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第1章 冒険者編
第25話 ミミック
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クラーケンを食した俺たちは隠し扉を開き、その先へと移動始めた。
扉の先にあったのは大きな階段。
わざわざ開閉式にしているところを見ると、この場所はおそらく貯水池だったのだろう。
内陸部の貴重な水源――厳重に管理しようとしていたのがうかがえる。
「魔物もいるけど基本的に静かだな」
「そりゃそうでしょうよ。こんな遺跡あるなんて誰も思わないし」
「噂レベルでしたからね。犯罪者の巣窟と言われている場所で、わざわざ危険を冒してまで探そうなんて人はいないでしょう」
確かに。
そんな危ない場所で何かしようなんて奴はよっぽどの命知らずかバカのどちらかだ。
「まあ、犯罪者の巣窟という話は違ったみたいですが」
「たぶん、その噂はミーナを襲った奴らが流したんだろうな。この遺跡を知られたくなくて」
「だろうねー。古代ノイン王国の遺跡でしょここ? 大なり小なり貴重なものが転がってるのがノインの遺跡だし」
それだけ言うと、ミーナは声のトーンを少し落とし、
「……ここにあるのは大っぽいけどね。あたしがさらわれたあの光、たぶん転送装置の一種だと思う。それも、固定座標式じゃなくて座標指定式のやつ」
「その2つはどう違うんだ?」
「固定座標というのは文字通り、座標が決められている場所同士を一瞬で移動するものです。時々生きているものが見つかって、王侯貴族に謹上されています」
「それじゃあ座標指定式ってのは?」
「自分で場所を自由に設定できるタイプのやつよ。好きなところから好きな時に、好きな場所に移動できちゃう冗談みたいな古代技術」
「なんだよれ……そんなことできたら暗殺者や軍隊、敵国に送り放題だろ。撤退も一瞬でできるし、下手な権力者が絶対持ったらいけない技術だろ。メチャクチャ物騒じゃねーか」
「その通りです。でも、ミーナさんやボクたちをここに落とした連中を考えると、その下手な権力者が絡んでいそうですね」
「そうね。そして、そんな奴らが狙っているのは、そのメチャクチャ物騒な技術でしょーね」
「カイトが言っていた畑が消える事件や、ウォッチャーなどのいないはずの魔物がいる事件、おそらくここの転送装置の座標実験でしょう。本格運用される前に何とかしたいところですね」
「通信用の道具で連絡が取れればいいんだが……」
「軍隊がいるとこでそんなもん使ったら一発アウトでしょーね。ギルマスに繋がる前にジャミングされた挙句、あたしらは居場所がバレて皆殺し。そして誰にもここのことを知らせられず、完全な無駄死にコース」
「ボクらの生存を悟られることなく、ここの遺跡を使い物にできなくするのが理想ですけど」
それはなかなかに難しい注文と言える。
というか、生きてここから出る時点で難しい。
連中が、俺たちが奈落に落ちて死んだと思っているからこそ、こうして自由に行動できているわけであって、生存がわかった瞬間、容赦なく追い立ててくるだろう。
そんな状況下で遺跡も破壊するとか、ムズゲーを通り越してかなりの無理ゲーである。
「とりあえず優先すべきは生きて脱出。次点で遺跡の破壊ってことでオーケー?」
「オッケー」
「はい。でも、できれば同時に何とかしたいですよね」
うーん、でも今のところいいアイディアが浮かばないんだよな。
そのことについては、何かしら思いついたタイミングで提案ということにして、俺たちは探索を進めることにした。
道中、花蝙蝠やウォッチャーなど、元々ここに住んでいたであろう魔物や、遺跡の力で無理やり呼び出された魔物に遭遇。
すでに何度か戦った経験があるため、俺たちは難なくこれらを撃破し、それらの素材をゲット。
その途中、上に行く階段を発見したが、蓋になっている天井から足音が聞こえたので断念。
別の道を探そうということで、近くにあった通風孔から上を目指すことにした。
