世界は、君を愛したくて創られた

六紫

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第3章 静かに開く距離

第3章 第7話 なけなしの決意(Sideカイゼル)

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sideカイゼル

繋がれた手の指先から、初めて体温ではないとろりとした温かな物が流れ込んできた。

ーーリィナの魔素だ、な。

それはとろとろと甘く、皮膚奥を蕩かすように全身に広がり、芯まで痺れて動けなくなるような感覚を齎す。

まるで毒に蝕まれていくようでもあるが、その酩酊に自分から身を委ねたくなる。

リィナを見やると、頬を薄っすらと赤く染めて…その瞳は扇情的に潤んでいた。

ーーこれはまずいな…

自らの火照りを覚まさせようと、湖面に視線を落とすと青と紫の魔素が、絡み合いながら沈んでいくのが見えた。

その様子にまた仄暗い喜びが湧き上がる。

ーーもうこのまま、ここで二人だけで生きていくのもいいんじゃないのか?

僅かばかり残ってる良心までもが、俺の願望を赦そうとする。
そして、それでもいいか、と…頷いてしまいそうだ。

「ああ、やっぱり義兄さんとの契約が一番ほっとする。慣れてるし。」

俺の動揺をよそに屈託なくリィナが笑う。あまりに無邪気な様子に、ほんの少しだけ罪悪感を覚えて、繋ぐ手に力が籠もる。

ーー自分の魔素が流れ込んでいることに気付いていないのか?それに…引っかかることを言ったな…

「一番とは…?他にも誰かと契約をしたのか?」

警戒からやけに声が低くなり、湖面の上を滑っていく。バサバサと鳥の羽ばたく音が響いた。

「義兄さんが来れなかった…10日間くらいだった?他の人とも相性を見ろってレオニス殿下に言われて…」

くそっ、あいつめ…舌打ちが漏れそうになる。

「誰とだ?俺の他に…誰と…」

鳥たちが一斉飛び立って、木々を不穏にざわめかせる。水面の合間に黒い揺らめきがちらりちらりと広がり始めた。

「シエナさんと…レオニス殿下と…クロードさん??あとは他の人何人かと…」

思わずぐっと俺の手に力が入り、痛さからかリィナの顔がしかんだ。それを目にした反動で繋いだ手を離してしまう。

急に手を離した俺を、怒ったと心配したのか、焦った様子でリィナが次々と言葉を継ぐ。

「でも、なんか皆ね、義兄さんほどしっくり来なかったよ…まあ…レオニス殿下とかクロードさんが、その中でなんとかなりそうな感じではあったけど…」

底を見せない金色の瞳が脳裏に過る。

一国を統べるに相応しい風格を持つ金の方は、最初はお前しかいないんだとばかりに「儀式の護衛」の重要性を俺に説いて、護衛隊長に祭り上げた。

そして、使えないかもしれないと判断すると、今度は揺さぶりにかけてくる。

ーー替えがきくのは本当だったようだな。

湖底に淀み始めた黒い蠢きが、ボートを静かに揺らし始める。

リィナは少し不安そうに水面を見つめているが…俺は…リィナを宥めることもできずに思索にふける。

ーー護衛契約の本来のやり方は手を繋ぐだけじゃない。

俺はすでにそれに気付いている。

奴の狙いには、
ーーそれはもう嫌というほど分かっている。

俺たちへの関与が単なる転移者への情によるものだけではないということも。

どす黒い思考を巡らせる俺をよそに、
湖面に金色の光が幾筋も差し込んできた。

彼の方は、儀式を確実に成功させたい。

それはそうだろう…この世界の存続がかかっている。

そして、その思惑は俺にとってはどうしようもなく甘美な誘いには、違いない。

俺の願望も、執着も、葛藤も、嫉妬も、全て見通して、仕掛けてきたか。
昨日のあれも…今日のこの時間も…全てはそのためだ。

「わあ、義兄さん見て。天使の梯子がいっぱいできてる。わあ、魔素もキラキラしてる。」

無垢な光の中、感嘆の声をあげてリィナ喜んでいるが、返事もできずにその姿を眺める。

ーー堕ちる訳にはいかない。

ーー俺は俺の欲望に堕ちてはならない。

ーー俺達は帰らなければならない。


…里菜がそう望むから。


そして…帰ったら、俺達はまた「兄妹」に戻らなければならないのだ。

「巫女」と「護衛」。

ここだけの夢の世界の話だ。
俺達の「日常」はここにはない。

契約については違う方法を探さなければならない。



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