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メモリー1「傷ついたんだ」
35「赤と黒」
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「む......謀反だとぉッ!? おまえら、どういうつもりだァッ!?」
「謀反というよりかは、もとからこうするつもりでいたって言った方が正しいだろうな。話は早い方がいい。まずは俺たちの本当の目的を話しておこうか」
リーダーは一度大聖から離れると、両手を広げてこの場にいる全員に聞かせるよう、驚くべきことを声高らかに言い放った。
「俺たちの目的は、ボスの持っている力の入手と――その七人を引き入れることだ!!」
その瞬間、歓声と冷やかしが仲間内から一斉に飛んでくる。戦争に勝利したかのように盛大に湧き上がる連中に、全員唖然とするほかなかった。
「わかってねえ顔してるな、アンタら。なら俺の口から丁寧に教えてやるよ。なあボス、俺らは最初からアンタらに従っちゃいねえんだよ。都合が良さそうだったから、逆にアンタらを利用させてもらったんだよ」
「都合が良いだと!? なぜだ!? ここでの安全な生活を約束するという話だったし、おまえらにも殺す意味はあったはずだ! こいつらは生きた人間を殺すことで仲間を増やすのだろう!? 人の手で殺せば増加を食い止められる。何がいけなかったと言うんだ!?」
「――は?」
誰かが、震える声を出した。
「今、何て言った......? 人を喰って、仲間を増やすだと......?」
「待て、待ってくれよ、じゃあこいつらって――!!」
「おう、そうさ。知らなかったのかァ? こいつらはなァ、生きた人間を殺すことで仲間を増やしてたんだよ。殺された傍からそいつは化物に生まれ変わる、最悪のループだ。実際、オレたちの仲間も目の前でッ......」
何人かが悔しげに唇を噛みしめたり、目を潤ませたりしたが、リーダーが一喝してその雰囲気を振り払った。
「おまえら!! ンなしみったれた顔をするなッ!! そのためにこいつから化物を操る力を手に入れる方法を聞き出そうって話だっただろ!!」
「そ、それは約束できないぞ!? 大体俺だってこの力は自力で手に入れたものではなくて......じゃ、じゃあそいつらはどうしようというんだ!? 六人でも殺せば六体分の増加は止められるんだぞ!?」
大聖の問いに、リーダーは「ああ、そいつらはな」と下卑た笑みとともに答える。
「アンタら、報酬と化物でこっちが断れないってふんだのか、先に俺らのやるべきこととこいつらの特徴を教えてくれただろ? 化物と張り合えるほどに強いやつに空手できるやつ、それと直接会ってわかったが、頭が回るやつもいるじゃねえか。力を入手した後で、化物どもを使って従わせようと思ってな」
「要はオレたち、最初からこいつらを殺すつもりなんてなかったわけよ。究極の馬鹿を演じてわざと逃がして、あんたがどうにか現れるのを待ってたのさ。強いやつはオレたちの護衛、頭の良いやつはオレたちが生き延びる方法を考えさせる」
「しかも女もいるんだろぉ? それもちょー若ぇやつ! そんな上玉、何もせずに殺すなんてもったいねぇもったいねぇ!!」
背後からドッと上がった嗤い声に、桜子の身体がガタガタと震えだし、恐怖で見開かれた目から自然と涙が流れ落ちた。林太郎が背後の連中を憎悪のこもった目で睨み、凶器を突きつけられているにも関わらず陽介は桜子を背後に隠した。彼ら三人をさらに庇って、空が前へ出て連中と向かい合う。
「おいゴルァ、さっきからうろちょろしてんじゃ――」
「こいつらを利用するだァ? やってみろよ、リーダーはここを退かねえぞ」
目つきの悪さを最大限にまで発揮し、連中一人一人を見回す。空の体格の良さに加えて迫力のある鋭い瞳孔に一瞬は怯んだ連中だが、すぐに気を取り直して凶器を構えなおした。
「テメェ、自分の状況がわかってねえようだなあ? こっちにはちゃんと人質がいるんだぜ?」
ドンッと右足に新たな衝撃が加わる。
「うあ゛ッ」
「ッ怜!!」
