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流彦の能力
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「……」
何を言い出すんだこいつは?と流彦は思ったが、とりあえず見終えなければ「ご視聴がまだです」とサンティアに追いかけられるだけなので大人しく見続ける。
「まずは状況を説明しておこう。ただ今の時刻は12時40分。氷龍討伐を完了して帰還の途についているところだ。戦果は予想以上にして我隊の損害は軽微、まず大成功といって間違いないだろう。フフフ」
逆八の字の眉で、ドヤ顔で不敵に笑う蹴陽だが、次には少し顔を曇らせた。
「だが、一つだけ問題がある。予定では14時には成田に着くのだが、その後、富士宮の官邸で歓待のレセプションがあってな。私はそっちにも出席せねばならんのだ」
ここで蹴陽は頭を掻いて面倒くさそうな顔をする。紅の髪が内部照明のわずかな光を反射してキラキラと輝く。
「しかぁし、私はそんなことに構っている暇はないのである!諸君も知っての通り、我蓮杖家のしきたりとして、長期出張から家族が帰ってきたときには『お帰りなさいパーティー』を開くことになっている。このパーティーの開始時間は19時!『家族第一』を掲げる我が家において、これに遅れてはならないのは自明である!」
そう言って熱く拳を握る蹴陽であったが、流彦は冷めた目で見ていた。
「お袋は家でテレビが見たいだけだろ」
土曜の午後6時30分から放映されるアニメが今の彼女の一番のお気に入りなのである。
「レセプションについては、最低でも冒頭のあいさつさえ済めば抜け出してもかまわないのだがな、そこはまぁ、大人の付き合いというのかな?簡単に割り切ってトンズラするというわけにはいかないのだ」
蹴陽はそう言って、へへっ、と苦笑して口元をかく。
蓮杖蹴陽の困り顔。なかなか「表」では見られない表情で、きっとお袋のファンなら、そのギャップの虜になるのだろうなと思う。
「というわけで、自力では脱出できない哀れな私をどうか、君たちの手で救ってやってほしい。……救ってくれた王子様には特大のキッスをプレゼントしちゃうぞ!」
ウルウルと瞳を潤ませて美少女顔で懇願の視線を送ったかと思うと、悪戯っぽい笑みで投げキッスをよこす母親に、
(いらねぇ……)
と思う流彦。さっきからくるくると表情の変わる様子を彼女のファンに見せたら、どれほど歓喜&絶叫するか分からないが、見慣れた流彦たちにはさしたる効果はない。本人も他愛もない冗談でやっているだけだろうし。
「刻限は18時ジャストだ。遅れないように来てくれたまえ!……あ、なおこのメッセージは5秒後に爆発したりはしないよ!ぜひ、キミの蹴陽コレクションの一部として―」
流彦は動画を停止させ消去した。画面は厨房カメラに戻った。
陽菜は厨房の端から端まで、忙しそうに行ったり来たりしている。
「このメールが来たのって何時?」
「ん~、2時間ほど前かなぁ」
鍋の火加減を見ながら陽菜が返事すると、流彦はため息をついた。
「それまで放置してたのか?」
「しょうがないでしょ、アタシはここから離れられないし。それとも、るぅ兄ぃをたたき起こして見せてあげるべきだった?」
流彦は鼻で笑った。
「冗談言うな。つーか、今日お袋を連れ帰ってくるのは、親父の役目じゃなかったか?」
「お父さんは会議長引きそうなんだって。さっきメールがあったの」
「マジかよ。じゃあ、うる香は?」
流彦がつぶやくと、
「うる姉ぇは演武の稽古で忙しいって、メッセージボードにあるでしょ」
ちゃんと見てないの?と呆れたような声を出す陽菜。
無論、毎朝目を通している。けれど、何か予定が変わっているかもしれない。そう淡い期待を持ってしまうのだ。
「というわけで、行ってきてね~」
「誰が行くか」
貴重な睡眠時間を奪われたくはない。さっさと部屋に戻ろうと、流彦は踵を返す。
「ちょっと、るぅ兄ぃ!」
「お袋だって子どもじゃないんだ、いざとなりゃ自分で帰ってくるだろ」
その時、玄関の方でインターホンが鳴った。
「お客様のようですね」
