異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより

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時価マイナス2000万

4−10

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(ああそっか) 

 アオイはぎゅっと目を瞑った。
 金なんて、本当はどうでも良かったのだ。
 アオイの1番古い記憶は幼稚園のお遊戯会だ。
 一度でいい、自分のために仕事を休んで欲しかった。優先されてみたかった。最初から居て欲しいなんてわがままは言わない。最後の5分だけでいい。撮影終わりの格好のまま、ほんの少し息を弾ませながら駆けつけてくれたら、それだけでよかったのだ。
 それなのに、母は1度も来てくれなかった。
 アイドルになって、エゴサは日課だった。
 ライブの日程が発表され、嬉しそうなファンの子の書き込みがあると安心した。でも、毎回必ずこんな書き込みもあるのだ。
 ――初日ちょうど娘の発表会の日じゃん~! 残念!! 行かれる方楽しんできてください!!
 ずっと、いいな、と思っていた。
 皆んなアオイのことが大好きなはずなのに、グッズやDVD、コンサート、たくさん金をアオイに使ってくれるのに、それなのに、彼ら彼女らはアオイよりも優先するものがある。一円にもならないぐだぐだなお遊戯会でも、稚拙な発表会でも、大して強くもない部活の試合であったとしても! 彼らにとってそれらはプロであるアオイのステージよりもなのだ。
 アオイは涙声でつぶやいた。

「俺、愛されたかったんだあ……」

 その時、ぐい、と腕を引っ張られ、上へ上へと引き上げられる感覚がした。水面から顔を出した時みたいに、呼吸がしやすくなる。目を覚ましたアオイは、眩しそうに目を眇めた。

「え、何……」
「ああアオイ! 良かった、目が覚めたんですね」

 眼前に広がるジスランの顔に、アオイは目を見開いた。

「ジス、ラン……? うっ……」

 上体を起こし男の名前をつぶやいた瞬間、鋭い頭痛に襲われアオイは身体を丸めた。すぐさまジスランがいたわるようにアオイの背を撫でる。寝室のベッドに寝かされていたようだ。慣れ親しんだシーツの感触に、アオイは無意識のうちにそれを握りしめていた。額には脂汗が滲んでいる。アオイは憔悴していた。

「無理をしないで。君は呪われたんです」
「呪われた……?」

 アオイが顔を上げると、ジスランは厳しい顔で頷いた。

「昨日の手紙を君に開かせるべきではなかった。本当にごめんなさい、命に変えても君を守ると言ったのに」

 ジスランの顔が苦渋に歪む。アオイは力なく首を振った。

「そんなのいいよ……それに、ジスランが助けてくれたんでしょう?」
「それが……」

 ジスランは辛そうに眉を歪めると、言いにくそうにつぶやいた。

「実はこの呪い、かかり方が中途半端なんです」
「中途半端……?」
「アオイ、君の名前……ソラハアオイというその名前は、本当の名前じゃないのではないですか?」
「え……ああ、うん」

 アオイは小さく頷いた。空波蒼は芸名だ。ジスランは「やっぱり」とどこか安心したように頷くと説明を始めた。

「本来、この呪いは本当の名を知らないと行使できないはずなんです。でも何故かアオイは呪われているんのですけど……とにかく、かかり方が半端になってしまったせいで解呪も上手くいっていないのが現状です」

 何となく、呪いが半端にかかった理由には察しがついた。アオイはこの世界で名前を聞かれた瞬間、本当の名前を捨て、空波蒼を名乗ったのだ。愛されなかった過去の自分なんか要らなかったから。
 ジスランは真剣な面持ちでアオイの顔を覗き込んだ。

「だからアオイ、君の本当の名前を教えてください」
「本当の……名前……」
「はい。それで完全に呪いを解くことができます」
「……もし、呪いを解くことができなかったら僕はどうなるの?」
「かかり方が中途半端なので確かなことは言えませんが、眠ったまま、夢を見続けることになります」
「夢……」
「はい。おそらくさっきも見ていたでしょう。過去の記憶が再生され続ける夢です」
「過去の記憶が……」

 アオイは目を伏せた。過去の記憶。ジスランはそう言った。悪夢、ではない。アオイは考えていた。どっちがマシだ?

(それなら……)

 ジスランがじっと待っている気配がする。わかっていながらアオイは何も言わなかった。ジスランが怪訝そうにアオイの名前を呼ぶ。

「アオイ……?」

 アオイはゆっくりと首を振った。

「僕の名前は、空波蒼だよ」
「アオイ!」

 アオイは顔を上げ、ジスランに向かって微笑んだ。

「もういいよ、ジスラン」
「もういい……? それはどういう……」
「呪いなんか解かなくていい」

 ジスランが目を見開く。アオイはジスランから視線を外すと、ぽつりとつぶやいた。

「頑張ったって好きな人は僕のことを好きになってくれない」
「アオイ、何を……好きな人っていったい……」
「誰も愛してくれないなら、僕はずっと眠っていたい」
 再び暗転、意識が闇に飲み込まれるその刹那、ジスランが浮かべた表情は――。

(まあいいや)

 アオイは諦めたように目をつむった。
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