「ハハッ、かわいそうになあ。左がほとんど骨折しているのに、そのうえさらに足にナイフを二本も刺されて。満身創痍じゃん。まあ明日には治るからさ、少しぐらいいいじゃんねー」
「あ、何ならもう一本いっとく? ナイフ三本!」
「うっは! 何かの曲芸かよ!」
「いーじゃん! いっちまえ!」
もう一本ナイフを取り出す連中を目にした恒輔が「やめろやッ!!!」と叫んで走りだそうとするが、立ち塞がってきた男に腹を殴られうずくまる。怜がハッと息を呑んだ瞬間、頭上に迫る何かを感じる。
「さて、意識を飛ばさずに起きていられるでしょーかっ!」
笑いながらナイフを垂直に振り下ろそうとする男。だが不意にその顔面に白い残影がぶつかった。「どわあッ!?」と悲鳴を上げてひっくり返った男から離れた物体が、ついでナイフを押さえつけている別の男に飛びかかる。突然のことに反応が遅れた男は、簡単にその手に牙を突き立てられる。
「いッッッてーーーッ!! このッ......」
殴りかかろうとした男は想定外の方向から飛んできた拳に殴り飛ばされた。軽く浮いて床に叩きつけられ、痛みに呻く仲間を見て瞠目したリーダーは飛んできた方向に顔を向けた。
「いたた......やっぱり思った以上の力が出ないね。それはそうと、ありがとう、ニャー太」
「ニャォン」
陽介の腕から飛び出し、主人を助けてみせた白猫が嬉しそうに目を細めて鳴いた。その頭を血で汚れていない部分で撫でてから、右足に手を伸ばす。近い位置で刺さっていたナイフ二本をまとめてガッと掴み、顔色一つ変えずに引き抜いた。
「これ、本当は抜かない方がいいんだっけ。......まあ、いいや。邪魔になるし」
血の滴る二本を放り捨て、足に力を込める。危うげにふらついたが、どうにか踏ん張ることができた。
「な......なんで、なんでまだ立てるんだよッ......!? ありえねえ、化物かよッ!!?」
リーダーはおののき、一歩後ずさった。そこに先導者としての威厳はなく、見開かれた目は怜を恐怖の対象として映し出していた。
「......化物、か」
口の中で転がせた単語は、ずっと自分の一部だと感じていたものだ。実際それは今でも変わらない。
「――じゃあ俺が君たちを殺したら、同族殺しになるのかな」
だが、このときに知ったことがある。この世界には他にも化物がいること。人を貶め、恐怖にさらし、それでもなお嘲笑う醜悪で邪知なる存在。
連中の方を振り返った怜の視界は真っ赤だった。それが血なのか何か別のものかわからない。理解できるのは、心を焼き尽くすこの感覚が怒りの感情なのだということだ。口々に悲鳴を上げて距離を取る連中に、一歩。
「怜ッッ!!!」
踏みとどまる。
外も中も真っ赤になってわけのわからない世界で、それでも怜は、グラングラン揺れる瞳でその姿を捉えた。恒輔は梓に介抱されながらもしっかりと怜を見据えていた。
「自分、そこから動くなや。絶対に誰にも手ェ出すんやないで」
「......わからないよ。どうして、彼らは恒輔くんたちを利用しようとした、恐怖にさらした、手を出した。初めてだよ、さっきから許せないって言葉以外見つからないんだ」
キュルキュルキュルとどんどん瞳孔が細くなっていく。獣のようだなんて、誰が生ぬるい例えをしたのだろうか。手負いでもなお悠然と立ち、決して怒りを忘れない純然たる化物を、誰が。
「殺させてよ、生かさないでよ。ここで全滅させないと、俺は」
「気が済まへんってか? アホか、ここで力任せに暴れるんは能無しでもできるわ。そこで踏みとどまるんが『人間』やろが。誰か一人でも殺してみぃ。しばきたおすぞ、ボケ」
薄く開かれた目をギラギラさせてドスの利かせた声で言い聞かせた恒輔は、やがてその表情を一瞬でへにゃりと崩した。
「やから、怜。そのまま一緒に帰ろうや。オレらはその気持ちだけで救われとるんやから。オレらが傷ついたことで怒ってくれる奴なんて、今までおらんかったんや」
その言葉に続いて、五つの優しい声が怜を呼んだ。
「おら、さっさと帰るぞ」
「帰ったらまたウノで遊びましょうね!」
「あんたにも言いたいことあるんですから、そのまま死なないでくださいね」
「疲れたでしょう? 早く休みましょう」
「雨宮、さん、頑張った。お疲れ、さま。帰ろう?」
