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4・1 シチューと宿屋

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 コンコン。
「入れ」
「失礼します。カイン様、調査報告書の進み具合はどうですか?」
 シフォンが先ほど作ったシチューを持って調査団が一時的に詰所に利用してる宿屋の一室に入ってくる。

「あぁ、ちょうど書き終えたところだ、ん、この匂いは?」
「はい、エリンさん達と一緒にポールラビットのシチューを作りましたのでお待ちしました」
「ほんとかっ!」
 珍しくテンションを上げるカイン。
 テーブルの上にシチューやパンを並べるシフォン。
「私も一緒にいただいても宜しいでしょうか?」
「ああ、もちろんだとも」

 席に座るならシチューにがっつくカイン。
「うまい、うまいぞシフォン!ポールラビットのクセのある肉が全く臭みのない上品な味になるなんて」
「喜んで頂けて良かったです」

「レシピ、レシピは聞いたのか?」
「はい、教えて頂きました」
「よし、後でうちの侍女にも教えてやってくれ、いや、騎士団食堂のおばちゃんにもだ!」
「それがカイン様、ゴラグリュース様より門外不出と注意されましたので……」

「……そうか……それならば仕方ないな……」
 食べる手は止まらないが、心底がっかりした表情のカイン。

「し、しかし、私自身が作るのは問題ありませんので、カイン様が望むのであればいつでもお作りいたします!」
「なに!?ほんとか、シフォン!」
 喜びのあまり席を立ち上がりシフォンの両手を掴むカイン。

 突然のことに全力で赤面して俯いてしまい返事もできないシフォン。

 一瞬、微妙な空気が部屋に流れる。
「す、すまん、私としたことが取り乱してしまったな……」
「あ、いえ、こちらこそすみません、あ、でも、いつでもお作り致します」
「だ、だが、女だからと料理をさせるなと先ほど……」
「と、特別ですから……」
「そ、そうか、レシピを聞いたのはシフォンお前だけだからな……」
「あ、でもカイン様の為だけに作りたいんです……」

『……』

「お、お慕いしております!」
 シフォンは意を決した言葉と共に俯いてた顔をあげてカインの目を見つめた。

「シフォン……」
 その真摯な目に射抜かれたカイン、見つめ合っていた目線はシフォンの唇へと下り、二人の顔の距離が縮まり、カインはシフォンと唇を重……

 ドンドンドンっ!
「騎士団長!ご報告があります!」
 あと1cm、絶妙なタイミングで邪魔が入る。
 二人はそそくさと距離を取り、カインが言う。
「入れ!」

 息を切らした兵士が部屋に入ってくるなり告げた。
「ロステリアの城下町で魔族と思われる攻撃が発生!急いでご出立の準備を!」
「なに!?わかった!シフォン出立の準備をしろ!」
「はい!」
 返事だけするとシフォンは急ぎ部屋を出て行った。
 カインは伝令に来た兵士に詳細を尋ねる。

「魔族の姿はありませんでしたが、遠方よりの暗黒魔法の攻撃で宿屋[白の水羽亭]が全壊しました」
「エリンの宿屋が!?魔法は一発だけか?」
「はい、強力な暗黒魔法と聞いております」

「被害の状況は?」
「事前に避難していたようで死者、怪我人ともにありません」
「事前に!?」
「はい、詳しくは聞けておりませんが、事前に避難したとのことです」
「わかった、ロステリアに戻るぞ!」
「はっ!」

 カインは部屋を出るとエリンの居るゴラグリュースの家へ急いだ。


「えぇー、ダメよあんな顔が良いだけで得体の知れない男」
「で、でも、気になるんです、悪い人には思えなくて……」
 恋話に花を咲かせていたゴラグリュースとエリンの家にカインが飛び込んでくる。

「エリン!」
「ど、どうされました、カイン様」
 カインはエリンが取り乱さぬようなるべく冷静に先ほどの兵士の報告をエリンに伝えた。

「水羽亭が?……おじさんとおばさんの宿が……」

 カインは今にも崩れ落ちそうなほどショックを受けるエリンの肩に手をかけた。
「エリン、しっかりしろ、ロージさんもメルサさんも無事だし怪我人もいない」
「だが二人ともショックを受けているはずだ、私たちと一緒に戻って顔を見せてやりなさい」
「は、はい」
 エリンは自分の顔をパシッと叩いてから荷物をまとめ出した。

「ゴラグリュース様、魔族の攻撃の可能性が高いのですがロステリアまで我々と一緒に来てもらうことは可能でしょうか?」
 ゴラグリュースはエリンの様子をちらっと見てから答えた。
「もちろんよ、相手の狙いがエリンだとしたらトリニアは多分大丈夫。一緒に行くわ」
「ありがとうございます」

 調査団はエリンとゴラグリュースを帯同して急いでロステリアに向かった。
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