サンティアがそういうと、彼女のバイザーの画面が、玄関に取り付けられたカメラの映像に切り替わった。
「あ、流彦ちゃ~ん、陽菜ちゃんいる~?」
画面いっぱいに映し出されたのは「隣」に住む千洲家の妻、幸恵の顔だ。
流彦は、お世話になってます、と挨拶をした。
「陽菜は台所ですが―」
と言いかけたところで、
「幸恵さ~ん、どうぞあがってあがって~」
陽菜の声が割り込んできた。
「あらぁ、それじゃあお邪魔しちゃうわね~」
福福とした丸顔が画面から消えて、ガチャっと扉の開く音がした。
「じゃ~ん、蹴陽さんご帰還のお祝いに持ってきたのぉ~」
幸恵はそう言いながら廊下をそそくさと渡って厨房へと向かっていく。
彼女が両手に持ってきた丸櫃には、ちらし寿司が入っている。
「おいしそうでございますね」
とサンティア。
いや、お前は食べられねーだろと流彦は心の中で突っ込みを入れるが、
「んふふ~、でしょぉ~今さっき作ってきたところなの」
幸恵は立ち止まると、丸々とした体を揺すって笑う。
彼女はことあるごとにこうして蓮杖家に差し入れを持ってきてくれる。蓮杖家でも千洲家を招待するなど家族ぐるみの付き合いをしているのだ。
「もうちょっとしたらぁ~、本元さんと田辺さんも来られるって、さっき電話があったのぉ」
本元家も田辺家も、千洲家と同じく蓮杖家のご近所さんだ。いずれも、火族ではないごく一般のヒト族の家だが、こうして分け隔てなく、ご近所付き合いをしている。
そのときエプロン姿の陽菜が廊下に顔を出した。
やはり忙しいのだろう、きめ細かな白い肌はほんのり赤く上気している。
「あ~、幸恵さん、ありがと~!」
そう言って手を振りながら駆け寄り、幸恵を歓迎する。
幸恵のほうも、うふふふふ~と甲高い声を上げながら、小走りに陽菜の元に駆け寄る。
まったく女というのは(いくつになっても)どうしてこう大げさなんだろうか、と流彦は思ってしまう。女同士顔を合わせたら、はしゃがないといけないルールでもあるんだろうか。
陽菜はおいしそうですねぇとサンティアと同じ感想を述べながら丸櫃を受け取ると、奥の方へと幸恵を誘った。
「そういえば、蹴陽さんはまだいらしゃらないのねぇ?」
とあたりを見回す幸恵に、
「えぇ、でモ、これから兄に迎えに行かせますので」
と陽菜は言い放った。
「あらぁ、そうなのぉ?」
(こいつ!)
流彦は思わず陽菜を睨んだが、陽菜はニヤリと笑うと「お願いね」と小さく口を動かし、長い睫毛をしばたたかせてウィンクをした。
妹がこう公言してしまったからには出ざるをえまい。
というか、最初から幸恵たちが来ることを見越して、彼女たちに「流彦が迎えに出る」と言うことで外堀を固めるつもりだったんじゃないか、とすら思えてくる。
「……今から行ってきます」
今更どうしようもない。さっさと用事を済ませるしかない。
ドアを開けて外に出ると、厚い雪雲の隙間から夕陽が差し込み、辺りをオレンジ色に染めている。
流彦は冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むとゆっくりと吐き出した。
屋敷の前庭からは、正門まで真っすぐに白砂を撒いた坂道が伸びている。
流彦はその坂道を下り始める。最初はゆっくりと。
そして加速していく。砂を蹴る足音強く。
両腕を伸ばして、そっと目を閉じる。
頭の中に大きな鉄の塊をイメージする。そして、その塊に向けて意識の刃を振り下ろす。
刀鍛冶が槌を振り下ろすがごとく。
澄んだ金属音が体の中にこだまして、閃光が脳髄を駆け巡る。
次の瞬間、身体の奥底からたちまちに炎が沸き上がり、流彦の全身を包んだ。
そして、炎の中から走り出でたのは、一羽の大鷲。
流彦は、翼の長さが10メートルはあろうかという巨鳥に変身したのだ。
これが流彦の能力「化捏」だ。
火族は炎や熱、光といった「火」に関する事象を自由自在に生み出し操ることのできる種族だ。
そして、中には、ただ単に火や熱を発するだけでなく、一風変わった形で能力を発現させる者たちもいる。
流彦もまた、その一人である。
体内の炎熱を使って自らの体を溶かし、あらゆるものに変化することのできる能力。
この「化捏」を駆使して、まさに八面六臂の活躍をしているのである。