微笑まれ、手を伸ばされる。ひどく眩しかった。六人のいる場所だけ世界が違う。陽光が差し、野原の草を風が撫でていく。そんな明るい空間。
怜の瞳孔が元に戻っていく。いつもどおりの鏡の黒目に戻り、今度こそ赤い視界が晴れた。
「あれが......俺の、居場所」
ニャー太が怜の前へ出る。数歩歩いて振り返り、「ニャァ」と誘いかけてくる。再び歩き出したその背中を見つめ、足を踏み出した。血が流れる感覚がして傷口が痛んだが、歩くことができた――帰ることができた。
途中、連中の一人とすれ違う。彼らは全員、完全に戦意喪失していた。怜は足を止め、そのうちの一人をじっと見つめた。彼は血塗れの怜を見て小さく悲鳴を上げて震えたが、今の怜にどうこうしようという気はない。
「もう、俺たちには関わらないでね。――俺はあの世界を守りたいだけだから」
それだけ告げて顔を戻す、
――そのタイミングで、消えた。
何が消えたか。ついさっきまで怯えた表情をさらしていた彼の首が、である。視界の隅でぽっかり空いた空間に、怜はまた顔を向けた。
首を失った身体は数秒立っていた。首だけどこかに移されたみたいに、変わらない姿勢で。だが切断面から小さく血が飛び出したかと思うと、その直後に大量の血が噴出して天井を染め上げた。激しく痙攣した身体はバタリと倒れ、ちょうど腕が何かを抱きしめる形で床に落ちる。たまたまその中に落ちて収まったのは、怜が声をかけてから時が止まったままの首だった。
「もおー、怜ってばさー。そこは彼らの期待を裏切って一人殺すところでしょー。ちゃぁんと観客の期待には応えてあげないと」
「ね?」と、すぐ近くにいた男の腹が黒いもので貫かれた。
「はえ......?」
自分の状態が信じられず、現実逃避の間抜け面をこぼす男。その異物の先を追って怜は振り返った。
「ハロー、怜。元気にしてる? ああいや、君にとっては初めましてだったね。ごめんよ、ボクとしたことが」
ヒラヒラと振られる手。その腕も頭も月のない夜闇に包まれている。黒パーカーを被った青年の隣に、黒い大蛇がいた。全長は......どのくらいあるのだろうか。廊下全体を使って身をくねらせることで上手に身体を収めている大蛇。尻尾はUターンさせて自身の身体の隙間を通し、その先端が男を貫いていた。
「てかなんかいい感じに登場したのに何この滑ったような空気! 一つぐらい反応ちょうだいよ! ちょっと、ねえ大聖はどこ?」
「お、俺はここだ!」
ここぞとばかりに大聖が声を上げ、大聖を捕えていた男が急いで彼を解放して傍から逃げた。「あ、いたいた」と待ち合わせで人を見つけたような雰囲気で青年が声をかける。
「これ、どうなってるの? もうちょっとどうにかならなかったの?」
「はひっ......い、いやっ、悪かった、このザマは俺の落ち度だ! だか、だかッ、らら、罰はッ、受けても、命だけはッ......!!」
「えっ、違う違う違う。そのことを責めてるわけじゃなくて、いや大聖は指示通りにやってくれてたじゃん。何も落ち度なんてないよ。というかボク、さっきから隠れて一部始終見てたから」
「じゃ、じゃあどうにかならなかったってのは......」
「ああ、だって――」
嗤った、と、怜は感じとった。
「もっと煽ってほしかったんだよ!! ねえ、大聖、今この地獄的で最高な状況わかってる!? ねえもっと上手いことやれば怜が堕ちるって思わなかった!? いや、でも待って、むしろ今この状態なら、ボクが自分の手でメイキングできる感じ!?」
「アッハハハハハハハハハ!!!」と狂笑が響き渡る。心底楽しくて楽しくて仕方がないと言いたげに青年は笑い転げる。
「さいッッこうだよッ!!! ねえほんと神様に感謝......すると彼女が嫉妬しちゃうか。ああでも困ったなァ!!! こんなに心湧き踊るような最高のシーンに引き合わせてくれた誰かに感謝の意を示したいんだけど、見えない相手にどう感謝したものかなァ!? 何を捧げたらいいかなァ!!!」
天を仰ぎ、両手を広げてクルクルと回って嗤い続ける青年。異様すぎる状況に誰一人動けない。傍にいる大聖でさえも愕然とした目で青年を凝視している。黒すぎる絶望は変わらず楽しそうに踊り続けている。
――黒パーカー?
