わたしをカゾクにしてください!~脇役長男は家出少女を育てられるのか~

ごまふきん

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プロローグ

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これは、この世界よりそう遠くない平行世界の話。


 
 ――300年前、世界が二度の大戦を終えた頃のこと。

 戦争の傷が癒えぬまま、核戦争という終末の訪れに怯えていた人類に希望がもたらされた。

 科学者たちが「氷爆ひょうばく」という兵器を完成させたのだ。



 炸裂すれば、たちまち半径1キロが絶対零度近くまで凍り付く、という物理法則を超越した新爆弾。

 北極圏で見つかった未知の物体を元に創られたこの兵器こそは、核兵器を凌駕する威力を持ち、しかも放射能の危険もない。

 ゆえに氷爆は、真の平和をもたらす福音とまで称えられた。


 しかし、その期待は裏切られた。

 度重なる氷爆の実験の中で、大気中にまき散らされた「氷素ひょうそ」は地球の気候を急激に寒冷化させることとなった。そして、それ以上に恐れるべき事態が発生するようになったのだ。


 『氷龍ひょうりゅう』と呼ばれる怪物の出現である。

 傷つけられても再生を繰り返し、通常兵器では死滅させられない怪物群に、たちまち人類社会は混乱に陥った。人々は怪物の脅威から逃れるために地下に潜るほかなかった。

 不足する食糧。頻発する紛争。文明は崩壊し、人類は絶滅への坂を転げ落ちるかに見えた。


 だが、再び希望の灯はともった。

 追い詰められた人類の「種」としての底力というべきか、突然変異によって高熱や炎を操ることのできる人々が生まれ始めたのである。

 その『火』によって氷龍を退治できると気づいた超人たちは、互いに婚姻し、その数を増やし、怪物に対抗し始めた。幾度かの討伐戦争を経て、人類は大陸の各所で氷龍を追い出して、生活圏を取り戻した。


 氷龍を倒した超人たちは「火族かぞく」と呼ばれ、勇者として称えられた。

 既に独自のコミュニティを築きつつあった火族と、それ以外の通常の人類「ヒト族」は協定を結び、共に手を携え、再び地球に繁栄を取り戻すために歩んでいくことを誓った。


 それから250年余り。二種族間の同盟は一応維持されているものの、大きな軋轢を内包していた。

 ヒト族は自らの生命と財産の安全のため、火族に氷龍の討伐を依頼した。また温暖な土地を確保するため、彼らに自分たちの居住圏への移住を求めた。そしてその見返りに莫大な報酬を約束したのである。

 火族は、ヒト族から提供された富によって豊かな暮らしを送り、ヒト族を雇って使役した。
 氷龍に対抗する能力だけでなく、財力においてもヒト族に勝るようになると、火族はたちまち増長し、ヒト族に対して横暴さを露わにし始める。

 財力に物を言わせてヒト族の政治に介入し、様々な特権を手にするようになると、火族はいよいよ貴族然とした態度でヒト族の上に立つようになる。

 勿論、ヒト族はそれに反発した。しかし、依然として氷龍が人々の生活を脅かしている現状では、自分たちの守り手である火族相手に強硬な態度で臨むことはできなかった。

 鬱屈した思いを抱えたまま、そしてその解決法を見出せぬまま、ヒト族は火族を上に戴いた関係を続けていく――


「おい、落としたぞ」

 流彦るひこがそう声をかけると、長い髪の少女はハッと振り返った。そして、差し出された本を見ると、
「あーっ!!」
と目を丸くして大声を出した。

 その声に流彦が思わず顔をしかめると、
「あ、ご、ごめんなさい」
 少女は手で口を覆って謝った。
 怪訝な表情を向ける書店の他の客にも、ぺこぺこと頭を下げる。
 その様子はどこか小動物を連想させる。

「すみません、助かりました」
 そう言って、本を受け取った。
 ほっとした表情で少女が胸に抱きしめた本のタイトルは、
「Fire Fairy 100」――今年、世界で活躍した火族100人を紹介する名鑑である。