「斥候だし、あたしが先行くけど……あんま前見るなよ、カイト」
「こんな時にお前の尻なんて見るかよ、失礼な。絶対見ないから安心しろ」
「こんな時だからこそ少しは見ろよ! あんたやっぱり女心がわからないやつだなあ、もう!」
「見るなと言ったり見ろと言ったり、俺もう女心がわからねえよ!」
「カイト、乙女の心は複雑なんですよ。ふふふ……」
複雑すぎて俺にはもう理解できません。
理解することを諦めて、とりあえず進むことにする。
順番はミーナ、俺、セシルの順だ。
四つん這いになりながら通風孔を進んで行くと、ドアのない広い空間に出た。
「お、隠し部屋だ……やった! 宝箱もあるじゃん! しかも3つも!」
「じゃあ、順当に行って1人1個ずつでいいよな」
「え? ボクももらっていいんですか?」
「いいに決まってるでしょ。今のあたしらはパーティなんだから」
「冒険者じゃなくたって、お前にももらう権利はあるよ」
「ありがとうございます。では、遠慮なくいただきますね」
「よーし、それじゃ開ける宝箱選ぼっか。順番はジャンケンで決めよう」
「そんじゃ、恨みっこなしで……」
「ジャーンケーン――ポン!」
公正なるジャンケンの結果、1番が俺、2番がミーナ、3番がセシルという形になった。
「じゃあカイト、ちゃっちゃと選んで」
「なあミーナ、ちょっと思ったんだけどさ。こういう部屋で3つも宝箱がある場合って、その、大丈夫なのか? トラップとかミミックとか」
ミミック――俺たち日本人にRPGでおなじみの、宝箱に擬態する魔物だ。
この世界でもその生態は同じで、宝箱を開けた人間を奇襲して食い殺すのだそうだ。
その性格は狡猾で残忍。
強力な魔法も使うため、冒険者たちから恐れ嫌われている――と、本に書いてあった。
「ふむ、言われてみればそうね。その可能性は高そう」
「ならどうします? 諦めますか?」
「冗談! 古代ノイン王国の宝だよ? 多少の危険は冒してでも開ける価値はあるって」
セシルの提案にミーナが首を振る。
「せめてどれがミミックなのかわかればなあ……いきなり奇襲されることもないんだけど」
「判別方法ってないのか?」
「ええ、残念ながら。そんなものがあれば被害者はもっと減るのですが……」
「ふむ…………あ、そうだ」
いいことを思いついた。
「なあ、これ使えば判別いけるんじゃないか?」
「これって……無限袋?」
「どうやって?」
「いや、だって冒険者用の袋って道具は入るけど生物は入らないじゃん? なっら、この宝箱たちを袋に入れようとすればどれがミミックかは判別できるんじゃねーの? 質量制限のある市販の袋はともかく、俺の無限袋は大きさや質量も無視できるし」
「あ」
「なるほど」
というわけで早速実験だ。
ミーナに袋の端を持ってもらって、順番に宝箱が入るか試した。
「なるほど、こいつがミミックか」
俺の予想通り、ミミックが1匹紛れていた。
袋に入れようとした瞬間、不思議な障壁に阻まれて全く入らなかった。
「他2つは入るけど、そっちもなんかトラップがありそうだな。こんな場所に厳重に保管しているわけだし」
「そっちはプロのあたしに任せてよ。で、カイト、どれ選ぶの?」
「もちろんコレに決まってるだろ」
俺が選んだ宝箱は、当然のようにミミックだった。
「まあ、何となくそんな気はしたけど……何で?」
「ミミックは間違いなく食べるところなんてありませんよ?」
「わかってねえな。何も、作るだけが料理じゃないんだぞ?」
料理を作る以外にも料理人の仕事はある。
そのことをこいつらに教えてやろう。
「そんじゃセシル、お前の武器で思いっきりこいつの脳天叩き割ってくれ」
「いいんですか?」
「ああ。思いっきり頼むぞ」
「わ、わかりました。せーのっ!」
――ドゴオオォォォン!
100キロはあろうかという戦槌がミミックに直撃した。
ミミックの外殻は固く、少しばかりひび割れた感じはしたものの、中身は完全に伸びたようだ。
脳震盪を起こしたみたいにピクピクと痙攣している。
「じゃ、安全になったところでコイツを開けて……はい、トドメ」
――ブスッ!
