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第3章 静かに開く距離
第3章 第6話 やり直し
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ボートが湖面の上を滑るように走り出し、小さな波紋が湖全体に広がる。
義兄さんがオールを捌いて、水を掻き分けていく音だけが聞こえてくる。
湖の周りは鬱蒼とした木々に囲まれ、湖面には緑の濃淡が影を落としている。木々の隙間から差し込む光が、湖の底までを照らしていた。
そして、その光の合間を淡い光の魔素が蛍火のように漂っている。
湖は森の影に呑まれるようにずっと奥まで続いているようだった。
「綺麗…」
光の加減で青や緑を映し出す湖面にしばらく魅入ってしまった。
「リィナ…すまなかった」
漕ぐ手を止めて、義兄さんが目を伏せながら、唐突に謝った。
波の名残で木の葉のようにボートが揺らめいている。
「世界樹の影響の実態が知りたくてな。それを調査する仕事に加わっていて、外での災害の復興や…ついでに…魔獣の…駆除を行っていた。」
「魔獣の駆除」の所だけさらに伏し目がちで小声になる様子に、思わずくすりと口元が緩む。
そんな些細なことで、ここ数日の憂いが晴れていく自分に、ちょっとだけ呆れてしまう。
「そうだったんだ…ちょっと…帰りたいなんてわがまま言っちゃった後から、急に会えなくなったから…気になって…」
青い魔素が遠慮がちに、でもふわりと優しく、私の周りを囲んだ。
「お前はわがままを言ったことなんかない。今回はたまたま入っていた仕事のタイミングが悪かっただけだ。先に言ってなかった俺が悪い。それで昨日シエナ副隊長がお前の様子をだいぶ気にしていた…から…な」
珍しく歯切れ悪く、しかもいつもよりも口数多く話す義兄さんの姿に、ほっと胸を撫で下ろす。
ーー自分も心配してたってことは、照れちゃって言えないんだね…
義兄さんの目尻がほんのりと少し赤く染まっている。これは照れている時の癖だ。
義兄さんは言葉も少なくて、表情も動かないから…
いつの間にか、私はちょっとした変化で義兄さんの気持ちが読めるようになってしまった。
眦に滲んでいる薄い赤を見て、ここ数日の胸を巣食っていた『寂しい』が湖面に流れて出て、沈んでいった。
ーー良かった…とりあえず、今は呆れられてる訳じゃないみたい。
最後に残っていた不安の一欠片を、ふぅっと吐き出して、私は笑みを浮かべる。
「それで今日はここで待っててくれたの?」
「ああ、訓練所に行って話そうとしたら、ここに向かってると…聞いたからな。」
青い魔素が私の周りを、遠慮がちに離れたり近づいたりと、不規則に動き回る。
「ありがとう。」
ーー自然と笑えてる。良かった。
「…当然だ。」
このぶっきらぼうだけど、優しい感じは、もういつもの義兄さんだった。
ーーそうこれがいつもの私達…それでいい。
たとえ、この数日の不在の理由が他にあったとしても、
義兄さんの胸の内は全く別のことで満たされていたとしても、私達の距離はこれでいい。
これが「日常」なのだから。
もう一度、空気を吸い込めば、古木の樹皮の埃っぽい匂いと苔の湿った匂いがする。
それは、義兄さんのうちの神社裏を彷彿とさせた。
どこか厳かで神聖な気持ちになってくる。
木々の隙間を差し込む天使の梯子はどこの世界でも同じだった。
ーーやり直そっか…な。
ふっとそんな事を思いつき、勢いのままに口に出す。
「ねえ、義兄さん。護衛契約、やり直そ?なんか、仕切り直ししたくなっちゃった…」
義兄さんの前に両手を出すと、少し躊躇うように森の奥へと…視線を一度彷徨わせて、義兄さんはそっと私の手を包みこんだ。
「ごめんね…こっち来てから、私なんかおかしくて…」
言い訳がましく喋ろうとすると…もう何も言うなとばかりにゆっくりと義兄さんの魔素が流れ込んできて私の魔素とまた混じり合う。
そして、私の身体の中で溶け合う。
ーー言えないなあ。義兄さんに会えなくなってから…この温もりが抜けていって…それがどうしようもなく寂しかったなんて…言えない、な
光の粒が漂い、差し込む陽の光の中を青い蝶が2匹、番うように螺旋を描いて、飛んでいく。
湖面に青い魔素と紫の魔素が混じり合うように沈んでいくのが見えた。