その単語が引っかかる。思い出すのは早かった。
『喋り方は演技かもしれねェが、声は怜に似ていたな。身長とかも大差ねェと思う。あとは些細な情報だが服は黒いパーカーで、出会ったときは顔を隠していた』
「まさか――」
「あっそうだ! いいこと思いついた!」
動きを止めた青年は何か閃いたらしく、ポンと手を打った。
「その誰かが神様かどうか知らないけど、まあ偉い人に捧げるものって大体供物だって決まってるよね! 質はアレだけど、数でいうなら十分な量がある!」
青年が、顔を正面に向ける。それに合わせて大蛇のバグ霊も自分の尻尾を回収する。引き抜かれたその先端に、赤黒く膨れ上がった物体。生命の源。心臓を失った男が倒れ、その下から血が広がっていく。
その心臓を手に取り、舌を這わせる。パーカーの下から血で真っ赤になった舌だけを見せつけ、彼は言った。
「さて、裏切り者はどんな味がするかな?」
「謀反というよりかは、もとからこうするつもりでいたって言った方が正しいだろうな。話は早い方がいい。まずは俺たちの本当の目的を話しておこうか」
リーダーは一度大聖から離れると、両手を広げてこの場にいる全員に聞かせるよう、驚くべきことを声高らかに言い放った。
「俺たちの目的は、ボスの持っている力の入手と――その七人を引き入れることだ!!」
その瞬間、歓声と冷やかしが仲間内から一斉に飛んでくる。戦争に勝利したかのように盛大に湧き上がる連中に、全員唖然とするほかなかった。
「わかってねえ顔してるな、アンタら。なら俺の口から丁寧に教えてやるよ。なあボス、俺らは最初からアンタらに従っちゃいねえんだよ。都合が良さそうだったから、逆にアンタらを利用させてもらったんだよ」
「都合が良いだと!? なぜだ!? ここでの安全な生活を約束するという話だったし、おまえらにも殺す意味はあったはずだ! こいつらは生きた人間を殺すことで仲間を増やすのだろう!? 人の手で殺せば増加を食い止められる。何がいけなかったと言うんだ!?」
「――は?」
誰かが、震える声を出した。
「今、何て言った......? 人を喰って、仲間を増やすだと......?」
「待て、待ってくれよ、じゃあこいつらって――!!」
「おう、そうさ。知らなかったのかァ? こいつらはなァ、生きた人間を殺すことで仲間を増やしてたんだよ。殺された傍からそいつは化物に生まれ変わる、最悪のループだ。実際、オレたちの仲間も目の前でッ......」
何人かが悔しげに唇を噛みしめたり、目を潤ませたりしたが、リーダーが一喝してその雰囲気を振り払った。
「おまえら!! ンなしみったれた顔をするなッ!! そのためにこいつから化物を操る力を手に入れる方法を聞き出そうって話だっただろ!!」
「そ、それは約束できないぞ!? 大体俺だってこの力は自力で手に入れたものではなくて......じゃ、じゃあそいつらはどうしようというんだ!? 六人でも殺せば六体分の増加は止められるんだぞ!?」
大聖の問いに、リーダーは「ああ、そいつらはな」と下卑た笑みとともに答える。
「アンタら、報酬と化物でこっちが断れないってふんだのか、先に俺らのやるべきこととこいつらの特徴を教えてくれただろ? 化物と張り合えるほどに強いやつに空手できるやつ、それと直接会ってわかったが、頭が回るやつもいるじゃねえか。力を入手した後で、化物どもを使って従わせようと思ってな」
「要はオレたち、最初からこいつらを殺すつもりなんてなかったわけよ。究極の馬鹿を演じてわざと逃がして、あんたがどうにか現れるのを待ってたのさ。強いやつはオレたちの護衛、頭の良いやつはオレたちが生き延びる方法を考えさせる」
