世界は、君を愛したくて創られた

六紫

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第4章 発露する過去への想いと融解

第4章 第4話 許し

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私の返事を聞き届けると、ミレイ様はにっこり笑って、今度は部屋の入り口に向かって話しかけた。


「カイゼル様、お入りくださいませ。ーー先ほどから、あなた様の青い魔素が扉の下から漏れてきておりますの。」


ミレイ様の呼びかけにカチャリと遠慮がちに扉が開いて、義兄さんが部屋の中に入ってくる。


「失礼。」


青い光は一直線に私に向かって来たけれど、

義兄さんは扉のすぐ内側に佇んで、そこから動かない。


ーーどうしたの?


「リィナ様とのお話が済んだら、お呼びするとお伝えしておりましたのに、待ちきれなかったのですね。」



微笑ましそうに私達を見て、ミレイ様は義兄さんと入れ替わるように部屋を出ていこうとした。


「カイゼル様。あなた様はもう少しお心の内をリィナ様にお伝え下さいませね」


と、緑の魔素で義兄さんの背を押して、ドアの向こうへと消えていった。


緑の光が薄い布が風をはらんで舞うように、私達の間を漂って、空気にほどけていった。


残された光の粒子が全部消えるまで、私達は話し出すことができなかった。


「暗いな」


義兄さんがそう言って、ランプに向かって手をかざし、部屋に橙の明かりを灯す。


お互いの顔がはっきりと浮かびあがり、視線が絡み合う。


義兄さんがゆっくりと私の足元に腰をかけた。


手を伸ばせば触れられる…けれど互いに手を伸ばしたことはない。そんな距離を向こうではずっと保ってきた。


「義兄さんは…私のことが迷惑じゃない?」


顔はまともに見られない。


そっと白い掛け布の上を視線を走らせれば、膝の上で固く握られた…無骨で節が立った両手が見えた。


義兄さんがほんの少し身動ぎする。


部屋を満たしていた静謐で清楚な香りに、一筋の清涼さが漂った。


「リィナ。いや…里菜。」


こちらを見ろと…言葉にはしないけれど、義兄さんが私に言いたいのが分かる。


私は今度は静かに、握られた両手から腕…首元へと視線を歩ませて…義兄さんの青い凪に辿り着いた。


「俺はお前を迷惑だと思ったことはない。…わがままだともな。」


青い瞳は深く澄んでいて、それが嘘ではないと、また言外に告げてくる。


けれど、長くこびりついた罪悪感はそう簡単には消えてくれない。


きゅっと手元のシーツを掴んだ。…息が少しだけ苦しい。


「でも、義兄さんは…責任感が強いし、優しいから、ねえ、本当のとこはどう、なの?ちゃんと言って…」


「里菜。」


義兄さんの青い魔素が私を包み込み始めた。


こんなに目の前にいる義兄さんが青く霞始める。昼間とは違う柔らかな光は、ほんのりと体温を上げていく。


「お前が言う迷惑とはなんだ?この間帰りたいと言ったことか?それともここに来てしまったことか?俺が巫女の護衛になったことか?」


躊躇うような間の後に、確信を得られない惑いが続いた。


「ーー発作のことなのか?」


「…全部。全部だよ。私がいること自体…」


さらにぎゅっと両手でシーツを握って、唇を噛む。


ーーきっと義兄さんは違うって言う…分かってる。でも…


『私は私を、許せない。許せたことは、ない。』


握りしめた私の拳に、義兄さんの手のひらが被さる。

直に伝わる温もり…青く流れ込む優しさ…それをこれ以上受け入れていいのか…迷っては流れ込むままにする。


「里菜、俺はあの時お前を一人にしないと約束した…。だから、俺がここにいるのは巻き込まれたのではなく…自分の意志でついてきたのだと思っている。帰りたいとお前が思うのは当たり前だ。こんなに急な環境の変化だからな。」


青い光の粒が二人の周りを飛び始めたのが見えた。


清涼なはずのミントの香りが熱っぽく、胸の奥を刺激する。


「護衛になったのは、帰れなかった場合のことも考えて、だ。ここで暮らすには何かと都合がいいから、それも俺が選んだことだ。」


「どうして?私は、義兄さんに何もしてあげられて、ない、よ…」


「いや…それは違う。」


そっと私から目を離して、義兄さんはぼんやり部屋の中を漂う魔素を見ている。


次の言葉を探すかのようにも、自分の記憶の中を探るかのようにも見える。


「俺は自分をとても不器用な人間だと思ってる。一度決めたことはなかなか変えられないし、やり切るまではやめられない。周りが期待することにも恐らく…必要以上に応えようともしてしまうし、な…」


どこか遠い所を見ながら話す義兄さんをただ黙って待つ。


「だから…よく…自分が何を感じてるのか…分からなくなる時がある。」


義兄さんが私を見つめて、目を細める。私の中に何か懐かしい思い出を拾い集めるかのように。


「お前が…俺を困らせようと悪戯をしたり、笑わせようとじゃれついたり、一緒にいたいと外に連れ出そうとするたびに、何か色んな感情が刺激されて、自分を取り戻しているような…そんな気になっていた。」


ーーああ、ずるい…この人はずるい人だ…


私の中で、鍵をかけて押し込めていたものガタガタと扉を押し開こうとしてる。


ーーどうしていつも、私をそのままに受け入れてしまうんだろう…


「お前の発作を落ち着かせようとするのも…お前に何かしたいと思うことも、俺が人間らしい感情を持っていると感じられることの一つに過ぎない…」


義兄さんはそっと私の肩を抱き寄せて、コツンと額を合わせた。


「そのお前の言うわがままや迷惑が、

俺には救いだったと…そう言えば分かるか?里菜。」


小さな子供に言い聞かせるように話す義兄さんの、瞳の奥の青い青い凪から、目が離せない。


ーーそんなに簡単に全てを許さないで。


義兄さんの青い光と私の紫の光が2人の間を揺らめいて混ざり合う。


そして、その青紫の空気は毒をも孕んだ甘い香りを放っているようだ。


さらに義兄さんのミントのような匂いと混ざって、吸い込むと目眩がして、扉の鍵を溶かしてしまう。


ここの空気は日本よりもずっと濃密で、私の理性も浮かされていく。


そして、私もその甘さに揺蕩って、二人の距離は変わっていく。


ーー私はこれから何を望むの?


肩にかけられた腕に、そっと手をかける。

紫の光を纏わせながら。


全身が甘やかな火照りに包まれる。

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