獣爪術を発動し、ミミックの口の中に思いっきり爪を立てた。
ミミックはぐったりとしたまま動かなくなる。
戦闘にならずして戦闘終了。
「こ、こんな裏技みたいなミミック攻略があったなんて……」
「今までビクビクしながら普通に開けてたあたしらがバカみたいに思えてくるわ……」
「ふ、発想の勝利ってヤツだな。さて、中身を取り除こう……って思ったんだけど何だこいつ? 中身無いんだけど?」
「ミミックは魔法生物の一種ですから、死んだら外殻を残して消滅しますよ」
「身体の中丸ごと空洞になっちゃうんだよね。牙も舌も消えちゃって素材らしい素材も残らないもん。中は真っ暗なままだけどさ。普通に考えてありえないよね」
ああ、ありえない。
だがそれがいいんだ、俺はな。
あんなクソデカ鈍器で力いっぱい殴られてもほぼ壊れなかったこいつの、この外殻が俺は欲しかったんだ。
「飯食ってからしばらく経ったし、そろそろ小腹が空いただろ? こいつを使って何か作るから、その間ミーナは残りの宝箱を開けてくれ。トラップ発動させんなよ?」
「させるか! こっちはプロだぞ!」
というわけであっちはミーナに任せて作業開始だ。
俺は袋の中から料理に必要なものを取り出す。
「小麦粉にバターに、砂糖と塩……ですか? あとその粉は?」
「これは米粉だ。ライスの粒を粉末に加工したもの」
「それを使って何を作るつもりなんです?」
「おいおいセシル、この材料を見てわからないのかよ? さてはお前料理できない系女子だな?」
「ええ、恥ずかしながら……ボクは作るより貰う方だったもので……」
自慢かコノヤロー。
たしかに美少年って感じの顔立ちだし、背は高いしでさぞかし女子にモテるだろうな。
同性にモテるタイプの王子様系女子か。
「で、結局何を作るんです?」
「クッキーだよ、クッキー。そうだ! 簡単だしセシルにも教えてやるよ。一緒に作ろうぜ」
「え? ボク素人ですよ? 料理に関しては本当に何も……」
「クッキーで重要なのは焼き加減だ。そこは俺がやるから大丈夫。さ、手を洗って」
「は、はい……」
というわけで料理開始。
「じゃあまず初めに火を起こしてくれ」
「はい……できました」
「よし、じゃあこのボウルに砂糖とバターを入れて、火の熱でバターを溶かしつつ、白くなるまでよーく混ぜてくれ」
「わかりました」
セシルは俺に言われた通り、火の近くをなるべくキープし、ボウルに適度な熱を加えながらバターを溶かして混ぜて行く。
この時、直接火にくべたらダメだ。バターと砂糖がこげてしまう。
あくまで「熱」を使わなければいけない。
「カイト、できましたよ」
「じゃあ次はその中に塩をちょっとだけ入れて、小麦粉と米粉をふるいにかける」
塩を少しだけ入れるのは甘みを強調するためだ。
スイカに塩をかけてより甘くするアレと同じ。
甘さというものは少量の塩っ気でより強調される。
粉を直接ではなく、いったんふるいにかけるのは、より細かくするため。
こうすることでダマになりにくくなり、均等に味が混ざるようになるのだ。
「全部混ざったら、このヘラで生地を切るように混ぜていく」
「はい……こうですか?」
「そうそう。なんだ、上手いじゃないか」
「えへへ……♪」
「十分に混ざったら生地の完成だ。この上に好きな形にして置いて行く」
俺は袋から鉄板を取り出し、その上に料理用シートを敷いた。
セシルはその上に適度な大きさの生地を次々置いて行く。
「あ、そうだ。この時にこういうのを使うと楽しいぞ」
「それって何です?」
「クッキー用の型だよ。道具屋で売ってたから買っておいた。クマさん、ウサギさん、色々あるぞ」
「あ、ボクウサギさんにします!」
「じゃあ俺はクマさんだ」
そうして型抜き終了後、無数のクマさんとウサギさんが鉄板の上に並んだところでいったん終了。
焼く前に生地を寝かせるため、俺はこの鉄板を中身がなくなったミミックの中に入れて蓋をする。
「そしたらこの氷爆弾(道具屋=銅貨30枚)を使ってミミックの外殻を冷やす」
EランクやFランクの冒険者が使うような、一番威力の弱い爆弾なので、ミミックの外殻には当然傷一つつきはしない。
ただし、冷気はしっかり伝わってくれる。