静謐な森の奥で私達は、今、ただ二人だけ。
湖の底に紫をひそませた青い光が音もなく広がっていく。
義兄さんがオールを捌いて、水を掻き分けていく音だけが聞こえてくる。
湖の周りは鬱蒼とした木々に囲まれ、湖面には緑の濃淡が影を落としている。木々の隙間から差し込む光が、湖の底までを照らしていた。
そして、その光の合間を淡い光の魔素が蛍火のように漂っている。
湖は森の影に呑まれるようにずっと奥まで続いているようだった。
「綺麗…」
光の加減で青や緑を映し出す湖面にしばらく魅入ってしまった。
「リィナ…すまなかった」
漕ぐ手を止めて、義兄さんが目を伏せながら、唐突に謝った。
波の名残で木の葉のようにボートが揺らめいている。
「世界樹の影響の実態が知りたくてな。それを調査する仕事に加わっていて、外での災害の復興や…ついでに…魔獣の…駆除を行っていた。」
「魔獣の駆除」の所だけさらに伏し目がちで小声になる様子に、思わずくすりと口元が緩む。
そんな些細なことで、ここ数日の憂いが晴れていく自分に、ちょっとだけ呆れてしまう。
「そうだったんだ…ちょっと…帰りたいなんてわがまま言っちゃった後から、急に会えなくなったから…気になって…」
青い魔素が遠慮がちに、でもふわりと優しく、私の周りを囲んだ。
「お前はわがままを言ったことなんかない。今回はたまたま入っていた仕事のタイミングが悪かっただけだ。先に言ってなかった俺が悪い。それで昨日シエナ副隊長がお前の様子をだいぶ気にしていた…から…な」
珍しく歯切れ悪く、しかもいつもよりも口数多く話す義兄さんの姿に、ほっと胸を撫で下ろす。
ーー自分も心配してたってことは、照れちゃって言えないんだね…
義兄さんの目尻がほんのりと少し赤く染まっている。これは照れている時の癖だ。
義兄さんは言葉も少なくて、表情も動かないから…
いつの間にか、私はちょっとした変化で義兄さんの気持ちが読めるようになってしまった。
眦に滲んでいる薄い赤を見て、ここ数日の胸を巣食っていた『寂しい』が湖面に流れて出て、沈んでいった。
ーー良かった…とりあえず、今は呆れられてる訳じゃないみたい。
最後に残っていた不安の一欠片を、ふぅっと吐き出して、私は笑みを浮かべる。
「それで今日はここで待っててくれたの?」
「ああ、訓練所に行って話そうとしたら、ここに向かってると…聞いたからな。」
青い魔素が私の周りを、遠慮がちに離れたり近づいたりと、不規則に動き回る。
「ありがとう。」
ーー自然と笑えてる。良かった。
「…当然だ。」
このぶっきらぼうだけど、優しい感じは、もういつもの義兄さんだった。
ーーそうこれがいつもの私達…それでいい。
たとえ、この数日の不在の理由が他にあったとしても、
義兄さんの胸の内は全く別のことで満たされていたとしても、私達の距離はこれでいい。
これが「日常」なのだから。
もう一度、空気を吸い込めば、古木の樹皮の埃っぽい匂いと苔の湿った匂いがする。
それは、義兄さんのうちの神社裏を彷彿とさせた。
どこか厳かで神聖な気持ちになってくる。
木々の隙間を差し込む天使の梯子はどこの世界でも同じだった。
ーーやり直そっか…な。
ふっとそんな事を思いつき、勢いのままに口に出す。
「ねえ、義兄さん。護衛契約、やり直そ?なんか、仕切り直ししたくなっちゃった…」
義兄さんの前に両手を出すと、少し躊躇うように森の奥へと…視線を一度彷徨わせて、義兄さんはそっと私の手を包みこんだ。
「ごめんね…こっち来てから、私なんかおかしくて…」
言い訳がましく喋ろうとすると…もう何も言うなとばかりにゆっくりと義兄さんの魔素が流れ込んできて私の魔素とまた混じり合う。
そして、私の身体の中で溶け合う。
ーー言えないなあ。義兄さんに会えなくなってから…この温もりが抜けていって…それがどうしようもなく寂しかったなんて…言えない、な
光の粒が漂い、差し込む陽の光の中を青い蝶が2匹、番うように螺旋を描いて、飛んでいく。
湖面に青い魔素と紫の魔素が混じり合うように沈んでいくのが見えた。
静謐な森の奥で私達は、今、ただ二人だけ。
湖の底に紫をひそませた青い光が音もなく広がっていく。
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