旧版:ワケありマニアの幽子さん

塀流 通留

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第32話 ゆーちゃみとねこっち

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 ゴールデンウィークの前半部分がわり新たな月となった五月の頭。
 有給休暇ゆうきゅうきゅうかの無ない学生にとっては何の変哲へんてつもない平日の午後。

 東京都のはずれにある帝央ていおう大学二年生の田中一郎は、同じマンションの階下かいかに住む物部もののべ幽子ゆうこともなって、小田急おだきゅう多摩たまセンター駅をおとずれていた。

 二人の手には大量の駄菓子だがしと大きなぬいぐるみ――おそらく駅近くのゲームセンターで遊んでいたのだろう。

 大量の景品けいひんにホクホク顔の二人は、ここにはいないもう一匹の家族のもとへ帰るために、仲良くならんで多摩モノレール駅へと向かっている。

「うーん、大漁大量♪ まさかたったの千円でこんなに取れちゃうなんて思わなかったわ♪ 一郎くんクレーンゲーム上手すぎない?」
「ふっ、まあ生活がかかっていたからな……生きるために身につけた技術だよ」

 大量景品の立役者たてやくしゃは一郎だ。
 大学に入学するまでゲームセンターなんてものが存在しないかくざとに住んでいた幽子は、こういったゲームにはえんがない。

 数千円ほどまれ、今にも台パンをしそうだった幽子を見かねて一郎がプレイ。

 客をカモにしようとほくそ笑んだであろう店員の悪意あくいちた配置はいちをものともせず、たったの百円で目的の人形をゲット。

 幽子がよろこぶ姿をに別ゲーをプレイし、一郎はあれよあれよという間にかかえきれないほどの駄菓子を手に入れたのであった。

「生きるための技術?」
「ほら、俺ってこの一年間、あの幽霊ゆうれいに取りかれていただろ? おはらい貯金のための節約せつやく生活に、こういった技術が必要だったんだよ」

 ゲームセンターにのみ存在する特大とくだい駄菓子。
 それはこの一年の間、一郎にとって生命線せいめいせんの一つだった。
 主に栄養面えいようめん的な意味で。

「百円で取れれば数日分の栄養になる。なんせ原材料げんざいりょうはトウモロコシだ。トウモロコシはメキシコでは主食しゅしょくの食材……つまり昭和の時代から伝わるこの駄菓子はタコスと言えなくもない」

「ふふ、メキシコの人が聞いたらブチ切れるわよ、それ(笑)」

 そんなとりとめない会話を仲睦なかむつまじくする二人――何も知らない周囲しゅういから見れば完全に恋人同士に見える。

 雰囲気ふんいき的に完全にお似合いなので、一郎には一刻いっこくも早く告白をして、正式にお付き合いを始めて欲しいところだ。
 となりを歩く幽子も、間違いなくそれをのぞんでいる。

武山たけやま美容びようクリニックでーす。よろしくお願いしまーす」

 不意ふいに、二人の前にポケットティッシュを差し出される。
 駅前にありがちなティッシュ配りだ。

 もらってそんはない。
 代表して一郎がポケットティッシュを受け取る。

「最近、ネットでもよく見るわよね。このクリニック」
「確かに。でも美容整形せいけいクリニックって医学分野ぶんやの商売だろ? こういう宣伝せんでんって意味あるんかな?」

「んー、やるくらいだしあるんじゃない? 風邪かぜの時とか、無名な病院よりも、多少は名が知れた病院の方が行こうっていう気になるでしょ?」
「あー、言われてみれば」

 なるほど――と、一郎が手を叩いた。

「ところで幽子的にはどうなの? こういった美容整形って」
「私的にはどうでもいいかな。賛否両論さんぴりょうろんあると思うけど、やりたい人はやればって感じ」

「おぉ……さすが去年満場一致まんじょういっちでミスコン優勝した女傑じょけつは言うことが違うな。自分の容姿ようしに絶対的な自信を持っておられる」

「別にそんなんじゃないんだけどね。そだってきた環境かんきょうが環境だから、容姿にそこまで執着しゅうちゃくしてないってだけ」

 幽子の故郷ふるさと葛覇くずのはの里は実力第一主義。
 陰陽師おんみょうじとしての戦闘力が優先ゆうせんして評価ひょうかされ、それ以外はすべひとしく下に見られる。

 幽子のように容姿がすさまじくととのっていたとしても、実力が大したことなければチヤホヤされることはない。

 そんな環境で育っているからこそ、彼女の中では容姿の価値かちが低いのだろう。

 現役グラビアモデルの撮影会さつえいかいに飛び入り参加さんかしたら、モデルを食ってしまうような魅力みりょくあふれる幽子だが、彼女にとって見た目の良し悪しはわりとどうでもいい要素ようそなのだ。

「っていうかさあ、人間見た目より中身でしょ、中身。見た目の美しさとか、人間が持つ魅力の中で一番はかないものじゃない。誰だって年を取ればしわができるしこしも曲がる。時とともに消えていくようなものに、大金を払う感覚が私にはわからないわね」