「カイトー、終わったよー。そっちは?」
「今寝かせてるとこ。中身何だった?」
「セシルのが首飾りであたしのが弓だった。この弓すごいよ! 光の矢が無限に出てくる魔法弓! いやー、いいもん出た出た♪ あ、そうだ。あとこれ」
ほい――と、ミーナが投げてよこす。
「これは?」
「爆弾。たぶんすっごい高性能なやつ。起爆したらこの部屋一面ドカーン!」
「危ねえな! そんなもん投げてよこすな!」
「大丈夫だって。しっかり起爆スイッチごと解除したし。ちょっとやそっとの衝撃じゃ爆発なんてしないわよ」
「そうか、ならいいんだけど……」
「それより神経使って疲れた。なんかちょうだい」
「わかった。じゃあお茶を入れてやるよ」
俺は袋から道中倒した花蝙蝠を取り出し、以前やったようにお茶にした。
ミント系の爽やかな香りが漂ってくる。
「これ美味し~い♪ スーって疲れが取れていく感じがするぅ……」
「後味もすっきりしていてとても飲みやすいですね。ボク、このお茶好きかも」
二人がお茶で一服している間に、俺はこちらで仕上げといこう。
氷爆弾による冷却は終了。
いよいよ最後の焼く工程だ。
俺はミミックの外殻を直接火の上にくべた。
そして待つこと15分――完成した。
「ほーら、できたぞ」
「何コレ~♥ かわいい~♥」
「ホントだ~♥ ボクでもこんなかわいいの作れるんですね」
「な? 簡単だっただろ?」
材料を混ぜて焼けば作れるからな、クッキーは。
焼き加減さえ間違えなければ、そうそう不味くならないのもポイント高い。
「ミミックバタークッキーの完成だ。それじゃ……未知の味への出会い、興奮、そして食材の命に感謝を込めて――いただきます!」
「「いただきます!」」
――パクッ!
――サクッ!
「美味しい~~ぃぃ♥♥ 甘さで舌がとろけそ~♥♥」
「これ、本当にボクが作ったんですか? お店で買うのより美味し~い♥ 同じシスターの子からもらったどのクッキーよりも美味しいです~ぅ♥」
「この美味さは作業工程にミミックを使ったからだろうな、やっぱり。ミミックが死んでも口の中の暗闇は消えなかったから、あれがおそらくこの美味さの秘密なんじゃないかな? それにこの外殻、硬いし熱にも氷にも強いとか、正に理想の調理器具だよ」
これを材料に冷蔵庫とか暗室機能つき保管庫とか、親方に加工してもらって肉料理用にサラマンダーとか作るのもいいかもなあ……う~ん、夢が広がる!
もっといねえかなミミック?
とりあえず冷蔵庫用とサラマンダー用に最低2つはほしい。
もっと言うと店の材料の暗室保管庫としていくらでも欲しい。
「この先、もしミミックがいたらさっきのハメでブッコロな? で、残った外殻は俺がもらう」
「いいよー、他の宝箱くれるなら」
「できれば、その、ボクにも1個もらえませんか? 教会に帰ったらまた作ってみたいでので」
……
…………
………………
そんな楽しいティータイムを終えた俺たちは、再度通風孔を移動し、様々な部屋を調べてから上の階へ出る。
手つかずの遺跡だった下層とは違い、上層は――、
「まるで軍の基地じゃん……」
「相当長い時間をかけて開発してきたのでしょうね……」
「敵の財力も確認したところではっきりしたな。相手は貴族、それも私設軍隊を持ってる、貴族の中でも上層のやつだ」
「そんな相手に目を付けられちゃったんだね、あたしら……」
「死んだと思っていてくれることが不幸中の幸いですね……」
「ああ、本当に心からそう思う」
こんなやつらと正面切って戦いたくない。
結局、戦いというのは数なのだ。
独自ルールのあるこの世界ではどうだか知らないけど、それでもまるっきり違うというわけじゃないだろう。
「めちゃめちゃ厳戒態勢だよ。どうする?」
「このままじゃ、とてもじゃありませんけど降りられません」
「そうだな……」
どうするか――と、残っていた最後のミミックバタークッキーを口にした瞬間だった。
――ミミックを十分に食しました。
――食した技術・経験が貴方の味となり、全身に染みわたります。
――透化七面相を覚えました。
――あなたは自身の半径1メートル以内の空間にあるものを、他者へ望むように認識させます。
ここで新能力か。