「しかも女もいるんだろぉ? それもちょー若ぇやつ! そんな上玉、何もせずに殺すなんてもったいねぇもったいねぇ!!」
背後からドッと上がった嗤い声に、桜子の身体がガタガタと震えだし、恐怖で見開かれた目から自然と涙が流れ落ちた。林太郎が背後の連中を憎悪のこもった目で睨み、凶器を突きつけられているにも関わらず陽介は桜子を背後に隠した。彼ら三人をさらに庇って、空が前へ出て連中と向かい合う。
「おいゴルァ、さっきからうろちょろしてんじゃ――」
「こいつらを利用するだァ? やってみろよ、リーダーはここを退かねえぞ」
目つきの悪さを最大限にまで発揮し、連中一人一人を見回す。空の体格の良さに加えて迫力のある鋭い瞳孔に一瞬は怯んだ連中だが、すぐに気を取り直して凶器を構えなおした。
「テメェ、自分の状況がわかってねえようだなあ? こっちにはちゃんと人質がいるんだぜ?」
ドンッと右足に新たな衝撃が加わる。
「うあ゛ッ」
「ッ怜!!」
「ハハッ、かわいそうになあ。左がほとんど骨折しているのに、そのうえさらに足にナイフを二本も刺されて。満身創痍じゃん。まあ明日には治るからさ、少しぐらいいいじゃんねー」
「あ、何ならもう一本いっとく? ナイフ三本!」
「うっは! 何かの曲芸かよ!」
「いーじゃん! いっちまえ!」
もう一本ナイフを取り出す連中を目にした恒輔が「やめろやッ!!!」と叫んで走りだそうとするが、立ち塞がってきた男に腹を殴られうずくまる。怜がハッと息を呑んだ瞬間、頭上に迫る何かを感じる。
「さて、意識を飛ばさずに起きていられるでしょーかっ!」
笑いながらナイフを垂直に振り下ろそうとする男。だが不意にその顔面に白い残影がぶつかった。「どわあッ!?」と悲鳴を上げてひっくり返った男から離れた物体が、ついでナイフを押さえつけている別の男に飛びかかる。突然のことに反応が遅れた男は、簡単にその手に牙を突き立てられる。
「いッッッてーーーッ!! このッ......」
殴りかかろうとした男は想定外の方向から飛んできた拳に殴り飛ばされた。軽く浮いて床に叩きつけられ、痛みに呻く仲間を見て瞠目したリーダーは飛んできた方向に顔を向けた。
「いたた......やっぱり思った以上の力が出ないね。それはそうと、ありがとう、ニャー太」
「ニャォン」
陽介の腕から飛び出し、主人を助けてみせた白猫が嬉しそうに目を細めて鳴いた。その頭を血で汚れていない部分で撫でてから、右足に手を伸ばす。近い位置で刺さっていたナイフ二本をまとめてガッと掴み、顔色一つ変えずに引き抜いた。
「これ、本当は抜かない方がいいんだっけ。......まあ、いいや。邪魔になるし」
血の滴る二本を放り捨て、足に力を込める。危うげにふらついたが、どうにか踏ん張ることができた。
「な......なんで、なんでまだ立てるんだよッ......!? ありえねえ、化物かよッ!!?」
リーダーはおののき、一歩後ずさった。そこに先導者としての威厳はなく、見開かれた目は怜を恐怖の対象として映し出していた。
「......化物、か」
口の中で転がせた単語は、ずっと自分の一部だと感じていたものだ。実際それは今でも変わらない。
「――じゃあ俺が君たちを殺したら、同族殺しになるのかな」
だが、このときに知ったことがある。この世界には他にも化物がいること。人を貶め、恐怖にさらし、それでもなお嘲笑う醜悪で邪知なる存在。
