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第1章 世界樹の巫女と護衛
第1章 第5話 馴染みない温もりに
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「はぁ、疲れた…」
与えられた部屋のソファに、身体を投げ出すように背を預ける。丸みを帯びた面に、ずぶずぶと私は沈んでいった。
目が覚めたばかりなのに、とにかく色んなことがあった。
魔素とやらを義兄さんと交換して、意識が遠のいていった時。
何が起こっていたのか、自分が何をしたのか……よく分からないうちに、
「成功だね。」
レオニス殿下のこの一言で、金色の粒たちが強く瞬いて、はっと引き戻されるように、気付いたら終わっていた。
成功したという実感は何ひとつなかったのに。うまくいったらしい。
「じゃあ、明日からよろしくね。」
と、薔薇の微笑みを浮かべて優雅に、殿下はまた扉の向こうへと消えていった。
――本当に、現実にいた人なのかな?
ふと、そんな疑問が湧いてきた。
……けれど、代わりにわらわらと現れた侍女さんたちに、お風呂に入れられてさっぱりした頃には、「もうどうにでもなれ」という心境に陥っていた。
よく考える間もなく食事が出てきて、それを食べたら、今度は書類が出てきて。
また、説明を受けた。
事務官みたいな人の話では、この世界では文字にも魔素とやらが含まれていて、日本の名前だと書けても契約の反応が起きないらしい。
この世界ではすべてを魔素でやり取りしているから、それでは困るとのこと。
便宜的に、名前が“与えられた”のだという。
ラノベ的チートのおかげで、こちらの文字は読めたし書けたし、もちろん会話も問題なかった。
義兄さんはまた、事務官さんの隣で「生物構成」や「元素がどうのこうの」と話していたけど、もう本当に難しい話はキャパオーバー。
勘弁してもらって、淡々と“やらなきゃいけないこと”と“聞かなきゃいけないこと”だけに絞ってもらった。
「はぁ……」
もう一度ため息を吐く。
現実を確かめるように、鏡を見る。
そこには、やはり「リィナ」が映っていた。
銀色の髪。紫の瞳。まだ、見慣れない。
――ほんと、ちょっとうまくいった時のコスプレみたい。
ハロウィンの仮装の方がまだ笑えるよ……
銀糸を一筋、手に取って引っ張る。皮膚が攣れるような痛みがあるだけで、ずるっと取れたりはしない。
――これが、「今の私」か……
ふうっと、またソファに沈み込む。
顔の前で指を伸ばして、両手を広げる。
手のひらを合わせて、そっと指を折り曲げてみる。
自分で自分の手を繋ぐかのように。
「義兄さん……」
昼間、私たちは手を繋いだ。
――何年ぶりなんだろう。手なんか繋いだの。
魔素の温かさは、いつも義兄さんの隣にいる時に感じていた空気を、本物の“物質”にしたみたいだった。
まだ、身体の中にじんわりと義兄さんの温度が残ってる気がする。
胸の疼きが、甘く蘇る。
「カイゼル、かぁ……」
何度も周りの人にそう呼ばれているのを聞くと、なんだか心許ない。
アニメでも観ているような気持ちになる。義兄さんが画面越しの人みたいに思える。
「カイゼル」は、この世界では巫女の護衛。
「リィナ」は、この世界では世界樹の巫女。
そのために喚ばれ、名前を与えられた。
それは、日本での二人とは違う関係で、違う役割。
日本での私がいなかったみたいに、「リィナ様」と呼ばれるたび、返事が一歩遅れる。
ーー「カイゼル様」は、当たり前のように応えていたのにな……
突然押し付けられた名前や役割を、まだすんなりと受け入れることはできそうにない。
寝ぼけてるのか、あるいは、本当に自分が「里菜」だったのか不安になる。
あっちの世界の方が、実は夢だったんじゃないのかって。
「……慣れちゃうのかなあ」
外を見ると、
透き通るような水色の、大きな月のようなものが、暗闇に浮かんでいた。
少しずつ時間が経てば、慣れてしまうのだろう。
どんなに受け入れがたくて、拒んでも。
「義兄」と「妹」という関係にも、私はなんとか慣れたんだから。
「その前に帰れればいいんだけどなあ……戻りたいなあ」
居心地の悪さから、口をついて出た小さな言葉は、魔素に乗って、静かに消えていった。
与えられた部屋のソファに、身体を投げ出すように背を預ける。丸みを帯びた面に、ずぶずぶと私は沈んでいった。
目が覚めたばかりなのに、とにかく色んなことがあった。
魔素とやらを義兄さんと交換して、意識が遠のいていった時。
何が起こっていたのか、自分が何をしたのか……よく分からないうちに、
「成功だね。」
レオニス殿下のこの一言で、金色の粒たちが強く瞬いて、はっと引き戻されるように、気付いたら終わっていた。
成功したという実感は何ひとつなかったのに。うまくいったらしい。
「じゃあ、明日からよろしくね。」
と、薔薇の微笑みを浮かべて優雅に、殿下はまた扉の向こうへと消えていった。
――本当に、現実にいた人なのかな?