しかもおあつらえ向きの能力とは都合がいい。
「ここは俺に任せろ」
俺は二人にそう言い、巡回の兵士が消えたタイミングで地上に降りた。
「2人とも俺から絶対に離れるな。一気にここを抜けるぞ」
-----------------------------------------------------------------------------------
《あとがき》
昔からミミックの死体って保管庫によさそうって思ってたんですよね。
《旧Twitter》
https://twitter.com/USouhei
扉の先にあったのは大きな階段。
わざわざ開閉式にしているところを見ると、この場所はおそらく貯水池だったのだろう。
内陸部の貴重な水源――厳重に管理しようとしていたのがうかがえる。
「魔物もいるけど基本的に静かだな」
「そりゃそうでしょうよ。こんな遺跡あるなんて誰も思わないし」
「噂レベルでしたからね。犯罪者の巣窟と言われている場所で、わざわざ危険を冒してまで探そうなんて人はいないでしょう」
確かに。
そんな危ない場所で何かしようなんて奴はよっぽどの命知らずかバカのどちらかだ。
「まあ、犯罪者の巣窟という話は違ったみたいですが」
「たぶん、その噂はミーナを襲った奴らが流したんだろうな。この遺跡を知られたくなくて」
「だろうねー。古代ノイン王国の遺跡でしょここ? 大なり小なり貴重なものが転がってるのがノインの遺跡だし」
それだけ言うと、ミーナは声のトーンを少し落とし、
「……ここにあるのは大っぽいけどね。あたしがさらわれたあの光、たぶん転送装置の一種だと思う。それも、固定座標式じゃなくて座標指定式のやつ」
「その2つはどう違うんだ?」
「固定座標というのは文字通り、座標が決められている場所同士を一瞬で移動するものです。時々生きているものが見つかって、王侯貴族に謹上されています」
「それじゃあ座標指定式ってのは?」
「自分で場所を自由に設定できるタイプのやつよ。好きなところから好きな時に、好きな場所に移動できちゃう冗談みたいな古代技術」
「なんだよれ……そんなことできたら暗殺者や軍隊、敵国に送り放題だろ。撤退も一瞬でできるし、下手な権力者が絶対持ったらいけない技術だろ。メチャクチャ物騒じゃねーか」
「その通りです。でも、ミーナさんやボクたちをここに落とした連中を考えると、その下手な権力者が絡んでいそうですね」
「そうね。そして、そんな奴らが狙っているのは、そのメチャクチャ物騒な技術でしょーね」
「カイトが言っていた畑が消える事件や、ウォッチャーなどのいないはずの魔物がいる事件、おそらくここの転送装置の座標実験でしょう。本格運用される前に何とかしたいところですね」
「通信用の道具で連絡が取れればいいんだが……」
「軍隊がいるとこでそんなもん使ったら一発アウトでしょーね。ギルマスに繋がる前にジャミングされた挙句、あたしらは居場所がバレて皆殺し。そして誰にもここのことを知らせられず、完全な無駄死にコース」
「ボクらの生存を悟られることなく、ここの遺跡を使い物にできなくするのが理想ですけど」
それはなかなかに難しい注文と言える。
というか、生きてここから出る時点で難しい。
連中が、俺たちが奈落に落ちて死んだと思っているからこそ、こうして自由に行動できているわけであって、生存がわかった瞬間、容赦なく追い立ててくるだろう。
そんな状況下で遺跡も破壊するとか、ムズゲーを通り越してかなりの無理ゲーである。
「とりあえず優先すべきは生きて脱出。次点で遺跡の破壊ってことでオーケー?」
「オッケー」
「はい。でも、できれば同時に何とかしたいですよね」
うーん、でも今のところいいアイディアが浮かばないんだよな。
そのことについては、何かしら思いついたタイミングで提案ということにして、俺たちは探索を進めることにした。
道中、花蝙蝠やウォッチャーなど、元々ここに住んでいたであろう魔物や、遺跡の力で無理やり呼び出された魔物に遭遇。
すでに何度か戦った経験があるため、俺たちは難なくこれらを撃破し、それらの素材をゲット。
その途中、上に行く階段を発見したが、蓋になっている天井から足音が聞こえたので断念。
