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縛火紋(ばっかもん)
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「はい。蓮杖ほたるさんは私の憧れの人です」
ここでその名を、死んだ姉の名を聞くことになるとは。
流彦は再度ため息をついた。
「だが、結局は死んだ。自らの力量を誤って命を落とした者の真似なんかするな」
「違います!ほたるさんは力に驕って亡くなられたわけではありません。あの人は大切な方を守ろうとして―」
首を振って否定する沙羅を無視して、流彦はスマホを取り出した。
「いずれにせよ、お前をこのまま放っておくわけにはいかない。ひとまず近くの警察署に電話をして保護してもらう」
「警察?」
「そうだ。火廷で身柄を預かることもできるが、いずれはヒト族のほうに引き渡さなければならないからな」
それなら直接ヒト族の管轄に渡した方がいいだろう、と流彦は思ったのだが。
「……私は、ヒト族ではありません!」
少しの躊躇の後、少女はそう声を上げた。
「何?」
問い返す流彦の前で、沙羅はマフラーを解き、コートを脱いだ。さらには、その下の制服のボタンをはずし、胸元を露わにしようとする。
「お、おい―」
いきなり何を始めるのかと慌てて制止しようとして、流彦は少女にくぎ付けになった。
少女の、透き通るように白い胸元には大きな黒い紋様が浮かび上がっていた。
象形文字と円が組み合わさったような紋様は、まるで墨で描いたかのようにべっとりと白い肌に張り付いている。
その紋様には見覚えがあった。
「“縛火紋”……お前、紋戴児なのか」
流彦の言葉に、沙羅は固く結んだ唇を震わせた。
縛火紋。それは、火族でありがら火族の能力を持たぬ者に顕れる呪いの紋。生まれながらにして無能力者が持つ烙印。
そして、それは流彦の姉・ほたるが持っていた紋様でもあった。
突然のことに呆然としている流彦のスマホが鳴動した。
慌てて画面を見ると、妹・陽菜からの電話だった。通話ボタンを押すと、陽菜の焦った声が響いた。
「るぅ兄ぃ、大変! お母さんとうる香ちゃんが喧嘩してるの!早く止めにきて!」
「どういうことだ?」
と流彦が聞くと、陽菜はため息をついた。
「二人がさっき帰ってきたんだけど、酔っぱらったお母さんがうる香ちゃんのケーキを台無しにしちゃって。うる香ちゃん、暴れてもう手がつけられないの。仕事中なのは分かるけど、今はこっちを優先して」
受話器の向こうからは、ズン、ズンと低く響く音が聞こえてくる。
確かにもう喧嘩が本格化しているようだ。
それにしても、あそこで待っていろと言っていたのに勝手に帰るとは……
そう流彦が愚痴ると、陽菜は苦笑した。
「しょうがないよ。早く帰んないと『サムシンガー』始まっちゃうし。まぁ、どっちみちもう見れないけどね」
サムシンガーとは、蹴陽が楽しみにしているロボットアニメのことだ。
「どういうことだ?」
「うる香ちゃんがテレビ燃やしちゃって。それでお母さんもキレちゃって……」
「バカどもが……」
流彦は頭を抱えた。本当になにやってんだ。
とにかく、と陽菜は言った。
「お父さんには一応着信入れといたけど、いつ帰ってこれるかわかんないし。今はるぅ兄ぃしかいないの!」
流彦は切迫した妹の声を聴きながら、沙羅の方に目をやった。
少女は、流彦が誰と何を話しているのか、と不思議そうな目でこちらを伺っている。
すでに少女は服を着直したから今は見えないが、流彦の脳裏には彼女のもつ縛火紋が焼き付いていた。
事情はよく分からないが、彼女が火族の端くれであるならば、今度は火廷の管轄の仕事になってくる。
やはり穂親に連絡を取って指示を仰がなければならないだろう。
「二人は今、どこで戦ってるんだ」
「裏の演習場」
蓮杖家の裏手には溶岩の転がる荒れ地が広がっている。
蓮杖家ではここを能力を磨いたり、技を競ったりする鍛錬の場として使っているのだ。
屋敷からは離れた場所にあり、直接に家に影響はないだろう。
