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7・1 信徒と格上

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 ゴォーン ゴォーン……

 始まりを告げる鐘が鳴り響く。
 カブロ教大聖堂の地下空間にひしめく人、人、人。
 皆、運命の聖女が現れるのを固唾を呑んで待っている。

 鐘の余韻が切れたその時、祭壇に二つの人影が現れた。
 ……イクスとエリン。

 衣が擦れる音すら皆無の静寂が訪れる。

「我々は運命を司る者に仕える敬虔なるカブロ教徒である」
『ラー!』

 広い空間全てに響き渡るイクスの声に一万の信者が応える。
 その声は建物が大いに震わせて、そして再び完全な静寂を作る。

「安穏に身を委ね、如何なる流れにも抗うべからず」
『ラー!』

「我々はいずれ滅び、混沌と無縁な世界が訪れる」
『ラー!』

「仮初めの生命に意味を持たせたいのであれば呼応せよ!」

『ラー!』
 一層大きな声が響き渡る。


「さぁ、皆に生命の意味と己からの解放を与えよう」

 エリンがイクスの方へと向き直り、縁の力を解放する。
魂魄連結ネクト

 イクスの膨大な魔力がエリンの体内へと流れ込んで来る。

「さぁ、我が信徒に祝福を」
 イクスの声に従ってエリンが信者へと向き合う。
 流れ込む魔力を源に一万の信徒とイクスを繋ぐ。

魂魄連結ネクト

 膨大な数の感情や声がエリンの中で吹き荒れる嵐のように錯綜する。
 只の人が受け入れるならば、発狂し二度と己の感情を取り戻せなくなるだろう。

 だが、イクスの手によりエリンという器は真っ白で空っぽにされていた。
 間もなく、全ての感情や声を受け入れ、この場にいる全ての魂を繋ぎ終えた。

「大儀であった」
 そういうとイクスはエリンを通じて全ての魂と契約を結ぶ。

創造神グランフォルタに愛されし縁を繋ぐ者ネクタイルに誓う、今繋がれし魂は我が主、運命を司る者カブロと共に生きることを望む、その魂を無に還す時には、我が主の忠実なる代弁者である此のイクスへと還元されんことを望む、契約アグリム

 ー ……に問います、運命を司る者の代弁者と魔力譲渡の契約を締結しますか ー

 エリンの魂魄連結で繋がれた全員の頭の中に天の声が問いかける。

『ラー!』

 ー 魔力譲渡の契約を締結させました ー


 ドォォォォン!!

 ニムルの放った魔力破弾ピストが大聖堂の中層階に巨大な穴を空ける。
 先ほどまで静寂を保っていた地下広間の一万の人々が動揺し始める。

「……お、おい、なんだ、何があった?」
「てか、今、オレら何してたんだ?」
「揺れてっぞ、大聖堂が崩れるんじゃねーか?」

 祭壇の上に空間を渡ってきたハイルラが現れる。
「イクス様、何者かに依って建物に施していた思考錯誤マインドトリックの神域が破壊されましたですねー、あぁ、破壊されました」

「構いません」

 それだけ言うと縁の力を通じて信徒の精神を再び支配する。
思考錯誤マインドトリック

 一万の人々が再び静寂を取り戻す。

「皆に我が主、運命を司る者より神託が下りました」
『ラー!』

「一人でも多くの知的な生命を殺しなさい、この世界を在るべき姿に還しましょう」

『ラー!』
 掛け声と共に大聖堂の入口へと駆け出す信徒達。

 イクスは祭壇へと跪き頭を垂れる。
「準備が整いました」

 立ち上がったイクスはエリンを一瞥した後、ハイルラに指示を出す。

「その娘の役割は終えました、誰の手にも渡らぬよう確実に消滅させなさい」
 言い終えると同時に現れた異空間へと消えて行った。

「はい、ですねー」

 ハイルラの手から不気味な紋様が浮かび上がる。
「ヴァンxxxに絶対防御を与えられた小娘がどうすれば消滅するか、試したいことはたくさんありますねー」
 くっくっくっと薄気味悪い声を上げる。

 広間の中央辺りからタイトがハイルラめがけて飛ぶ。
 いや、ネーシャに放り投げられる。
「今度こそボッコボコだ!ハゲこら!」

 慌てる様子もなく迷夢の霧に紛れるハイルラ。
「そんなもん、予測してるに決まってんだろ!行くぜドレインパンチ!」
 投げつけられた勢いそのままにハイルラに向かってパンチを繰り出す。

 説明しよう、ドレインパンチとはドレインを発動しながらするパンチだ!
 それ以上でもそれ以下でもない!