別の道を探そうということで、近くにあった通風孔から上を目指すことにした。
「斥候だし、あたしが先行くけど……あんま前見るなよ、カイト」
「こんな時にお前の尻なんて見るかよ、失礼な。絶対見ないから安心しろ」
「こんな時だからこそ少しは見ろよ! あんたやっぱり女心がわからないやつだなあ、もう!」
「見るなと言ったり見ろと言ったり、俺もう女心がわからねえよ!」
「カイト、乙女の心は複雑なんですよ。ふふふ……」
複雑すぎて俺にはもう理解できません。
理解することを諦めて、とりあえず進むことにする。
順番はミーナ、俺、セシルの順だ。
四つん這いになりながら通風孔を進んで行くと、ドアのない広い空間に出た。
「お、隠し部屋だ……やった! 宝箱もあるじゃん! しかも3つも!」
「じゃあ、順当に行って1人1個ずつでいいよな」
「え? ボクももらっていいんですか?」
「いいに決まってるでしょ。今のあたしらはパーティなんだから」
「冒険者じゃなくたって、お前にももらう権利はあるよ」
「ありがとうございます。では、遠慮なくいただきますね」
「よーし、それじゃ開ける宝箱選ぼっか。順番はジャンケンで決めよう」
「そんじゃ、恨みっこなしで……」
「ジャーンケーン――ポン!」
公正なるジャンケンの結果、1番が俺、2番がミーナ、3番がセシルという形になった。
「じゃあカイト、ちゃっちゃと選んで」
「なあミーナ、ちょっと思ったんだけどさ。こういう部屋で3つも宝箱がある場合って、その、大丈夫なのか? トラップとかミミックとか」
ミミック――俺たち日本人にRPGでおなじみの、宝箱に擬態する魔物だ。
この世界でもその生態は同じで、宝箱を開けた人間を奇襲して食い殺すのだそうだ。
その性格は狡猾で残忍。
強力な魔法も使うため、冒険者たちから恐れ嫌われている――と、本に書いてあった。
「ふむ、言われてみればそうね。その可能性は高そう」
「ならどうします? 諦めますか?」
「冗談! 古代ノイン王国の宝だよ? 多少の危険は冒してでも開ける価値はあるって」
セシルの提案にミーナが首を振る。
「せめてどれがミミックなのかわかればなあ……いきなり奇襲されることもないんだけど」
「判別方法ってないのか?」
「ええ、残念ながら。そんなものがあれば被害者はもっと減るのですが……」
「ふむ…………あ、そうだ」
いいことを思いついた。
「なあ、これ使えば判別いけるんじゃないか?」
「これって……無限袋?」
「どうやって?」
「いや、だって冒険者用の袋って道具は入るけど生物は入らないじゃん? なっら、この宝箱たちを袋に入れようとすればどれがミミックかは判別できるんじゃねーの? 質量制限のある市販の袋はともかく、俺の無限袋は大きさや質量も無視できるし」
「あ」
「なるほど」
というわけで早速実験だ。
ミーナに袋の端を持ってもらって、順番に宝箱が入るか試した。
「なるほど、こいつがミミックか」
俺の予想通り、ミミックが1匹紛れていた。
袋に入れようとした瞬間、不思議な障壁に阻まれて全く入らなかった。
「他2つは入るけど、そっちもなんかトラップがありそうだな。こんな場所に厳重に保管しているわけだし」
「そっちはプロのあたしに任せてよ。で、カイト、どれ選ぶの?」
「もちろんコレに決まってるだろ」
俺が選んだ宝箱は、当然のようにミミックだった。
「まあ、何となくそんな気はしたけど……何で?」
「ミミックは間違いなく食べるところなんてありませんよ?」
「わかってねえな。何も、作るだけが料理じゃないんだぞ?」
料理を作る以外にも料理人の仕事はある。
そのことをこいつらに教えてやろう。
「そんじゃセシル、お前の武器で思いっきりこいつの脳天叩き割ってくれ」
「いいんですか?」
「ああ。思いっきり頼むぞ」
「わ、わかりました。せーのっ!」
――ドゴオオォォォン!
100キロはあろうかという戦槌がミミックに直撃した。
ミミックの外殻は固く、少しばかりひび割れた感じはしたものの、中身は完全に伸びたようだ。
脳震盪を起こしたみたいにピクピクと痙攣している。
「じゃ、安全になったところでコイツを開けて……はい、トドメ」
――ブスッ!
