9 / 12
第1章【派遣社員の壁とシトラスの予感】
01-09 軽薄なチャットと剥き出しの保身
しおりを挟む
どん底の気分のまま仕事は続く。
パソコンから「ピコン」という通知音が鳴った。
高山さんからの、絵文字つきキラキラチャットだ。
『三井さーん、1時からの会議資料、23部コピーお願い♫ ランチ予約あるから先、失礼するね♡』
さらに追撃がくる。
『やっぱりホチキス留めまでやっといて🙏 どうでもいい仕事に時間割けないんだよね。三井さんの練習にもなるし、よろしく』
(……どうでもいい仕事、か)
こんな時、無意識のうちに見下されていることを痛感する。
それでも、どんな仕事にも「どうでもいい」なんてない。
私はチャットの画面をドラッグし、いつものように『業務記録』へ指示内容をコピーした。
(「どうでもいい仕事」と吐き捨てられた。けど、今の私にはこうした雑用の一つひとつを完璧にこなしてみせること以外に、自分を認めさせる道はないんだ)
コピーしたチャットのスクリーンショットに続けて、指示された時間と内容も入力する。
(今度は絶対にヘマなんてしない!)
その時、背後を誰かが通り過ぎる気配がしたので振り返る。
資料を片手に歩いていく宇佐美さんの後ろ姿。
午前中の失敗があったばかりで、一瞬、呼吸が止まった。
(……あ、今の画面見られたかな)
誰にも知られたくない私だけの『業務記録』
私は慌てて画面を閉じ、コピー機へと向かった。
***
積み上がる資料。
ホチキスを打つ乾いた音。
時間は容赦なく過ぎていく。
(お昼ご飯、今日も無理かな……)
焦りで喉の奥がぎゅっと締まり、呼吸の仕方を忘れそうになったその時、横から不意に大きな手が伸びてきた。
「残りは俺が引き受ける。三井さんは、まだ昼が済んでいないだろう」
「いえ、頼まれたのは私ですから」
「何部だ?」
「……高山さんからは、23部と指示をいただいています」
「俺も出席者だ。読み込むついでに俺がやる。……君の集中力の欠如は、ミスの再発というリスクを招く。さっさと胃に何か入れてこい。これはリスクヘッジのための業務命令だ」
強引だけど、私を気遣ってくれているのがわかった。
低く、けれどこちらの躊躇を力づくでねじ伏せるような響き。
「ありがとうございます。急いで戻ります!」
その温かさに背中を押され、私は走り出した。
***
10分後。
大急ぎで戻ってくると、そこには完璧に整えられた23部の資料が並んでいた。
「宇佐美さん、ありがとうございました!」
「ちゃんと食べられたか?」
「はい、過去一の早さで完食してきましたっ!」
子供じみた表現だったと気がついて、急に照れくさくなった。
その瞬間、宇佐美さんが見たこともないほど戸惑った顔をして、不自然に視線をそらした。
「……後は配布するだけだから」
資料を渡す指先が、わずかに触れそうになる。
彼の騒がしい鼓動が聞こえた気がしたのは……きっと、私の自意識過剰だ。
***
午後1時。
会議室から男性社員が怒鳴りながら飛び出してきた。
「高山さん! 資料、25部って伝えたのに足りないんだけど!?」
フロアに沈黙が走る。
依頼主の高山さんは、一瞬私を鋭く睨みつけた後、深々と頭を下げて謝罪した。
「……申し訳ありません、急いで用意します」
「勘弁してよ、高山さん。もう新人じゃないんだからさ」
男性社員が舌打ちして会議室に戻ると同時に、高山さんの顔から余裕が消え失せる。
獲物を追い詰めるような鋭い足取りで私に詰め寄ると、いつもの甘ったるいトーンをかなぐり捨てた、耳を刺すような金切り声がフロアの静寂を引き裂いた。
「私、25部って伝えたよね!? なんで確認しないの? 派遣だからって適当にやってるわけ?」
背後で佐藤さんが「見捨てた」ことを正当化するかのように失望を瞳に浮かべていた。
「三井さん。これじゃあ、もう私も助けてあげられないよ?」
――ああ、そうか。
この人たちは、私の「正社員になりたい」という弱みにつけ込んで、最後まで私を身代わりにするつもりなんだ。
怒鳴られるよりも、その一方的に切り捨てるような言葉に心が冷えていくような感覚を覚えた。
(そっか……この人たちは最初から私を守るつもりなんてなかったんだ――)
悲しみよりも先に、自分の抱いていた希望がどれほど滑稽だったかという事実に、ただ愕然とするしかなかった。
私がプライドを捨ててまで守ってきたのは、正社員になれるかもしれないという、その願いだけだった。
今、その唯一の願いが、この人たちの手によってゴミのように目の前で踏みにじられようとしているのだ。
パソコンから「ピコン」という通知音が鳴った。
高山さんからの、絵文字つきキラキラチャットだ。
『三井さーん、1時からの会議資料、23部コピーお願い♫ ランチ予約あるから先、失礼するね♡』
さらに追撃がくる。
『やっぱりホチキス留めまでやっといて🙏 どうでもいい仕事に時間割けないんだよね。三井さんの練習にもなるし、よろしく』
(……どうでもいい仕事、か)
こんな時、無意識のうちに見下されていることを痛感する。
それでも、どんな仕事にも「どうでもいい」なんてない。
私はチャットの画面をドラッグし、いつものように『業務記録』へ指示内容をコピーした。
(「どうでもいい仕事」と吐き捨てられた。けど、今の私にはこうした雑用の一つひとつを完璧にこなしてみせること以外に、自分を認めさせる道はないんだ)
コピーしたチャットのスクリーンショットに続けて、指示された時間と内容も入力する。
(今度は絶対にヘマなんてしない!)
