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時価マイナス2000万
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“異世界人で竜神様の番”という肩書きはアオイの想像以上の威力を発揮した。
「アオイ様ー!」
「キャーッ! 今絶対目が合った!」
「うそ、私よう」
「ノヴァ様こっち向いてーっ!」
「はーいこれ以上近づかないでくださーい」
「はい通してください! お二人に触れようとしないでください!」
馬車からちょっと降りるだけでこの騒ぎだ。スタスタと先を行くノヴァの後ろをのんびり歩いていたアオイは、にこりと笑ってひらひらと手を振った。瞬間、黄色い悲鳴が上がる。スタッフに阻まれながらもアオイに気づいてもらおうと一生懸命手を振る少女たちに向かってウインクをすると、アオイは今日のライブ会場へと足を踏み入れた。
「ノヴァさんもファンサしたらいいのに」
とっくの昔に楽屋に入っていたノヴァの横に座ると、ノヴァは横目だけでアオイを見て、ふんと鼻を鳴らした。
「これから散々してやるのに今する必要ないだろ」
初めての舞台は国立劇場、この国で最も大きな劇場だった。本来なら王立劇団の団員しか使えない格式のある劇場を、アオイは虎の威ならぬ竜の威を借りてぶんどってきたのだ。“異世界人で竜神様の番”というアオイの肩書きは国中の注目を集め、ダンスパーティーでジスランとアオイのワルツを見ていた貴族たちの噂が噂を呼び、舞台は異例の満員御礼、立ち見客まで出てくる始末だった。
それから半年。華々しいデビューを飾ったアオイは、ジスランの威光ではなく売り上げという数の暴力で国立劇場の使用権を手にし、今度はノヴァと共に“国民的アイドル”の座を手に入れたのだ。
「ファンの子は大事にした方がいいですよお」
「いいんだよ。オレのファンはこういうオレが好きなんだから。今日の衣装どこ?」
「向こうにかかってるやつ。ノヴァさんはピンクの方~」
「相変わらずセンスいいじゃん」
「ネポスさん喜びますね」
「ああ、あいつか」
「専属契約結ぼうかと考えてるんですけどどう思いますか?」
「いいんじゃない? 実際こいつの作る衣装が一番いいし。なんか変なフェチ感じるけど」
「僕よりノヴァさんの顔がタイプだったみたいです」
「あっそ」
躊躇いなく着替え始めたノヴァを何の感慨もなく見つめながら、アオイは頬杖をついた。
「ファンのことですけど、そんなんだからファンが妙に訓練された変態になるんですよ」
なまじ規律が取れていて一切迷惑行為をしない分気味が悪いと評判である。胸元のリボンを結んでいたノヴァが大きく舌打ちをした。
「うっさいな」
アオイは肩を竦めた。
「顔通りに振る舞うか、女の子だけには少し優しくするかすればファン層ガラッと変わるのに」
「絶対ヤダ。オレはもう誰にも媚びは売らないって決めてんの」
「ヒュウ、かっこいいー」
アオイはピュウと口笛を吹いた。
「アオイこそよくやるわ。娼館に居た頃より丁寧なんじゃないの」
「僕はファンサを大事にするアイドルなので」
「アイドルねえ……」
この世界にアイドルという職業は存在しない。持ち込んだのはアオイである。アオイは人妻――正確には番だが――なので元の世界のアイドル像そのまま、と言うわけはなかったが元々ない概念なので意外とどうにかなった。正統派アイドルの役割はノヴァが担っている。
「いいでしょ、アイドル。何でもできるし。それに、この世界にないものを発明するって異世界人っぽくてかっこよくないですか?」
“無双”はどの世代でも男の夢である、というのがアオイの主張だ。
「偉い人が求めてるのはそういうんじゃないと思うけど」
ノヴァが呆れたように肩をすくめた。
ノヴァの言いたいことは理解している。実際、この世界にやってきた過去の日本人が持ち込んだ知識は主に政治や生活に関するものだ。あるいは有り余る潤沢な魔力で魔物を倒すとか。アオイにとってはどれも興味がないものである。そもそも魔力は持ってない。そこそこ良い大学は出てるが専攻は心理学だったし、科学知識なんてリトマス試験紙あたりで止まっている。世界には石の世界で電気を発明する少年もいるらしいがアオイには無理だ。やる気もない。
「だって戦争より、花でしょ」
「何それ」
「僕の好きなセリフ」
「ま、竜神様のおかげみたいなとこもあるけどな」
「ほんとね! ジスラン最高~」
「アンタほど不遜な番もいないだろうな」
「使えるものを使って何が悪いんですか。無理強いはしてないし」
ジスランは男娼時代と変わらずアオイに貢ぎ続けている。家計を一緒にしている、という表現が正しいかは分からないが一緒に住んでいるし、何なら同じベッドで寝る関係だ。さすがにどうなんだろうな、と思うのだがアオイの複雑な心境をよそにジスランはアオイに貢ぎ続けている。最前列のチケットも自力で取ってくる徹底ぶりだ。「私の生き甲斐を奪わないでください」とあの美しい顔を悲しそうに歪ませてお願いされたら頷くしかなかった。もっとも、関係者席ではなく一般席にいるジスランは目立ちすぎていたし、アオイやノヴァが霞むほど視線を奪っていくので営業妨害だと訴えて2回目の講演以降特別席を用意することになったが。
アオイは壁にかかっている時計をちらりと見るとおもむろに立ち上がった。
「僕、ちょっとステージの方見てきます」
「リハーサルの時間はまだだけど」
「照明とかチェックするとこは色々あるでしょ。ノヴァさんは時間通りでいいので」