流彦は、力強く翼を打ち下ろすと、たちまち冬空へと舞い上がった。
何を言い出すんだこいつは?と流彦は思ったが、とりあえず見終えなければ「ご視聴がまだです」とサンティアに追いかけられるだけなので大人しく見続ける。
「まずは状況を説明しておこう。ただ今の時刻は12時40分。氷龍討伐を完了して帰還の途についているところだ。戦果は予想以上にして我隊の損害は軽微、まず大成功といって間違いないだろう。フフフ」
逆八の字の眉で、ドヤ顔で不敵に笑う蹴陽だが、次には少し顔を曇らせた。
「だが、一つだけ問題がある。予定では14時には成田に着くのだが、その後、富士宮の官邸で歓待のレセプションがあってな。私はそっちにも出席せねばならんのだ」
ここで蹴陽は頭を掻いて面倒くさそうな顔をする。紅の髪が内部照明のわずかな光を反射してキラキラと輝く。
「しかぁし、私はそんなことに構っている暇はないのである!諸君も知っての通り、我蓮杖家のしきたりとして、長期出張から家族が帰ってきたときには『お帰りなさいパーティー』を開くことになっている。このパーティーの開始時間は19時!『家族第一』を掲げる我が家において、これに遅れてはならないのは自明である!」
そう言って熱く拳を握る蹴陽であったが、流彦は冷めた目で見ていた。
「お袋は家でテレビが見たいだけだろ」
土曜の午後6時30分から放映されるアニメが今の彼女の一番のお気に入りなのである。
「レセプションについては、最低でも冒頭のあいさつさえ済めば抜け出してもかまわないのだがな、そこはまぁ、大人の付き合いというのかな?簡単に割り切ってトンズラするというわけにはいかないのだ」
蹴陽はそう言って、へへっ、と苦笑して口元をかく。
蓮杖蹴陽の困り顔。なかなか「表」では見られない表情で、きっとお袋のファンなら、そのギャップの虜になるのだろうなと思う。
「というわけで、自力では脱出できない哀れな私をどうか、君たちの手で救ってやってほしい。……救ってくれた王子様には特大のキッスをプレゼントしちゃうぞ!」
ウルウルと瞳を潤ませて美少女顔で懇願の視線を送ったかと思うと、悪戯っぽい笑みで投げキッスをよこす母親に、
(いらねぇ……)
と思う流彦。さっきからくるくると表情の変わる様子を彼女のファンに見せたら、どれほど歓喜&絶叫するか分からないが、見慣れた流彦たちにはさしたる効果はない。本人も他愛もない冗談でやっているだけだろうし。
「刻限は18時ジャストだ。遅れないように来てくれたまえ!……あ、なおこのメッセージは5秒後に爆発したりはしないよ!ぜひ、キミの蹴陽コレクションの一部として―」
流彦は動画を停止させ消去した。画面は厨房カメラに戻った。
陽菜は厨房の端から端まで、忙しそうに行ったり来たりしている。
「このメールが来たのって何時?」
「ん~、2時間ほど前かなぁ」
鍋の火加減を見ながら陽菜が返事すると、流彦はため息をついた。
「それまで放置してたのか?」
「しょうがないでしょ、アタシはここから離れられないし。それとも、るぅ兄ぃをたたき起こして見せてあげるべきだった?」
流彦は鼻で笑った。
「冗談言うな。つーか、今日お袋を連れ帰ってくるのは、親父の役目じゃなかったか?」
「お父さんは会議長引きそうなんだって。さっきメールがあったの」
「マジかよ。じゃあ、うる香は?」
流彦がつぶやくと、
「うる姉ぇは演武の稽古で忙しいって、メッセージボードにあるでしょ」
ちゃんと見てないの?と呆れたような声を出す陽菜。
無論、毎朝目を通している。けれど、何か予定が変わっているかもしれない。そう淡い期待を持ってしまうのだ。
「というわけで、行ってきてね~」
「誰が行くか」
貴重な睡眠時間を奪われたくはない。さっさと部屋に戻ろうと、流彦は踵を返す。
「ちょっと、るぅ兄ぃ!」
「お袋だって子どもじゃないんだ、いざとなりゃ自分で帰ってくるだろ」
その時、玄関の方でインターホンが鳴った。
「お客様のようですね」
サンティアがそういうと、彼女のバイザーの画面が、玄関に取り付けられたカメラの映像に切り替わった。
「あ、流彦ちゃ~ん、陽菜ちゃんいる~?」
画面いっぱいに映し出されたのは「隣」に住む千洲家の妻、幸恵の顔だ。