連中の方を振り返った怜の視界は真っ赤だった。それが血なのか何か別のものかわからない。理解できるのは、心を焼き尽くすこの感覚が怒りの感情なのだということだ。口々に悲鳴を上げて距離を取る連中に、一歩。
「怜ッッ!!!」
踏みとどまる。
外も中も真っ赤になってわけのわからない世界で、それでも怜は、グラングラン揺れる瞳でその姿を捉えた。恒輔は梓に介抱されながらもしっかりと怜を見据えていた。
「自分、そこから動くなや。絶対に誰にも手ェ出すんやないで」
「......わからないよ。どうして、彼らは恒輔くんたちを利用しようとした、恐怖にさらした、手を出した。初めてだよ、さっきから許せないって言葉以外見つからないんだ」
キュルキュルキュルとどんどん瞳孔が細くなっていく。獣のようだなんて、誰が生ぬるい例えをしたのだろうか。手負いでもなお悠然と立ち、決して怒りを忘れない純然たる化物を、誰が。
「殺させてよ、生かさないでよ。ここで全滅させないと、俺は」
「気が済まへんってか? アホか、ここで力任せに暴れるんは能無しでもできるわ。そこで踏みとどまるんが『人間』やろが。誰か一人でも殺してみぃ。しばきたおすぞ、ボケ」
薄く開かれた目をギラギラさせてドスの利かせた声で言い聞かせた恒輔は、やがてその表情を一瞬でへにゃりと崩した。
「やから、怜。そのまま一緒に帰ろうや。オレらはその気持ちだけで救われとるんやから。オレらが傷ついたことで怒ってくれる奴なんて、今までおらんかったんや」
その言葉に続いて、五つの優しい声が怜を呼んだ。
「おら、さっさと帰るぞ」
「帰ったらまたウノで遊びましょうね!」
「あんたにも言いたいことあるんですから、そのまま死なないでくださいね」
「疲れたでしょう? 早く休みましょう」
「雨宮、さん、頑張った。お疲れ、さま。帰ろう?」
微笑まれ、手を伸ばされる。ひどく眩しかった。六人のいる場所だけ世界が違う。陽光が差し、野原の草を風が撫でていく。そんな明るい空間。
怜の瞳孔が元に戻っていく。いつもどおりの鏡の黒目に戻り、今度こそ赤い視界が晴れた。
「あれが......俺の、居場所」
ニャー太が怜の前へ出る。数歩歩いて振り返り、「ニャァ」と誘いかけてくる。再び歩き出したその背中を見つめ、足を踏み出した。血が流れる感覚がして傷口が痛んだが、歩くことができた――帰ることができた。
途中、連中の一人とすれ違う。彼らは全員、完全に戦意喪失していた。怜は足を止め、そのうちの一人をじっと見つめた。彼は血塗れの怜を見て小さく悲鳴を上げて震えたが、今の怜にどうこうしようという気はない。
「もう、俺たちには関わらないでね。――俺はあの世界を守りたいだけだから」
それだけ告げて顔を戻す、
――そのタイミングで、消えた。
何が消えたか。ついさっきまで怯えた表情をさらしていた彼の首が、である。視界の隅でぽっかり空いた空間に、怜はまた顔を向けた。
首を失った身体は数秒立っていた。首だけどこかに移されたみたいに、変わらない姿勢で。だが切断面から小さく血が飛び出したかと思うと、その直後に大量の血が噴出して天井を染め上げた。激しく痙攣した身体はバタリと倒れ、ちょうど腕が何かを抱きしめる形で床に落ちる。たまたまその中に落ちて収まったのは、怜が声をかけてから時が止まったままの首だった。
「もおー、怜ってばさー。そこは彼らの期待を裏切って一人殺すところでしょー。ちゃぁんと観客の期待には応えてあげないと」
「ね?」と、すぐ近くにいた男の腹が黒いもので貫かれた。
「はえ......?」
