世界は、君を愛したくて創られた

六紫

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プロローグ

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舞っていると、いつもBGMのように頭の中でとめどなく流れている言葉や映像、思考が、どんどん無くなっていく。

遠くで聞こえる車の行き交う音。
境内の大きな木の葉擦れの音。
神楽鈴の軽やかな響き。
巫女装束の掠れ。
私の息遣い……

周りの音が消えていく。しゃらりと鈴だけが鳴る。

そして、どんどん深く、何かの奥に導かれるように、深くどこかに踏み入れていく。

ゆっくりと静寂の真ん中に辿り着く——

自分自身が舞いそのものになったかのように静けさと同化する。

その静かな場所でただひたすらに無になって舞という祈りと願いを捧げる。


「里菜」


微かに低く穏やかな声が耳に届いて、急に眠りから覚めたように、周囲の輪郭を持ち始めて、たくさんの色が景色と意識に戻ってくる。

「義兄さん……」

そしてその色づいた世界の真ん中に義兄が立っていた。

すっとした怜悧な佇まいからは、少し厳しいくらいの雰囲気を感じる。

その姿を捉えた瞬間から、自分の息遣いの荒さや身体中に汗が流れるのを感じ始める。

舞殿を抜けていく風はもうだいぶ冷たくなって、練習を始めてからかなりの時間が経っていることを教えてくれる。

ーーあ、またやっちゃった…

「もう風呂の時間だ」

案の定、遅くなった私を義兄が迎えに来てくれたみたいだ。

「え? もうそんな時間?? また夢中になっちゃった」

へらりと笑ってほんの少しとぼけたふりをする。スマホを確認すると、予想通り…かなり時間が経っちゃってる。

「冷えるぞ」

そう言いながら、義兄さんはブランケットと、ミルクティーの缶を差し出してくる。

「ありがとう。あっ、これ、私が飲みたかったやつだ! 嬉しい」

受け取るとミルクティーは、
いつも通り私の好きな銘柄で、手のひらだけじゃなくて、もっと胸の奥もじんわりと温めてくれる。

いつものくすぐったいような優しさも伝わってきて、思わず笑みが溢れる。

「義兄さんありがとう。」

「……そこの自販機に入っていた」

と、表情一つ変えることなく素っ気なく答える。

ーーやってることはこんなに優しいのになあ…いつも仏頂面なんだもんなあ。

またくすりと笑みがこぼれた。早速、口に含むと、甘くて濃い味が冷えた体に染み込んで穏やかに流れていく。

「甘ーい。美味しー。嬉しいなあ。義兄さん、ありがと、ね。」

義兄さんが与えてくれるくすぐったい感じを誤魔化すように、私はいつもちょっとだけ喋り過ぎて、過剰気味なお礼と大げさに笑顔を振りまいてしまう。

そんな私をほんの少しだけ目尻を下げて、
黙って相槌を返してくれる彼は「義兄」だ。

「兄」とは呼べど、血の繋がりはない。

ーー8年前、10歳だった私は交通事故で突然両親を失った。

そして「藤宮里菜」は、その事実もうまく呑み込めない状態のままに、父親の親友だった「天崎」のおじさんとおばさんに引き取られた。

5つ年上の「海生」と同い年の「陸人」。

もともと幼馴染だった私達は、その時から「兄妹」になった。

引き取られた天崎家は、わりと大きな神社で、私は少しでも恩返しができれば…と、巫女として手伝っている。


床に置いた神楽鈴に足がぶつかって、しゃなりと弱い音を鳴った。


ーーお母さんもここで舞ってたんだっけな…


ふっと舞殿の中におぼろげな白い影を見る。

その記憶の残滓に、あえて感じないようにしてきたものの一つが湧き上がりそうになって、慌てて私は一気に缶を傾ける。甘いミルクティーがそれをまた私の胸奥深くに押し戻してくれる。

「ね、義兄さん。もう1回。もう1回だけ練習させて! もう奉納祭近いし! ね??」

下から義兄に顔を覗き込むと、
小さな嘆息と共に

「ああ、あと1回だけな」

と、頷いてくれた。

私はもう一度構えて、動き始める。

——舞う。

音が消え始める。

——舞う。

そうすると、私の中心から、何か温かさを伴った光が巡り始めるような気がする。

——舞う。

何かに導かれたように、濃い静寂に辿り着く……


どこからか、声が聞こえてくるような気がする。

「祈れ」

——何を?



脳裏に、街を歩く人たちの姿や友達や学校の風景が流れてくる。


「祈れ」

——何を?

育ててくれたおじさん、おばさん、義弟……
そして、朧気な本当の両親の顔が浮かび上がる。


ほんの少しだけ足が竦む。
身体の奥がちょっとだけ強ばって、光に影が差す。

「願え」
「そして、求めよ」

——何を?

私を見つめる義兄さんと目が合う。

どくりとお腹の底が疼いて、とろりと熱を孕んだ何かが溢れ出す。

その瞬間、全身から光が溢れて迸り、目の前が白くなる。

——意識が呑まれてく…でもひどく懐かしい空気を感じるのは……なぜ?

ーー義兄さんはどこ??

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