獣爪術を発動し、ミミックの口の中に思いっきり爪を立てた。
ミミックはぐったりとしたまま動かなくなる。
戦闘にならずして戦闘終了。
「こ、こんな裏技みたいなミミック攻略があったなんて……」
「今までビクビクしながら普通に開けてたあたしらがバカみたいに思えてくるわ……」
「ふ、発想の勝利ってヤツだな。さて、中身を取り除こう……って思ったんだけど何だこいつ? 中身無いんだけど?」
「ミミックは魔法生物の一種ですから、死んだら外殻を残して消滅しますよ」
「身体の中丸ごと空洞になっちゃうんだよね。牙も舌も消えちゃって素材らしい素材も残らないもん。中は真っ暗なままだけどさ。普通に考えてありえないよね」
ああ、ありえない。
だがそれがいいんだ、俺はな。
あんなクソデカ鈍器で力いっぱい殴られてもほぼ壊れなかったこいつの、この外殻が俺は欲しかったんだ。
「飯食ってからしばらく経ったし、そろそろ小腹が空いただろ? こいつを使って何か作るから、その間ミーナは残りの宝箱を開けてくれ。トラップ発動させんなよ?」
「させるか! こっちはプロだぞ!」
というわけであっちはミーナに任せて作業開始だ。
俺は袋の中から料理に必要なものを取り出す。
「小麦粉にバターに、砂糖と塩……ですか? あとその粉は?」
「これは米粉だ。ライスの粒を粉末に加工したもの」
「それを使って何を作るつもりなんです?」
「おいおいセシル、この材料を見てわからないのかよ? さてはお前料理できない系女子だな?」
「ええ、恥ずかしながら……ボクは作るより貰う方だったもので……」
自慢かコノヤロー。
たしかに美少年って感じの顔立ちだし、背は高いしでさぞかし女子にモテるだろうな。
同性にモテるタイプの王子様系女子か。
「で、結局何を作るんです?」
「クッキーだよ、クッキー。そうだ! 簡単だしセシルにも教えてやるよ。一緒に作ろうぜ」
「え? ボク素人ですよ? 料理に関しては本当に何も……」
「クッキーで重要なのは焼き加減だ。そこは俺がやるから大丈夫。さ、手を洗って」
「は、はい……」
というわけで料理開始。
「じゃあまず初めに火を起こしてくれ」
「はい……できました」
「よし、じゃあこのボウルに砂糖とバターを入れて、火の熱でバターを溶かしつつ、白くなるまでよーく混ぜてくれ」
「わかりました」
セシルは俺に言われた通り、火の近くをなるべくキープし、ボウルに適度な熱を加えながらバターを溶かして混ぜて行く。
この時、直接火にくべたらダメだ。バターと砂糖がこげてしまう。
あくまで「熱」を使わなければいけない。
「カイト、できましたよ」
「じゃあ次はその中に塩をちょっとだけ入れて、小麦粉と米粉をふるいにかける」
塩を少しだけ入れるのは甘みを強調するためだ。
スイカに塩をかけてより甘くするアレと同じ。
甘さというものは少量の塩っ気でより強調される。
粉を直接ではなく、いったんふるいにかけるのは、より細かくするため。
こうすることでダマになりにくくなり、均等に味が混ざるようになるのだ。
「全部混ざったら、このヘラで生地を切るように混ぜていく」
「はい……こうですか?」
「そうそう。なんだ、上手いじゃないか」
「えへへ……♪」
「十分に混ざったら生地の完成だ。この上に好きな形にして置いて行く」
俺は袋から鉄板を取り出し、その上に料理用シートを敷いた。
セシルはその上に適度な大きさの生地を次々置いて行く。
「あ、そうだ。この時にこういうのを使うと楽しいぞ」
「それって何です?」
「クッキー用の型だよ。道具屋で売ってたから買っておいた。クマさん、ウサギさん、色々あるぞ」
「あ、ボクウサギさんにします!」
「じゃあ俺はクマさんだ」
そうして型抜き終了後、無数のクマさんとウサギさんが鉄板の上に並んだところでいったん終了。
焼く前に生地を寝かせるため、俺はこの鉄板を中身がなくなったミミックの中に入れて蓋をする。
「そしたらこの氷爆弾(道具屋=銅貨30枚)を使ってミミックの外殻を冷やす」
EランクやFランクの冒険者が使うような、一番威力の弱い爆弾なので、ミミックの外殻には当然傷一つつきはしない。
ただし、冷気はしっかり伝わってくれる。
「カイトー、終わったよー。そっちは?」
「今寝かせてるとこ。中身何だった?」
「セシルのが首飾りであたしのが弓だった。この弓すごいよ! 光の矢が無限に出てくる魔法弓! いやー、いいもん出た出た♪ あ、そうだ。あとこれ」
ほい――と、ミーナが投げてよこす。
「これは?」