(あそこで戦っている分にはまだ大丈夫と思うが……)
「陽菜様、流彦様、よろしいでしょうか」
そこにサンティアが会話に割り込んできた。
「流彦様。蹴陽さまとうる香さまはお屋敷の演習場で交戦中でございますが、観測できる火気の量がこれまでお二人が対戦された時の最大値を38.4%上回っています。このままでは隣接する菜園に炎が及ぶ可能性が82.2%ございまして」
「……いやっーー!!」
陽菜は途端に金切り声を上げて、どこかへ行ってしまった。
サンティアの言葉にさすがの流彦も冷や汗が伝った。
蓮杖家の裏庭の片隅には小さな菜園がある。
そこには陽菜が丹精込めて作った野菜が植わっている。
もしそれに被害が出たら、今度は陽菜がぶち切れる番だ。
「分かった、すぐに行く」
これ以上事態をややこしくしたくない。流彦は通話を切ると沙羅に向かって言った。
「事情が変わった。とりあえず、アンタは俺と一緒に来てくれ」
「あなたと一緒に?」
「あぁ。ちょっと家でもめ事があってな」
そう言って頭を掻く流彦。
対照的に沙羅は顔を輝かせ、口元はほころんでいる。
(そういえば、銃者になりたいとか言っていたな。コイツ)
流彦は声を落として沙羅にくぎを刺す。
「勘違いしないように言っておくがな、銃者がどうとかバカげた話に付き合うつもりはないからな。用が済めばさっさと火廷にアンタを引き渡す」
「そんな……」
流彦の言葉に、少女は明らかに落胆した表情を浮かべた。
「従えないのなら、ここに置いていくぞ」
そういって周囲を見回す。また氷龍に襲われても知らんぞ、という脅しに少女は顔を青くして、
「分かりました」
と頷いた。流彦は内心で胸をなでおろす。別に、本当に置き去りにするつもりはない。無力な人間を一人にするほど鬼ではないつもりだ。
流彦は目を閉じて「化捏」の能力を解放した。
炎の中から現れた大鷲に、沙羅は大きな目をさらに見開いて驚いている。
「グズグズするな」
「……は、はい!」
少女は慌てて近くにあった自分のリュックを掴むと、流彦の背中に飛び乗った。
首元にある柔らかな毛につかまる様に指示すると、流彦は大きく翼を広げ、数度の羽ばたきの後、夜空へと舞い上がった。
ここでその名を、死んだ姉の名を聞くことになるとは。
流彦は再度ため息をついた。
「だが、結局は死んだ。自らの力量を誤って命を落とした者の真似なんかするな」
「違います!ほたるさんは力に驕って亡くなられたわけではありません。あの人は大切な方を守ろうとして―」
首を振って否定する沙羅を無視して、流彦はスマホを取り出した。
「いずれにせよ、お前をこのまま放っておくわけにはいかない。ひとまず近くの警察署に電話をして保護してもらう」
「警察?」
「そうだ。火廷で身柄を預かることもできるが、いずれはヒト族のほうに引き渡さなければならないからな」
それなら直接ヒト族の管轄に渡した方がいいだろう、と流彦は思ったのだが。
「……私は、ヒト族ではありません!」
少しの躊躇の後、少女はそう声を上げた。
「何?」
問い返す流彦の前で、沙羅はマフラーを解き、コートを脱いだ。さらには、その下の制服のボタンをはずし、胸元を露わにしようとする。
「お、おい―」
いきなり何を始めるのかと慌てて制止しようとして、流彦は少女にくぎ付けになった。
少女の、透き通るように白い胸元には大きな黒い紋様が浮かび上がっていた。
象形文字と円が組み合わさったような紋様は、まるで墨で描いたかのようにべっとりと白い肌に張り付いている。
その紋様には見覚えがあった。
「“縛火紋”……お前、紋戴児なのか」
流彦の言葉に、沙羅は固く結んだ唇を震わせた。
縛火紋。それは、火族でありがら火族の能力を持たぬ者に顕れる呪いの紋。生まれながらにして無能力者が持つ烙印。
そして、それは流彦の姉・ほたるが持っていた紋様でもあった。
突然のことに呆然としている流彦のスマホが鳴動した。
慌てて画面を見ると、妹・陽菜からの電話だった。通話ボタンを押すと、陽菜の焦った声が響いた。
「るぅ兄ぃ、大変! お母さんとうる香ちゃんが喧嘩してるの!早く止めにきて!」
