COLD LIGHT ~七美と愉快なカプセル探偵たち~

つも谷たく樹

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第八章 COLD LIGHT

 エピローグ

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 深夜三時過ぎ。坂之上アーケード地下街にあるトンコツ専門店『ラーメン道場どうじょう』にて――。

「大木場。キスはしてもらった?」
「いえ、まだっす」
「まだもなにも隊長が勝手に言われたことでして――」

 高橋のおかげもあり、簡単な事情聴取だけで返してもらった隊員たちは、明け方までやっているラーメン屋へと集結をしている。
 おのおの酒を片手に持ち、ちょっとした打ち上げとなっていた。

「それで七美。どこで奥さんが共犯だと気づいたのだ?」

 水溜はおいしそうにハイボールをあおる。
 その隣では、かわいらしい青年が、汗を垂らしながら激辛マーボー丼を頬張っていた。

「店の看板って、自分の人生みたいなものじゃない。たとえ義父とはいえ、それを奪われたら恨むんじゃないかな? って思ったの」

 七美の祖父は百貨店グループの創始者。だが地方であるがゆえ、過去に何度も買収されかけた経緯けいいもあり、このたび井関と共犯だった麦仲あゆみとは、似たような境遇でもあった。

「隊長、質問っす。どうして井関は、麦仲あゆみの存在を知ったんすかね?」
「それは、おそらくね――」

 殺人をおこなうにあたり、対象者の行動パターンを調べるのは自明じめいのはず。
 井関は麦仲の動向をうかがっている最中さなか、同じように、その背後を追う怪しい女性を見つけ、交渉したと推測していた。

「きっと井関は、『俺は麦仲を殺すから、おまえは平良を殺してくれ』そう言って、麦仲あゆみにも交換殺人を持ち掛けたのよ――」

 井関の妻である幹恵は平良が手をくだし、さらにあゆみには、その平良を殺害させる。
 これにより預かった保証金も手に入れることができるうえ、動機さえもわからない、完全犯罪が成立するはずだったと述べた。

「私からもいいですか。どうして井関さんの家に遺体があるとわかったのですか?」

 三倉はラーメンにニンニクを盛り、尋ねてくる。
『キスなんてしない。絶対にしない』そんな決意が感じられるくらいの量だった。

「それに関しては、井関が白状するまで不確定だったの。ただ彼が家を売るのに反対したのは、それなりの理由があるはずでしょ――」
 
 自身の手で孝蔵を殺しておきながら、平良の家を訪ねていたのは、いつか下りるであろう、生命保険を狙っていたと述べた。

「さすがでございます隊長。まことに感服いたしました」
「夫婦仲は破綻はたんしていたらしいから、奥さんに事実を伝えるのは無理だったのでしょうね」

 七美はビールをおかわりすると、無料サービスの味海苔を小皿に乗せた。

「どうして井関は平良の旦那を殺したんすか? たしか相撲部屋の親方に紹介した恩師ですよね」

 鼻にティッシュを詰めた大木場が手を上げる。
 チラチラと三倉の横顔を盗み見しながら。

「平良孝蔵の借金は、井関を部屋に入門させるためじゃないのかな? ほら、運用費のほかにも、いろいろとかかるじゃない。それをご主人が取り立てたからトラブルになった可能性があるよね」
「すべての元凶は井関だったわけですか……」

 三倉は呆れたような顔で、ザーサイを小皿に取り分ける。
 大木場の分だけ、ちょっぴり多くしていたので、キスまではいかずとも感謝している模様だった。

「あとは知ーらない。だいたい、あたしたちは警備隊よ。なーんでこんなことまでしなきゃならないのよ」

 ひと息でビールを飲み干すと、入れてもらったザーサイを爪楊枝で刺す。
 誰からも質問がなくなったので、これからが七美のゴールデンタイムだった。

「あっ、そうだ、ぼくちゃん。じゃなく青年くん。すっかり聞くのを忘れていたのだけど、お名前はなんていうの?」

 周囲と混じり、たのしそうに中華スープを飲んでいた美青年の顔が曇る。
 どこか、かなしげな目で七美を見ると、黒く、長い睫毛まつげをかすかに震わせた。

「ぼくは……ぼくの名前は豪徳寺ごうとくじアンヌと申します……」

 飲みかけのスープをテーブルに置き、青年は左右に体を揺らしはじめる。
 なんとなく居心地が悪そうにも感じ、七美は小首を傾げた。

「ふーん。駅名みたいな名前ね……ん?」

 脳裏を掠めたのは、親が勧めた見合い相手。
 だがそれは政略結婚に違いなく、裏路地の洋食店で働いているわけがない。
 七美は豪徳寺へと笑いかけ、中央にあるサラダへと箸を伸ばした。