自分の状態が信じられず、現実逃避の間抜け面をこぼす男。その異物の先を追って怜は振り返った。
「ハロー、怜。元気にしてる? ああいや、君にとっては初めましてだったね。ごめんよ、ボクとしたことが」
ヒラヒラと振られる手。その腕も頭も月のない夜闇に包まれている。黒パーカーを被った青年の隣に、黒い大蛇がいた。全長は......どのくらいあるのだろうか。廊下全体を使って身をくねらせることで上手に身体を収めている大蛇。尻尾はUターンさせて自身の身体の隙間を通し、その先端が男を貫いていた。
「てかなんかいい感じに登場したのに何この滑ったような空気! 一つぐらい反応ちょうだいよ! ちょっと、ねえ大聖はどこ?」
「お、俺はここだ!」
ここぞとばかりに大聖が声を上げ、大聖を捕えていた男が急いで彼を解放して傍から逃げた。「あ、いたいた」と待ち合わせで人を見つけたような雰囲気で青年が声をかける。
「これ、どうなってるの? もうちょっとどうにかならなかったの?」
「はひっ......い、いやっ、悪かった、このザマは俺の落ち度だ! だか、だかッ、らら、罰はッ、受けても、命だけはッ......!!」
「えっ、違う違う違う。そのことを責めてるわけじゃなくて、いや大聖は指示通りにやってくれてたじゃん。何も落ち度なんてないよ。というかボク、さっきから隠れて一部始終見てたから」
「じゃ、じゃあどうにかならなかったってのは......」
「ああ、だって――」
嗤った、と、怜は感じとった。
「もっと煽ってほしかったんだよ!! ねえ、大聖、今この地獄的で最高な状況わかってる!? ねえもっと上手いことやれば怜が堕ちるって思わなかった!? いや、でも待って、むしろ今この状態なら、ボクが自分の手でメイキングできる感じ!?」
「アッハハハハハハハハハ!!!」と狂笑が響き渡る。心底楽しくて楽しくて仕方がないと言いたげに青年は笑い転げる。
「さいッッこうだよッ!!! ねえほんと神様に感謝......すると彼女が嫉妬しちゃうか。ああでも困ったなァ!!! こんなに心湧き踊るような最高のシーンに引き合わせてくれた誰かに感謝の意を示したいんだけど、見えない相手にどう感謝したものかなァ!? 何を捧げたらいいかなァ!!!」
天を仰ぎ、両手を広げてクルクルと回って嗤い続ける青年。異様すぎる状況に誰一人動けない。傍にいる大聖でさえも愕然とした目で青年を凝視している。黒すぎる絶望は変わらず楽しそうに踊り続けている。
――黒パーカー?
その単語が引っかかる。思い出すのは早かった。
『喋り方は演技かもしれねェが、声は怜に似ていたな。身長とかも大差ねェと思う。あとは些細な情報だが服は黒いパーカーで、出会ったときは顔を隠していた』
「まさか――」
「あっそうだ! いいこと思いついた!」
動きを止めた青年は何か閃いたらしく、ポンと手を打った。
「その誰かが神様かどうか知らないけど、まあ偉い人に捧げるものって大体供物だって決まってるよね! 質はアレだけど、数でいうなら十分な量がある!」
青年が、顔を正面に向ける。それに合わせて大蛇のバグ霊も自分の尻尾を回収する。引き抜かれたその先端に、赤黒く膨れ上がった物体。生命の源。心臓を失った男が倒れ、その下から血が広がっていく。
その心臓を手に取り、舌を這わせる。パーカーの下から血で真っ赤になった舌だけを見せつけ、彼は言った。
「さて、裏切り者はどんな味がするかな?」
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