流彦は、お世話になってます、と挨拶をした。
「陽菜は台所ですが―」
と言いかけたところで、
「幸恵さ~ん、どうぞあがってあがって~」
陽菜の声が割り込んできた。
「あらぁ、それじゃあお邪魔しちゃうわね~」
福福とした丸顔が画面から消えて、ガチャっと扉の開く音がした。
「じゃ~ん、蹴陽さんご帰還のお祝いに持ってきたのぉ~」
幸恵はそう言いながら廊下をそそくさと渡って厨房へと向かっていく。
彼女が両手に持ってきた丸櫃には、ちらし寿司が入っている。
「おいしそうでございますね」
とサンティア。
いや、お前は食べられねーだろと流彦は心の中で突っ込みを入れるが、
「んふふ~、でしょぉ~今さっき作ってきたところなの」
幸恵は立ち止まると、丸々とした体を揺すって笑う。
彼女はことあるごとにこうして蓮杖家に差し入れを持ってきてくれる。蓮杖家でも千洲家を招待するなど家族ぐるみの付き合いをしているのだ。
「もうちょっとしたらぁ~、本元さんと田辺さんも来られるって、さっき電話があったのぉ」
本元家も田辺家も、千洲家と同じく蓮杖家のご近所さんだ。いずれも、火族ではないごく一般のヒト族の家だが、こうして分け隔てなく、ご近所付き合いをしている。
そのときエプロン姿の陽菜が廊下に顔を出した。
やはり忙しいのだろう、きめ細かな白い肌はほんのり赤く上気している。
「あ~、幸恵さん、ありがと~!」
そう言って手を振りながら駆け寄り、幸恵を歓迎する。
幸恵のほうも、うふふふふ~と甲高い声を上げながら、小走りに陽菜の元に駆け寄る。
まったく女というのは(いくつになっても)どうしてこう大げさなんだろうか、と流彦は思ってしまう。女同士顔を合わせたら、はしゃがないといけないルールでもあるんだろうか。
陽菜はおいしそうですねぇとサンティアと同じ感想を述べながら丸櫃を受け取ると、奥の方へと幸恵を誘った。
「そういえば、蹴陽さんはまだいらしゃらないのねぇ?」
とあたりを見回す幸恵に、
「えぇ、でモ、これから兄に迎えに行かせますので」
と陽菜は言い放った。
「あらぁ、そうなのぉ?」
(こいつ!)
流彦は思わず陽菜を睨んだが、陽菜はニヤリと笑うと「お願いね」と小さく口を動かし、長い睫毛をしばたたかせてウィンクをした。
妹がこう公言してしまったからには出ざるをえまい。
というか、最初から幸恵たちが来ることを見越して、彼女たちに「流彦が迎えに出る」と言うことで外堀を固めるつもりだったんじゃないか、とすら思えてくる。
「……今から行ってきます」
今更どうしようもない。さっさと用事を済ませるしかない。
ドアを開けて外に出ると、厚い雪雲の隙間から夕陽が差し込み、辺りをオレンジ色に染めている。
流彦は冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むとゆっくりと吐き出した。
屋敷の前庭からは、正門まで真っすぐに白砂を撒いた坂道が伸びている。
流彦はその坂道を下り始める。最初はゆっくりと。
そして加速していく。砂を蹴る足音強く。
両腕を伸ばして、そっと目を閉じる。
頭の中に大きな鉄の塊をイメージする。そして、その塊に向けて意識の刃を振り下ろす。
刀鍛冶が槌を振り下ろすがごとく。
澄んだ金属音が体の中にこだまして、閃光が脳髄を駆け巡る。
次の瞬間、身体の奥底からたちまちに炎が沸き上がり、流彦の全身を包んだ。
そして、炎の中から走り出でたのは、一羽の大鷲。
流彦は、翼の長さが10メートルはあろうかという巨鳥に変身したのだ。
これが流彦の能力「化捏」だ。
火族は炎や熱、光といった「火」に関する事象を自由自在に生み出し操ることのできる種族だ。
そして、中には、ただ単に火や熱を発するだけでなく、一風変わった形で能力を発現させる者たちもいる。
流彦もまた、その一人である。
体内の炎熱を使って自らの体を溶かし、あらゆるものに変化することのできる能力。
この「化捏」を駆使して、まさに八面六臂の活躍をしているのである。
流彦は、力強く翼を打ち下ろすと、たちまち冬空へと舞い上がった。
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