「あたしの知っている豪徳寺って、小田急線の駅か、あのいろんな企業を傘下に治めている、豪徳寺ホールディングスかなー、アハハ」
「はい。豪徳寺ホールディングスは祖父の代から引き継がれる複合企業コングロマリットです……」

 その言葉を聞いた隊員たちは、いっせいに色めきたつ。
 つい反射的に警護のフォーメーションを取り、このやんごとなき身分の青年を外敵から守ろうとした。

「あの、でも、ぼくちゃん。――じゃなく豪徳寺さん。なんで、あそこで店員をしているの?」
「はい……。じつはぼく、同じ実業家の御令嬢と縁組みをされていて、一年前に逃げてきました……」
「――なんだと」

 サラダを持ったまま、立ち上がりそうになる七美。
 この眼前に座るうつくしい青年こそ、親同士が結婚を画策していた相手かも知れなかった。

「その女性は、ぼくよりも六つほど歳が上でして、同じように家から出ていったらしいです」

 聞けば聞くほど合致をしていく。
 それでも七美は念のため、相手の名前を尋ねてみた。

「たしか……SAKASIHMAさかしまグループ総裁の孫娘、坂島久恵さかしまひさえさんと言われる方です」

 守備の態勢を取っていた隊員たちは、一様いちように七美へとふり返る。
 芸名、七美七美。本名、坂島久恵だったから。

「あの……豪徳寺さん……。その相手の釣書つりしょは……見たの?」
「まさか、見たあとに断れば失礼なので、まったく開いていません」
「じゃあ、なにか事前に聞いていない? ほら、たとえば俳優をやっていたとか」
「ぼくは帰国子女なので、その辺についてはなにも知りません。――あっ、でも便秘のCMに出ていたと聞きました」
「――おい」

 訂正したいが、もはやどっちでもいい。
 この尋常ならざる空気を察してくれたのか、隊員たちはフォーメーションをき、料理を平らげるのに専念し始めた。

「どうかされましたか? 七美さん。お顔の色がすぐれませんよ」
「いや、なんでもない……」

 ほかに客のいない、深夜のラーメン店。
 目の前の醤油豚骨を見つめ、七美は物想ものおもいいにふける。

 水橋の姫は、その名の通り、橋を守護する神様としてもまつられているが、一方では鬼女きじょとして怖れられている。
 
 人間、誰しも愛して恋して、たけり狂い、常識と呼ばれる範疇はんちゅうを逸脱してしまう時期はあるだろう。
 しかしその、いっときだけの心の乱れだけを捉えられ、後世まで語られるのは、あまりにも不憫ふびんであり、合点がいかなかった。

「水橋の姫か……なんだか彼女もかわいそうね」

 あの御神木で儀式をしていたひとたちも、いずれ仏のような心境で、鬼となり、醜く変わり果てていた我が身をふり返るであろう。
 七美は小気味よく麺を啜ると、隊員たちを見回した。

「それじゃ、ラーメン食べたらいったん解散ね。次は区長の選挙演説の護衛があるから、昼前には事務所でミーティングよーん」

 店へと配達をされたスポーツ新聞には『梅雨明け』の文字が見える。
 雨の日が少なくなるのは残念だが、次はたのしい夏が待っている。
 お盆になれば京都へと赴き、橋姫の神社で手を合わせてこようと考えた。


 了



 参考文献 参考資料

『能面の見かた 日本伝統の名品がひと目でわかる』 
 宇高通成監修、小林真理編著 誠文堂新光社
 2017年1月12日発行

『民俗文化・通巻108号・大津市田上地方の婚姻習俗』
 田村博 滋賀民俗学会 1972年9月――

『まるごとぜんぶ豊橋の本』
  ぴあ中部 2022年2月17日

『平家物語』より「剣巻」 作者年代不詳
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