見せられたデザインはアオイの世界で言うところの燕尾服だった。アオイが口を挟んだ襟の形は、燕尾服に合わせるウイングカラーである。怪訝そうな顔をしている行商人に向かって、アオイはゆっくり首を横に振った。
「戴冠式は式典なのでさっき見せてもらったあれで出席します。特に注文もないです。式典に相応しい服をお願いします」
結婚式に憧れる女の子でもない。特にこだわりもないならTPOは大事にするべきだ。
「でも、その後の舞踏会の服は僕に似合う服を作ってください。僕、燕尾服はそんなに似合わないから」
アオイの言葉に、行商人より先にジスランが口を開いた。
「これもアオイなら似合うと思いますけど」
そう言ったジスランは、すぐに、もちろんアオイの好きなようにして構わないのですけど、と付け加えた。
「確かに僕に着こなせない服はないけど僕にはもっと似合う服があるし、こういうのはジスランの方が似合うと思う」
「そうですか?」
「そう。……ね、これって僕のお披露目だけど、ジスランもいるんだよね?」
「もちろん」
ジスランが即答する。アオイはうろ、と視線を彷徨わせると、伺うようにジスランの顔をしたから覗き込んだ。
「舞踏会の方のジスランの服も……僕が決めていい?」
ジスランはパチパチと瞬きを繰り返すと、口元に微笑を浮かべ「もちろん」と優しい声で頷いた。ジスランの表情の変化を傍で見ていた行商人の顔が驚きに染まる。アオイは再び行商人に向き直ると「そういうことなので」と早口に言った。
「とりあえず燕尾服はナシです。で、女性のドレスのような華やかな衣装にしたいんです」
「ドレスのような?」
恰幅のいい男が眉を顰めたが、反対に、痩身の男の目がキラリと光った。
「詳しくお聞かせください。襟の形を気になさっていましたよね」
「基本はスタンドカラー……そう、そういうやつにフリルをつけたくて」
「下に重ねますか? メロウ仕上げにもできますが」
「あ、重ねるの可愛いかも。できるだけジスランが着るものと同じデザインにしたいので控えめで……や、でももうちょっと欲しいかも……そう、それくらいで。僕の方はジャケットの丈を長くしてドレスっぽくしたくて……ジスランはそのまま……いや、ううんここは合わせるべきか……?」
膝を突き合わせてああでもないこうでもないと盛り上がるアオイ達の横で、すっかり置いていかれたジスランともう1人の行商人の男は顔を見合わせた。
「竜神様は中世的な顔立ちですから合わないこともないと思いますが……」
「でもそれだと僕と同じでしょう? 2人で一つは整ってはいるけどそれだけだし、僕はジスランのオマケじゃなくてジスランの隣に立ちたいんです」
「ああ……確かに竜神様と同じ格好をすればそうなってもおかしくありません。別にそれが悪いことではないんですが」
「僕もジスランと一緒なのは嬉しいけど、僕は僕を見た人全員に僕を認めてもらいたい」
そしてできればジスランの隣は僕しかないと周知させて彼に懸想するヤツらを一掃してやりたい。もちろんジスランが本当の番を見つけたのであれば身を引くつもりだ。でも、少しくらい抵抗したっていいじゃないか。
「……アオイ様は竜神様がお選びになった方なのですから、認めない人間などいませんが、仰りたいことは承知しました。調和よりも凹凸が噛み合うようなイメージですね」
この男できるぞ。
アオイは話を止めると目の前の男の顔を見た。「どうかなさいましたか?」と男が首を傾げる。
「名前聞いてもいいですか?」
アオイの腰にまわっているジスランの腕に力がこもる。パチパチと不思議そうに瞬きを繰り返したアオイは「どうしたの?」と顔を上げた。ジスランは上半身を捻りアオイの耳元に唇を寄せた。
「私がいるのに、私以外の男の名前を聞くのですか?」
行商人は茶色いスーツを纏った恰幅のいい男と、黒いスーツを纏った生真面目そうな痩身の男だった。
彼らと共に大きな照明と鏡が置いてある部屋に移動し、ジスランとソファに座ったあたりで恰幅のいい男の「このたびはお慶びを申し上げます……」から始まったやたら仰々しい挨拶があったようだが、アオイは少しも聞いちゃいなかった。ソファに座ったその瞬間からずっとジスランの腕が腰にまわっていたからである。
これは昨夜ジスランと約束したことだ。他人の目がある場所では仲睦まじい番を演じること――ジスランがアオイを大事にすればするほど、アオイの地位は確固たるものになる。彼にはそう説明して了承を得たが、正直下心が大半を占めている。
ジスランのことが大好きで隙あらば触れ合いたいと思っている中、突然の、しかも当然のようにされるジスランからの接触である。いくらこれが演技だと分かっていても内心穏やかでいられるはずかない。番って最高~!とアオイの内心はお祭り騒ぎだった。