 物理的ダメージはなさそうだが、かなりの魔力を削いだ感覚が拳に伝わって来る。
 何度かドレインパンチを繰り出してるうちに殴ってる手応えを感じる。

 そして、追いついたネーシャの重いパンチでたまらず実体化するハイルラ。
 そのまま祭壇へとしこたま背中を打ちつける。

「い、いいんですかねー、ワタクシが不利になるということはですねー」

 なんだろ、そのセリフ、それ、お前、やられるパターンのやつだぞ。

「いいんじゃない?」
 立ち上がったハイルラの真横から光の剣でハイルラ胴体を突き刺しながら言うオネエ様。

「ぐぁぁぁあ、いだい!いだい!いだいですねー!」
 どうやら今回はしっかりと刺さったみたいで本気で痛がるハイルラ、でも、変な口調は忘れない。

「この状況からでも確率変動は効果出るのかしら?」
 光の剣をグリグリとねじ込むオネエ様、うん、ちょっと酷いと思うけどなんか胸がスっとする。

「い、今から酷い目に合わせてやるですねー!確率変動カブロ・カブロ!」

 オネエ様に向かって祭壇の上にあった巨大なカブロ像が倒れて来る。
 ハイルラにグリグリしてた剣を抜いてそれを薙ぎ払う。

「まだまだ、貴様らに不幸は無限に押し寄せて来るですねー!」

解呪ディスペル
 ザクっ
「え?」
 グリグリっ
「いだい!いだい!いだい!」

 うーん、見事な連携。
 いつの間にかハイルラの横には水晶玉を持ったオルタス、解呪を唱えた瞬間、オネエ様の光の剣が先ほど刺したところと同じところに再挿入、なんだろ、これ、黒ひげだな。

「あ、遊んでていいんですかねー、もう、準備は整ったんですねー」
「そう、じゃぁその準備ってのが何か少し詳しく教えてもらえるかしら」
 さっきより一段深く光の剣を差し込むオネエ様。

「ぐぁ、無駄、無駄ですねー、どうぞ好きなだけいたぶって消滅させればいいですねー、もう筋書きは佳境へと向かってるんですねー」

 確かに、さっきの雰囲気がおかしくなった信徒達が街に飛び出して何かをしてるのであればこんなところで油を売ってる暇はない。

「エリンを連れて一度戻りませんか?」
「そうね、じゃ、こいつには消滅してもらうわね!」

 頭から一刀両断にされるハイルラ。
 念のため、オレも魔力破弾ピストを撃ち込む、うむ、やっぱり魔力暴発してない時のピストは野球のボールくらいの大きさしかないな、こんなもんでも疲労感やばい。
 それでも、ハイルラを後ろの祭壇ごと丸っと消し飛ばせたが。
 あの空に放ったピストはどのくらいの威力だったのだろう。

「オルタス!」
 ネーシャがオルタスの名を叫び走り出す!

「あれあれ?いつから確率変動って唱えないとダメだって思ってました?」
 オルタスの手から水晶を奪い、粉々にするハイルラ。
 駆け寄ってきたネーシャを手刀で切り裂く。
 飛び退けて回避するが肩から胴体にかけて血が滲む。

「あれあれ?いつから魔術一辺倒だと思ってました?」
 オルタスの背中を蹴飛ばすハイルラ、柱に直撃しそうなところを受け止めるオネエ様。
 そのまま二人に向かって死の片鱗を放つ、避けきれずオネエ様の肩口から破裂音と共に血が噴き出す。

「あれあれ?いつから[ですねー]って言わないといけないと思ってました?」
 両手から無数の不気味な紋様を作り出すハイルラ。

 まずい、死の宣告だ、オレ以外食らえば死ぬ。
 すとっ、とハイルラの前に何かが落ちてきた。

「アレアレ?いつからニムルちゃんがか弱い女の子だと思ってました?」
 そのセリフと共にニムルがハイルラの顔面を掴む。
 そしてふわりと浮かんで宙吊りにする、ニムルは器用に空中で足を組んでいる。

 その状態のまま死の宣告を放とうとするが、紋様は微動だにしない。
 ニムルが空いてる方の指先で死の宣告を弾くと死の宣告の紋様はパラパラと崩壊して消えた。

「カブロ・カブロ・カブロ……」
 ハイルラは確率変動による救いの手を待っているのだろう。
 しかし、待てども何も奇跡は起こらない。

「あれあれ?運なんかであたしに勝とうと思ってるの? 呆れるんですけどー」

「い、いいのか、これでお前もネイトも、イクス様の敵に回ったんだぞ!」
 命乞いなのか威嚇なのかとにかく吠えるハイルラ。

 ハイルラは掴まれている顔面から徐々に、徐々に、ニムルの手のひらに吸収されていく。
「むごご、もご、むごごご、ぐっ……」

「まぁ、そん時は、そん時よね」

 ハイルラのつま先がチュルンっとニムルに吸収され、その存在は完全に消滅した。

 それからニムルはゴラグリュースの肩に手を当て死の片鱗で裂けていた肩を治癒、アタシの怪我も!という顔をしてるネーシャを無視、全員の顔を見渡して、少し困った顔を作った。

「ちょっと諸々遅かったかもー、とりあえず何とかするから、外の状況頼めない?」

 オルタスがエリンを抱きかかえ、よく頑張ったねと声を掛ける。
 意識はあるようだが目は遠くを見たまま反応は無い。

 オレたちは大聖堂の地下空間を後にして街へと飛び出した。

 大聖堂に入った時の穏やかな街は一変、そこは紛うことなき戦場と化していた。
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