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Episode3

はらぺこ淫魔、隠す。-10

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 屋敷は想像以上に広かった。
 図書館から始まり、広間から食堂、応接間、中庭まで見た頃には、リオンはすっかり精神的に疲れ果てていた。見かねたディナンが一度休もう、と提案してきたくらいである。リオンはありがたくその提案に飛びついた。
 そうして、寝室まで戻ってきた二人は、時間もちょうどいいからと夕食に舌鼓を打っていた。当然のようにあれこれリオンの世話をしていたディナンは、悪戯っぽく微笑むと、小さく首を傾げた。

「覚えられそう?」

 いいえ、まったく。 
 口に出すことはしなかったが顔に出ていたのだろう。ゆっくり覚えればいいよ、と微笑まれた。

「ごめんなさい、思ったより広くて……」

 リオンは困ったように眉根を下げた。正直、中庭までどういうルートを辿ったのかイマイチ記憶が無い。分かるのは図書館の場所だけだ。あそこだけは迷わずに行ける自信がある。
 ディナンがおかしそうにくすくすと笑った。

「二階はまた次の機会にしようか」
「でも僕、ここから出たらきっと戻って来れません」
「私がいるから心配しなくていいよ」
「そうですか……?」
「うん、一緒に行けばいいでしょう?」

 と、ディナン。リオンは暫しの逡巡の後、はい、と頷いた。そもそも、ディナンだってリオンが自由に寝室を出入りするのは気分が良くないだろうと思ったのだ。案外、二階の間取りは把握しない方がいいのかもしれない。
 当分は図書館に居よう、そう決意を固めていると、ディナンが口を開いた。

「明日は王都に行ってみようか」
「王都に?」

 リオンはパチクリと瞬きを繰り返した。

「リオンが気になっていた東洋医学に使う素材も、王都なら扱っている店もあるしね」
「ほ、ほんとにするんですか?」

 確かにディナンはそんなことも言っていたけど。その場の勢いとか、そういう、冗談の類だと思っていたリオンは僅かに仰け反った。ディナンがもちろん、と頷く。

「もしかして、やりたくない?」
「そんなことないです!」

 リオンは慌てて首を振った。ディナンが良かった、と口元を緩ませる。

「でも、それじゃあ僕ばっかりしてもらうことになります」
「リオンがしたいことを、私はしたいんだよ」
 
 間髪入れずにそう返され、リオンはむう、と小さく口を尖らせた。リオン? と不思議そうに名前を呼ぶディナンを、下から伺うように見上げる。

「僕も、ディナン様がしたいことがしたいです」

 ディナンのことが好きだ。だから、ディナンにも、自分が感じた歓びのほんの少しでも返したいと思う。
 それがたとえリオンの自己満足であっても、好きな人には、やっぱり、幸せでいて欲しいし、自分の手によって幸せになってくれるなら、やっぱりその方がいい。
 そんなことを思いながら、リオンはさらに言葉を重ねた。

「僕、なんでもします」
「…………あまりそういうことを軽々しく言ってはいけないよ」

 ディナンは堪えるように細く長く息を吐き出すと、そう言ってリオンの頭をゆっくりと撫でた。訳が分からずきょとんと首を傾げていると、ディナンが仕方ないな、というように目を細めた。
 くるくるとリオンの髪を指で弄びながら、ディナンは呟くように言った。

「明日は王都に行くこうと思っていたから、今日はやめておこうと思ったんだけど」
「?」
「なんでもしてくれるんだよね?」
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