行商人の男が広げた質感も色味も様々な布を見てもアオイの心はここにあらず、すぐそこで香るジスランの体臭に、後でどんな香水使っているか訊かなくちゃとか余計なことばかり考えていたのだが、戴冠式と舞踏会で着る衣装のデザイン画を見た瞬間正気が帰ってきた。
「襟の形、違うものはありますか。そもそも大きくデザインを変更することは可能ですか?」
アオイが尋ねると、茶色いスーツを纏った恰幅のいい男が怪訝そうに片眉をつり上げ、おずおずと答えた。
「一応これが正礼装になっておりますから……」
今まで借りてきた猫のように小さくなっていたアオイが突然口を挟んだので驚いた様子だ。
見せられたデザインはアオイの世界で言うところの燕尾服だった。アオイが口を挟んだ襟の形は、燕尾服に合わせるウイングカラーである。怪訝そうな顔をしている行商人に向かって、アオイはゆっくり首を横に振った。
「戴冠式は式典なのでさっき見せてもらったあれで出席します。特に注文もないです。式典に相応しい服をお願いします」
結婚式に憧れる女の子でもない。特にこだわりもないならTPOは大事にするべきだ。
「でも、その後の舞踏会の服は僕に似合う服を作ってください。僕、燕尾服はそんなに似合わないから」
アオイの言葉に、行商人より先にジスランが口を開いた。
「これもアオイなら似合うと思いますけど」
そう言ったジスランは、すぐに、もちろんアオイの好きなようにして構わないのですけど、と付け加えた。
「確かに僕に着こなせない服はないけど僕にはもっと似合う服があるし、こういうのはジスランの方が似合うと思う」
「そうですか?」
「そう。……ね、これって僕のお披露目だけど、ジスランもいるんだよね?」
「もちろん」
ジスランが即答する。アオイはうろ、と視線を彷徨わせると、伺うようにジスランの顔をしたから覗き込んだ。
「舞踏会の方のジスランの服も……僕が決めていい?」
ジスランはパチパチと瞬きを繰り返すと、口元に微笑を浮かべ「もちろん」と優しい声で頷いた。ジスランの表情の変化を傍で見ていた行商人の顔が驚きに染まる。アオイは再び行商人に向き直ると「そういうことなので」と早口に言った。
「とりあえず燕尾服はナシです。で、女性のドレスのような華やかな衣装にしたいんです」
「ドレスのような?」
恰幅のいい男が眉を顰めたが、反対に、痩身の男の目がキラリと光った。
「詳しくお聞かせください。襟の形を気になさっていましたよね」
「基本はスタンドカラー……そう、そういうやつにフリルをつけたくて」
「下に重ねますか? メロウ仕上げにもできますが」
「あ、重ねるの可愛いかも。できるだけジスランが着るものと同じデザインにしたいので控えめで……や、でももうちょっと欲しいかも……そう、それくらいで。僕の方はジャケットの丈を長くしてドレスっぽくしたくて……ジスランはそのまま……いや、ううんここは合わせるべきか……?」
膝を突き合わせてああでもないこうでもないと盛り上がるアオイ達の横で、すっかり置いていかれたジスランともう1人の行商人の男は顔を見合わせた。
「竜神様は中世的な顔立ちですから合わないこともないと思いますが……」
「でもそれだと僕と同じでしょう? 2人で一つは整ってはいるけどそれだけだし、僕はジスランのオマケじゃなくてジスランの隣に立ちたいんです」
「ああ……確かに竜神様と同じ格好をすればそうなってもおかしくありません。別にそれが悪いことではないんですが」
「僕もジスランと一緒なのは嬉しいけど、僕は僕を見た人全員に僕を認めてもらいたい」
そしてできればジスランの隣は僕しかないと周知させて彼に懸想するヤツらを一掃してやりたい。もちろんジスランが本当の番を見つけたのであれば身を引くつもりだ。でも、少しくらい抵抗したっていいじゃないか。
「……アオイ様は竜神様がお選びになった方なのですから、認めない人間などいませんが、仰りたいことは承知しました。調和よりも凹凸が噛み合うようなイメージですね」
この男できるぞ。
アオイは話を止めると目の前の男の顔を見た。「どうかなさいましたか?」と男が首を傾げる。
「名前聞いてもいいですか?」
アオイの腰にまわっているジスランの腕に力がこもる。パチパチと不思議そうに瞬きを繰り返したアオイは「どうしたの?」と顔を上げた。ジスランは上半身を捻りアオイの耳元に唇を寄せた。
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