ふと、そんな疑問が湧いてきた。
……けれど、代わりにわらわらと現れた侍女さんたちに、お風呂に入れられてさっぱりした頃には、「もうどうにでもなれ」という心境に陥っていた。
よく考える間もなく食事が出てきて、それを食べたら、今度は書類が出てきて。
また、説明を受けた。
事務官みたいな人の話では、この世界では文字にも魔素とやらが含まれていて、日本の名前だと書けても契約の反応が起きないらしい。
この世界ではすべてを魔素でやり取りしているから、それでは困るとのこと。
便宜的に、名前が“与えられた”のだという。
ラノベ的チートのおかげで、こちらの文字は読めたし書けたし、もちろん会話も問題なかった。
義兄さんはまた、事務官さんの隣で「生物構成」や「元素がどうのこうの」と話していたけど、もう本当に難しい話はキャパオーバー。
勘弁してもらって、淡々と“やらなきゃいけないこと”と“聞かなきゃいけないこと”だけに絞ってもらった。
「はぁ……」
もう一度ため息を吐く。
現実を確かめるように、鏡を見る。
そこには、やはり「リィナ」が映っていた。
銀色の髪。紫の瞳。まだ、見慣れない。
――ほんと、ちょっとうまくいった時のコスプレみたい。
ハロウィンの仮装の方がまだ笑えるよ……
銀糸を一筋、手に取って引っ張る。皮膚が攣れるような痛みがあるだけで、ずるっと取れたりはしない。
――これが、「今の私」か……
ふうっと、またソファに沈み込む。
顔の前で指を伸ばして、両手を広げる。
手のひらを合わせて、そっと指を折り曲げてみる。
自分で自分の手を繋ぐかのように。
「義兄さん……」
昼間、私たちは手を繋いだ。
――何年ぶりなんだろう。手なんか繋いだの。
魔素の温かさは、いつも義兄さんの隣にいる時に感じていた空気を、本物の“物質”にしたみたいだった。
まだ、身体の中にじんわりと義兄さんの温度が残ってる気がする。
胸の疼きが、甘く蘇る。
「カイゼル、かぁ……」
何度も周りの人にそう呼ばれているのを聞くと、なんだか心許ない。
アニメでも観ているような気持ちになる。義兄さんが画面越しの人みたいに思える。
「カイゼル」は、この世界では巫女の護衛。
「リィナ」は、この世界では世界樹の巫女。
そのために喚ばれ、名前を与えられた。
それは、日本での二人とは違う関係で、違う役割。
日本での私がいなかったみたいに、「リィナ様」と呼ばれるたび、返事が一歩遅れる。
ーー「カイゼル様」は、当たり前のように応えていたのにな……
突然押し付けられた名前や役割を、まだすんなりと受け入れることはできそうにない。
寝ぼけてるのか、あるいは、本当に自分が「里菜」だったのか不安になる。
あっちの世界の方が、実は夢だったんじゃないのかって。
「……慣れちゃうのかなあ」
外を見ると、
透き通るような水色の、大きな月のようなものが、暗闇に浮かんでいた。
少しずつ時間が経てば、慣れてしまうのだろう。
どんなに受け入れがたくて、拒んでも。
「義兄」と「妹」という関係にも、私はなんとか慣れたんだから。
「その前に帰れればいいんだけどなあ……戻りたいなあ」
居心地の悪さから、口をついて出た小さな言葉は、魔素に乗って、静かに消えていった。
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