「とても財産ざいさん目当てで俺にってきた女とは思えない発言ですな」

「財産は魅力の一つよ、一郎くん。それに私の場合、財産だけが好きってわけじゃないし。今は財産よりも、どちらかっていうと一郎くんの性格のほうが……その……も、もちろん財産は好きだけどね!」
「お、おう、そうか! うん!」

 れ隠し目的のため、幽子がいきおいで流れを変えた。
 すぐぎた容姿とは裏腹うらはらに、幽子はこういった経験けいけんはあまりない。

 陰陽師の実力が中の下程度ていどだったため、カースト下位にぞくしていたせいである。

 それでも大学入学後のここ一年間はそういう機会きかいもあったが、下心見え見えのさそいは全てスルーしていたこともあり、免疫めんえきはそこまでできていないのだ。

 意識的いしきてきに自分から話をる場合は平気だが、無意識にそうなってしまった場合の対処たいしょ苦手にがて

 心の準備じゅんびが整っていない状況じょうきょうでのラブコメ展開てんかいにはあわててしまうというわけだ。

 多く見積みつももったとしても、恋愛レベルはせいぜい高校一年生と同レベルと言ったところだろう。

 そして一郎もそれは同じ。
 今でこそスリムだが、ストレスによる過食かしょくで太っていた過去があるので、恋愛関係のイベントは全てスルーしてきた。

 恋愛初心者同士でかれ合っているというこの二人、実にお似合にあいである。
 早く告れよ一郎。
 誰かが見ていれば、例外なくきっとそう思うだろう。

「もうお前ら早く結婚しろよ」
「わっ!?」

「誰!? ……って、なーんだ、ねこっちか」
「よっ、ゆーちゃみ♪」

 突然とつぜん気軽きがる挨拶あいさつしてきた目の前の黒ギャルと一郎は面識めんしきがない。
 したに呼び合っていることから、幽子の友達だろう。

「えーと、きみは?」
「帝央大学文学部二年、猫山ねこやま寧々子ねねこでーす♪ ゆーちゃみとは授業が一緒いっしょでよくつるんでるよ。よろしくね、童貞率どうていりつ100%のお持ち帰りくん(笑)」

ぎゃくだ逆! お持ち帰り率100%の童貞だよ! っていうかきみ初対面なのに失礼だな!」
「ごめんね、一郎くん。ねこっちに悪気わるぎはないのよ」

 悪気はなくても失礼なもんは失礼だろう――と一郎は思った。

「あはは! ごめんごめん。おびに今夜ご飯おごるから許してよ。二人とも、今夜空いてる? サークルで飲み会があるんだけど」

「サークルの飲み会? ねこっちのサークルって確か……」
「テニサー」

「サークルの飲み会に、俺たち部外者ぶがいしゃ参加さんかしちゃってもいいのか?」
「いいのいいの。あたしらのサークルってゆる~い軟派なんぱな飲みサークルだから。毎回みんな友達とか彼氏彼女同伴どうはんで来るから気にしないで」

 そういうことなら。
 一郎と幽子はゴールデンウィーク後半直前で特に予定もないし、せっかくなので参加させてもらうことにした。

「で、場所は?」
聖蹟桜ヶ丘せいせきさくらがおかにある『世麗舞せれぶ』ってお店。んじゃ、また夜にねー」

 手をブンブン振りながら、寧々子が駅へと消えていく。
 寧々子と別れた二人はそのまま帰宅。

 帰るなり戦利品せんりひんの一つを、ロクの祭壇さいだんに上げようとしたのだが。

 ――ウウゥゥゥゥ……
 ――ワンッ! ワンワンッ! ウガゥッ!

「ロク?」
「どうしたのかしら?」

 ――ウガァッ!

「うわっ!?」

 ロクが突如とつじょ一郎におそかりみついた。
 やさしくかしこいロクがこんなことをするなど思わなかったので、二人はとてもおどろく。

「ちょっとロク!? めなさい! 一郎くん、大丈夫だいじょうぶ!?」
「ああ、平気だよ。ロク幽霊だし」

「ロク、どうしたの? 何でこんなことするの?」

 ――ワンッ! ワンワンッ! ワンッ!

 ロクは興奮気味こうふんぎみつづける。
 感情が入りみだれているせいか、ロクの言葉がわかる幽子もお手上げらしく、言葉の解読かいどくに少々時間をようした。

「えーと? ポケットに、入ってる、もの? それから嫌なにおいがする?」
「ポケットの中っていうと……これ?」

 ――ワンッ!

 どうやら正解らしい。
 二人はポケットの中にあったものをまじまじと見つめる。

「……ポケット」
「……ティッシュ?」

 駅前でもらった販促はんそく用のポケットティッシュ。
 何が気に入らないのか、ロクはそれに向かって吼え続けていた。
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