「いいよ、やることないしオレも行く」
そう言ってノヴァも立ち上がる。止める理由もないので一緒に楽屋を出た。
「アオイ様ー!」
「キャーッ! 今絶対目が合った!」
「うそ、私よう」
「ノヴァ様こっち向いてーっ!」
「はーいこれ以上近づかないでくださーい」
「はい通してください! お二人に触れようとしないでください!」
馬車からちょっと降りるだけでこの騒ぎだ。スタスタと先を行くノヴァの後ろをのんびり歩いていたアオイは、にこりと笑ってひらひらと手を振った。瞬間、黄色い悲鳴が上がる。スタッフに阻まれながらもアオイに気づいてもらおうと一生懸命手を振る少女たちに向かってウインクをすると、アオイは今日のライブ会場へと足を踏み入れた。
「ノヴァさんもファンサしたらいいのに」
とっくの昔に楽屋に入っていたノヴァの横に座ると、ノヴァは横目だけでアオイを見て、ふんと鼻を鳴らした。
「これから散々してやるのに今する必要ないだろ」
初めての舞台は国立劇場、この国で最も大きな劇場だった。本来なら王立劇団の団員しか使えない格式のある劇場を、アオイは虎の威ならぬ竜の威を借りてぶんどってきたのだ。“異世界人で竜神様の番”というアオイの肩書きは国中の注目を集め、ダンスパーティーでジスランとアオイのワルツを見ていた貴族たちの噂が噂を呼び、舞台は異例の満員御礼、立ち見客まで出てくる始末だった。
それから半年。華々しいデビューを飾ったアオイは、ジスランの威光ではなく売り上げという数の暴力で国立劇場の使用権を手にし、今度はノヴァと共に“国民的アイドル”の座を手に入れたのだ。
「ファンの子は大事にした方がいいですよお」
「いいんだよ。オレのファンはこういうオレが好きなんだから。今日の衣装どこ?」
「向こうにかかってるやつ。ノヴァさんはピンクの方~」
「相変わらずセンスいいじゃん」
「ネポスさん喜びますね」
「ああ、あいつか」
「専属契約結ぼうかと考えてるんですけどどう思いますか?」
「いいんじゃない? 実際こいつの作る衣装が一番いいし。なんか変なフェチ感じるけど」
「僕よりノヴァさんの顔がタイプだったみたいです」
「あっそ」
躊躇いなく着替え始めたノヴァを何の感慨もなく見つめながら、アオイは頬杖をついた。
「ファンのことですけど、そんなんだからファンが妙に訓練された変態になるんですよ」
なまじ規律が取れていて一切迷惑行為をしない分気味が悪いと評判である。胸元のリボンを結んでいたノヴァが大きく舌打ちをした。
「うっさいな」
アオイは肩を竦めた。
「顔通りに振る舞うか、女の子だけには少し優しくするかすればファン層ガラッと変わるのに」
「絶対ヤダ。オレはもう誰にも媚びは売らないって決めてんの」
「ヒュウ、かっこいいー」
アオイはピュウと口笛を吹いた。
「アオイこそよくやるわ。娼館に居た頃より丁寧なんじゃないの」
「僕はファンサを大事にするアイドルなので」
「アイドルねえ……」
この世界にアイドルという職業は存在しない。持ち込んだのはアオイである。アオイは人妻――正確には番だが――なので元の世界のアイドル像そのまま、と言うわけはなかったが元々ない概念なので意外とどうにかなった。正統派アイドルの役割はノヴァが担っている。
「いいでしょ、アイドル。何でもできるし。それに、この世界にないものを発明するって異世界人っぽくてかっこよくないですか?」
“無双”はどの世代でも男の夢である、というのがアオイの主張だ。
「偉い人が求めてるのはそういうんじゃないと思うけど」
ノヴァが呆れたように肩をすくめた。
ノヴァの言いたいことは理解している。実際、この世界にやってきた過去の日本人が持ち込んだ知識は主に政治や生活に関するものだ。あるいは有り余る潤沢な魔力で魔物を倒すとか。アオイにとってはどれも興味がないものである。そもそも魔力は持ってない。そこそこ良い大学は出てるが専攻は心理学だったし、科学知識なんてリトマス試験紙あたりで止まっている。世界には石の世界で電気を発明する少年もいるらしいがアオイには無理だ。やる気もない。
「だって戦争より、花でしょ」
「何それ」
「僕の好きなセリフ」
「ま、竜神様のおかげみたいなとこもあるけどな」
「ほんとね! ジスラン最高~」
「アンタほど不遜な番もいないだろうな」
「使えるものを使って何が悪いんですか。無理強いはしてないし」
ジスランは男娼時代と変わらずアオイに貢ぎ続けている。家計を一緒にしている、という表現が正しいかは分からないが一緒に住んでいるし、何なら同じベッドで寝る関係だ。さすがにどうなんだろうな、と思うのだがアオイの複雑な心境をよそにジスランはアオイに貢ぎ続けている。最前列のチケットも自力で取ってくる徹底ぶりだ。「私の生き甲斐を奪わないでください」とあの美しい顔を悲しそうに歪ませてお願いされたら頷くしかなかった。もっとも、関係者席ではなく一般席にいるジスランは目立ちすぎていたし、アオイやノヴァが霞むほど視線を奪っていくので営業妨害だと訴えて2回目の講演以降特別席を用意することになったが。
アオイは壁にかかっている時計をちらりと見るとおもむろに立ち上がった。
「僕、ちょっとステージの方見てきます」
「リハーサルの時間はまだだけど」
「照明とかチェックするとこは色々あるでしょ。ノヴァさんは時間通りでいいので」
「いいよ、やることないしオレも行く」
そう言ってノヴァも立ち上がる。止める理由もないので一緒に楽屋を出た。
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