「火族、好きなのか」
 流彦はそう言いながら、後ろを振り返った。
 今日発売の新刊として平積みコーナーにずらりと置かれて、何人もの客が手にとっている。

 並んで同じ本を見ている高校生連れが開いたページには、
蓮杖れんじょう家 美姫びきたちの響炎」
とかかれた赤い文字が躍っている。大写しになった写真には二人の女性。

 一人は、不敵に笑って眼鏡の奥の瞳を光らせている。
 写真の脇には、「蓮杖家当主夫人 蓮杖蹴陽けるび」と書かれている。
 もう一人も、自信たっぷりの表情で視線をカメラに投げかけている。
 こちらは「蓮杖家次女 蓮杖うる香」となっている。
 今や現代の火族では最強の一角と呼ばれる蓮杖家は、ヒト族の間でも相当な人気を誇っているのだった。


「はい、もちろん!」
 少女は満面の笑みを浮かべてそう言うと、もう一度、ありがとうございました、とお礼をいってお辞儀をすると、レジのほうへと小走りで駆けていった。
「もちろん、か……」
 流彦はそう呟くと、もう一方の手に持っていた文庫本を棚に戻して、書店を後にした。

 明るい店内とはうってかわって、外は相変らず厚く雲が垂れこめ、雪が降り続いていた。
 既に20センチほど積もっているだろうか、歩道では人々が小型の除雪機を動かしている。
 11月も半ばになれば積雪も珍しくないとはいえ、今年は少し多いような気がする。
 
 交差点のほうに歩いていくと、向かい側のビルに設置されたオーロラビジョンでは、関東地方の天気予報が映っていた。各都県、一面に雪ダルマのマークがついている。どうやら今夜も大雪になりそうだ。
 画面の上部を速報ニュースのテロップが流れ始める。

「火族“加地巳かじみ家”の銃者、ひき逃げ容疑で逮捕」
 火族の一家、加地巳家の銃者じゅうしゃ(火族に仕える人間)が、ひき逃げ死亡事故を起こしたらしい、という情報は事件の直後から既に流れていた。だが、実際に捕まえることができたのは、事故から1か月以上過ぎた今日、というわけだ。
 加地巳家については、以前にも別の銃者が恐喝事件に関わった疑惑が持ち上がるなど、「“家族”そろって」問題あり、と噂されているのだ。
 
 オーロラビジョンを見上げていた数人の男たちの一人が口を開く。
「やっとかよ。やっぱ火族なんてろくなもんじゃねぇな」
「いや、悪いのは銃者だろ」
「何言ってんだ、元締めがダメだからこんなことになってんだろ!」
「あいつら、内心俺たちをゴミ扱いしてるしな」
「せめて、悪さしたらソッコーしょっぴけるようならなぁ」
「火族関係者は地位協定で守られてるからな」
「そんな特権なくしちまえよ!」
「けど、火族がいなけりゃ、氷龍と戦えないだろ」
「やっぱ、自前で化け物を倒せるようにならねぇと」
「どうやんだよ?核兵器でも持とうってのか?」
「核兵器なんて、恐ろしいこと言うなよ!」
 「核」という言葉を聞いた途端、グループの一人は身震いした。

 オーロラビジョンの反対側のビルには化粧品の屋上広告が設置されている。
 そこに写っているのは、火族の女性だ。
 ウェーブのかかった美しい金髪は中ほどから揺らめく炎となって輝いている。
 自信に満ち溢れた顔を彩るのは、ワインレッドのルージュと、星のような輝きを放つ瞳。
 コスメショップには、デザイナーでもある彼女のブランドがずらりと並べられて、女性たちが思い思いに手にとって眺めている。

 家電量販店の店頭のテレビでは、火族の豪邸を公開する企画番組が流れていた。
 恰幅良く気前も良さそうな火族の男性が自邸の紹介をする様子を、子どもたちが羨望のまなざしで見つめている。

 火族の横暴・抑圧に対する反感。
 そして彼らの能力と財力に対する羨望。
 
 ヒト族の人々は、氷龍に対抗し自分たちを守ってくれる種族に対して複雑な感情を抱き続けている。
 
 その時、制服のポケットに入れたスマホが振動し、流彦は手に取った。
「はい、蓮杖です。……はい、わかりました。すぐに向かいます」
 短く答えて通話を切ると、蓮杖家長男・蓮杖流彦は凍ったままの雪道を静かに駆け出した。
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