「爆弾。たぶんすっごい高性能なやつ。起爆したらこの部屋一面ドカーン!」
「危ねえな! そんなもん投げてよこすな!」
「大丈夫だって。しっかり起爆スイッチごと解除したし。ちょっとやそっとの衝撃じゃ爆発なんてしないわよ」
「そうか、ならいいんだけど……」
「それより神経使って疲れた。なんかちょうだい」
「わかった。じゃあお茶を入れてやるよ」
俺は袋から道中倒した花蝙蝠を取り出し、以前やったようにお茶にした。
ミント系の爽やかな香りが漂ってくる。
「これ美味し~い♪ スーって疲れが取れていく感じがするぅ……」
「後味もすっきりしていてとても飲みやすいですね。ボク、このお茶好きかも」
二人がお茶で一服している間に、俺はこちらで仕上げといこう。
氷爆弾による冷却は終了。
いよいよ最後の焼く工程だ。
俺はミミックの外殻を直接火の上にくべた。
そして待つこと15分――完成した。
「ほーら、できたぞ」
「何コレ~♥ かわいい~♥」
「ホントだ~♥ ボクでもこんなかわいいの作れるんですね」
「な? 簡単だっただろ?」
材料を混ぜて焼けば作れるからな、クッキーは。
焼き加減さえ間違えなければ、そうそう不味くならないのもポイント高い。
「ミミックバタークッキーの完成だ。それじゃ……未知の味への出会い、興奮、そして食材の命に感謝を込めて――いただきます!」
「「いただきます!」」
――パクッ!
――サクッ!
「美味しい~~ぃぃ♥♥ 甘さで舌がとろけそ~♥♥」
「これ、本当にボクが作ったんですか? お店で買うのより美味し~い♥ 同じシスターの子からもらったどのクッキーよりも美味しいです~ぅ♥」
「この美味さは作業工程にミミックを使ったからだろうな、やっぱり。ミミックが死んでも口の中の暗闇は消えなかったから、あれがおそらくこの美味さの秘密なんじゃないかな? それにこの外殻、硬いし熱にも氷にも強いとか、正に理想の調理器具だよ」
これを材料に冷蔵庫とか暗室機能つき保管庫とか、親方に加工してもらって肉料理用にサラマンダーとか作るのもいいかもなあ……う~ん、夢が広がる!
もっといねえかなミミック?
とりあえず冷蔵庫用とサラマンダー用に最低2つはほしい。
もっと言うと店の材料の暗室保管庫としていくらでも欲しい。
「この先、もしミミックがいたらさっきのハメでブッコロな? で、残った外殻は俺がもらう」
「いいよー、他の宝箱くれるなら」
「できれば、その、ボクにも1個もらえませんか? 教会に帰ったらまた作ってみたいでので」
……
…………
………………
そんな楽しいティータイムを終えた俺たちは、再度通風孔を移動し、様々な部屋を調べてから上の階へ出る。
手つかずの遺跡だった下層とは違い、上層は――、
「まるで軍の基地じゃん……」
「相当長い時間をかけて開発してきたのでしょうね……」
「敵の財力も確認したところではっきりしたな。相手は貴族、それも私設軍隊を持ってる、貴族の中でも上層のやつだ」
「そんな相手に目を付けられちゃったんだね、あたしら……」
「死んだと思っていてくれることが不幸中の幸いですね……」
「ああ、本当に心からそう思う」
こんなやつらと正面切って戦いたくない。
結局、戦いというのは数なのだ。
独自ルールのあるこの世界ではどうだか知らないけど、それでもまるっきり違うというわけじゃないだろう。
「めちゃめちゃ厳戒態勢だよ。どうする?」
「このままじゃ、とてもじゃありませんけど降りられません」
「そうだな……」
どうするか――と、残っていた最後のミミックバタークッキーを口にした瞬間だった。
――ミミックを十分に食しました。
――食した技術・経験が貴方の味となり、全身に染みわたります。
――透化七面相を覚えました。
――あなたは自身の半径1メートル以内の空間にあるものを、他者へ望むように認識させます。
ここで新能力か。
しかもおあつらえ向きの能力とは都合がいい。
「ここは俺に任せろ」
俺は二人にそう言い、巡回の兵士が消えたタイミングで地上に降りた。
「2人とも俺から絶対に離れるな。一気にここを抜けるぞ」
-----------------------------------------------------------------------------------
《あとがき》
昔からミミックの死体って保管庫によさそうって思ってたんですよね。
《旧Twitter》
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