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時価マイナス2000万

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 起きたら9時を過ぎていて、それにベッドの中に居た。
 のそりと起き上がったアオイは、四つん這いのような姿勢のまま静止した。まだ眠い。それから5分。まだ眠かったがジスランがいたと思しき箇所はすっかり冷えている。急に寂しくなったアオイはのそのそと起き出した。
 大きめのガウンを羽織っただけの格好で外に出ると、ハトリがすっ飛んできた。

「アオイ様、服!服!」
「パジャマだし上に着てるからセーフ」
「アウトです!」
「ところでジスランは?」

 ハトリが頭を抱えた。

「ごめんって、ジスランにバレなきゃ大丈夫だよ」

 アオイはそう言うと、小さな欠伸をひとつしてふっと窓の外を見た。丁寧に整えられた花園がある。そこの一角、赤い薔薇茂みの前にジスランの姿があった。

「…………」

 アオイは吸い込まれるように窓の近くに寄ると、額をくっつけじっと外を見た。

「アオイ様……?」

 ジスランは1人ではなかった。誰か――女と居る。ザワ、と心が波打ってアオイは眉間に皺を寄せた。窓を触っていた手が拳を握る。
 女は頬を紅潮させ、ジスランに何か話しかけている。すると、女の後ろから5歳ぐらいの少年が駆けてきた。ジスランに目一杯手を振っている。ジスランは微笑ましいものを見るように目を細めた。

「……いいなあ」

 こぼれ落ちた言葉は、羨望に満ちていた。

「アオイ様?」

 アオイは目を瞠った。今、僕は何て言った?
 少年はジスランに向けて身振り手振りで何かを一生懸命伝えている。ジスランは困ったように少し眉を下げると、少年の頭を撫でた。少年は飛び跳ね全身で喜びを表現している。
 その姿が、昨夜のアオイと重なった。

(――いや違う)
 
 重なりそうで、重ならなかった。
 だってあの少年はアオイのように綺麗じゃない。普通の、どこにでもいる普通の少年だ。
 それなのに!

(どうしてジスランに優しくしてもらえるの――)
 
 ジスランはアオイが好きだ。それは、アオイがアイドルだからだ。
 じゃあ、アイドルじゃないアオイは?
 そんなの嫌われるに決まってるじゃないか!

(それなのに、昨日の僕は、僕は――)

 アオイは唇を噛んだ。プツン、と皮が千切れ鉄の味が広がる。

「僕は、期待に応えられなきゃ価値がないのに」

(あの男の子に、僕はなれない)

 もしここにジスランがいれば、どうして?と優しく問いかけたはずだ。しかし、ここにジスランは居なかった。ハトリは怪訝そうな顔をしながらも見守っているだけである。ここまで追い詰められてもなお、アオイの顔色は変わらなかったからだ。
 アオイはポツリとつぶやいた。

「手紙にさ、みんな僕が悪いって書いてあったんだ」
「アオイ様に悪い所なんてありません!」

 ハトリが素早く否定したが、アオイの心には響かなかった。

「うん、でもさ、あんな手紙だけで醜態を晒す僕に、価値はないんだよ」
「アオイ様、さっきからいったい何を……」
「だからきっと、僕が悪いんだ」

 やっと気づいたの?
 どこから聞こえたその言葉と共に、アオイの意識は闇に呑まれた。
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