「どういうことだ?」
と流彦が聞くと、陽菜はため息をついた。
「二人がさっき帰ってきたんだけど、酔っぱらったお母さんがうる香ちゃんのケーキを台無しにしちゃって。うる香ちゃん、暴れてもう手がつけられないの。仕事中なのは分かるけど、今はこっちを優先して」
受話器の向こうからは、ズン、ズンと低く響く音が聞こえてくる。
確かにもう喧嘩が本格化しているようだ。
それにしても、あそこで待っていろと言っていたのに勝手に帰るとは……
そう流彦が愚痴ると、陽菜は苦笑した。
「しょうがないよ。早く帰んないと『サムシンガー』始まっちゃうし。まぁ、どっちみちもう見れないけどね」
サムシンガーとは、蹴陽が楽しみにしているロボットアニメのことだ。
「どういうことだ?」
「うる香ちゃんがテレビ燃やしちゃって。それでお母さんもキレちゃって……」
「バカどもが……」
流彦は頭を抱えた。本当になにやってんだ。
とにかく、と陽菜は言った。
「お父さんには一応着信入れといたけど、いつ帰ってこれるかわかんないし。今はるぅ兄ぃしかいないの!」
流彦は切迫した妹の声を聴きながら、沙羅の方に目をやった。
少女は、流彦が誰と何を話しているのか、と不思議そうな目でこちらを伺っている。
すでに少女は服を着直したから今は見えないが、流彦の脳裏には彼女のもつ縛火紋が焼き付いていた。
事情はよく分からないが、彼女が火族の端くれであるならば、今度は火廷の管轄の仕事になってくる。
やはり穂親に連絡を取って指示を仰がなければならないだろう。
「二人は今、どこで戦ってるんだ」
「裏の演習場」
蓮杖家の裏手には溶岩の転がる荒れ地が広がっている。
蓮杖家ではここを能力を磨いたり、技を競ったりする鍛錬の場として使っているのだ。
屋敷からは離れた場所にあり、直接に家に影響はないだろう。
(あそこで戦っている分にはまだ大丈夫と思うが……)
「陽菜様、流彦様、よろしいでしょうか」
そこにサンティアが会話に割り込んできた。
「流彦様。蹴陽さまとうる香さまはお屋敷の演習場で交戦中でございますが、観測できる火気の量がこれまでお二人が対戦された時の最大値を38.4%上回っています。このままでは隣接する菜園に炎が及ぶ可能性が82.2%ございまして」
「……いやっーー!!」
陽菜は途端に金切り声を上げて、どこかへ行ってしまった。
サンティアの言葉にさすがの流彦も冷や汗が伝った。
蓮杖家の裏庭の片隅には小さな菜園がある。
そこには陽菜が丹精込めて作った野菜が植わっている。
もしそれに被害が出たら、今度は陽菜がぶち切れる番だ。
「分かった、すぐに行く」
これ以上事態をややこしくしたくない。流彦は通話を切ると沙羅に向かって言った。
「事情が変わった。とりあえず、アンタは俺と一緒に来てくれ」
「あなたと一緒に?」
「あぁ。ちょっと家でもめ事があってな」
そう言って頭を掻く流彦。
対照的に沙羅は顔を輝かせ、口元はほころんでいる。
(そういえば、銃者になりたいとか言っていたな。コイツ)
流彦は声を落として沙羅にくぎを刺す。
「勘違いしないように言っておくがな、銃者がどうとかバカげた話に付き合うつもりはないからな。用が済めばさっさと火廷にアンタを引き渡す」
「そんな……」
流彦の言葉に、少女は明らかに落胆した表情を浮かべた。
「従えないのなら、ここに置いていくぞ」
そういって周囲を見回す。また氷龍に襲われても知らんぞ、という脅しに少女は顔を青くして、
「分かりました」
と頷いた。流彦は内心で胸をなでおろす。別に、本当に置き去りにするつもりはない。無力な人間を一人にするほど鬼ではないつもりだ。
流彦は目を閉じて「化捏」の能力を解放した。
炎の中から現れた大鷲に、沙羅は大きな目をさらに見開いて驚いている。
「グズグズするな」
「……は、はい!」
少女は慌てて近くにあった自分のリュックを掴むと、流彦の背中に飛び乗った。
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