忘れられたJ28、色とりどりの傷痕

融解犯

文字の大きさ
1 / 38
プロローグ

0「あのときの声」

しおりを挟む
 ハッとなって振り返った。
 背後に広がっていた光景は、緩やかな緑一面の丘と、まばらに生えている雑草の群れ。丘の頂上には入道雲を遮るようにそびえ立つ巨大樹。夏風が吹いて、葉をワサワサと揺らした。それに合わせて地面に映る影が大きく左右へ動く。

 梅雨が明けたばかりの、まだ、蝉時雨が聞こえない夏の中。
 誰かの、声を聞いた気がした。

 名を呼ばれ、顔を前へ戻す。手前を歩いていた少女が足を止めて、不思議そうにこちらを
 見つめている。

「急に止まって、どうしたの?   何かいた?」
「……今、誰かの声が、後ろから……」
「後ろ?」

 ぐるっと体を勢い良く反転させた少女は、少々大げさな動きで自分の背後を覗き込み、次いで巨大樹の方を見やる。

「……誰もいないよ?」
「でも、すぐ近くで聞こえたんだ。本当だよ」

 明確にどんな声かと聞かれても、なぜかはっきり答えられない。どこから聞こえたのかもわからない。すぐ隣から、後ろから、内側から。声の居所はわからずじまいだった。信憑性のない話だとわかっているからこそ、思わず切羽詰まった声を上げてしまう。
 少女はしばらく考え込んで、やがて黒髪を揺らして微笑みながら言った。

「きっと、誰かの声だったんだろうね」
「ええ、結局はっきりしてないよ」
「うーん、考えてみたけれどぼくにもわからないや。でも、たしかに『いた』と思うよ。あなたがそう言うなら、ぼくは信じるよ」

 「ごめんね、曖昧で」とへにゃりと眉を垂れさせて彼女は笑うが、不思議とその言葉でスッと納得した気がした。
 誰かはわからないけれど、たしかに「誰かいた」。今はそれでいい気がするし、何より少女は疑いもせずに考えて、純粋で素直な答えを出してくれた。それがただ嬉しかったから、これ以上考える必要もないと感じた。
 「それよりほら、早く!」と手を掴まれ、グイグイと急かされるまま慌てて足を動かした。駆け寄る先に、大勢の少年少女が自分たちを待っていてくれていた。彼女の家族、自分の友達。しっとり汗ばんだ白い手に包まれて、煩わしい暑さよりも幸福感が先に生まれる。少し頬が緩んだ。生まれてきてよかったなんて思う。数年前まではありえない台詞だった。

 ――幸せだ。

 こうやって彼女たちの傍にいるだけで多幸感を覚える。毎日が眩しい。明日の幸せが早く来ることを望んで、それでも今日の幸せが早くに消えてしまわないよう願う。その矛盾すらも愛おしい。
 ねえ、と心の中で呼びかける。
 僕、今なら何でもできそうだよ。誰だかわからない君の話も聞いてあげられる。だから、教えて。

 ――君は、何を「許さない」の?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...