その時、背後を誰かが通り過ぎる気配がしたので振り返る。
資料を片手に歩いていく宇佐美さんの後ろ姿。
午前中の失敗があったばかりで、一瞬、呼吸が止まった。
(……あ、今の画面見られたかな)
誰にも知られたくない私だけの『業務記録』
私は慌てて画面を閉じ、コピー機へと向かった。
***
積み上がる資料。
ホチキスを打つ乾いた音。
時間は容赦なく過ぎていく。
(お昼ご飯、今日も無理かな……)
焦りで喉の奥がぎゅっと締まり、呼吸の仕方を忘れそうになったその時、横から不意に大きな手が伸びてきた。
「残りは俺が引き受ける。三井さんは、まだ昼が済んでいないだろう」
「いえ、頼まれたのは私ですから」
「何部だ?」
「……高山さんからは、23部と指示をいただいています」
「俺も出席者だ。読み込むついでに俺がやる。……君の集中力の欠如は、ミスの再発というリスクを招く。さっさと胃に何か入れてこい。これはリスクヘッジのための業務命令だ」
強引だけど、私を気遣ってくれているのがわかった。
低く、けれどこちらの躊躇を力づくでねじ伏せるような響き。
「ありがとうございます。急いで戻ります!」
その温かさに背中を押され、私は走り出した。
***
10分後。
大急ぎで戻ってくると、そこには完璧に整えられた23部の資料が並んでいた。
「宇佐美さん、ありがとうございました!」
「ちゃんと食べられたか?」
「はい、過去一の早さで完食してきましたっ!」
子供じみた表現だったと気がついて、急に照れくさくなった。
その瞬間、宇佐美さんが見たこともないほど戸惑った顔をして、不自然に視線をそらした。
「……後は配布するだけだから」
資料を渡す指先が、わずかに触れそうになる。
彼の騒がしい鼓動が聞こえた気がしたのは……きっと、私の自意識過剰だ。
***
午後1時。
会議室から男性社員が怒鳴りながら飛び出してきた。
「高山さん! 資料、25部って伝えたのに足りないんだけど!?」
フロアに沈黙が走る。
依頼主の高山さんは、一瞬私を鋭く睨みつけた後、深々と頭を下げて謝罪した。
「……申し訳ありません、急いで用意します」
「勘弁してよ、高山さん。もう新人じゃないんだからさ」
男性社員が舌打ちして会議室に戻ると同時に、高山さんの顔から余裕が消え失せる。
獲物を追い詰めるような鋭い足取りで私に詰め寄ると、いつもの甘ったるいトーンをかなぐり捨てた、耳を刺すような金切り声がフロアの静寂を引き裂いた。
「私、25部って伝えたよね!? なんで確認しないの? 派遣だからって適当にやってるわけ?」
背後で佐藤さんが「見捨てた」ことを正当化するかのように失望を瞳に浮かべていた。
「三井さん。これじゃあ、もう私も助けてあげられないよ?」
――ああ、そうか。
この人たちは、私の「正社員になりたい」という弱みにつけ込んで、最後まで私を身代わりにするつもりなんだ。
怒鳴られるよりも、その一方的に切り捨てるような言葉に心が冷えていくような感覚を覚えた。
(そっか……この人たちは最初から私を守るつもりなんてなかったんだ――)
悲しみよりも先に、自分の抱いていた希望がどれほど滑稽だったかという事実に、ただ愕然とするしかなかった。
私がプライドを捨ててまで守ってきたのは、正社員になれるかもしれないという、その願いだけだった。
今、その唯一の願いが、この人たちの手によってゴミのように目の前で踏みにじられようとしているのだ。
0
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~
ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」
中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。
そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。
両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。
手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。
「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」
可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。
16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。
13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。
「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」
癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉
はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。
★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください
◆出会い編あらすじ
毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。
そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。
まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。
毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。
◆登場人物
佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動
天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味
お読みいただきありがとうございます!
★番外編はこちらに集約してます。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517
★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
ひとつの秩序
水瀬 葵
恋愛
ずっと好きだった職場の先輩が、恋人と同棲を始めた。
その日から、南莉子の日常は少しずつ噛み合わなくなっていく。
昔からの男友達・加瀬透真は、気づけばやたら距離が近くて、優しいのか、図々しいのか、よく分からない。
好きな人が二人いるわけじゃない。
ただ、先輩には彼女がいて、友達は友達の顔をしなくなっていく。
戻れると思っていた関係が、いつの間にか戻れなくなっている。
これは、仕事も恋もちゃんとやりたいのに、だいたい空回りしている大人たちの、少し不器用なラブコメディ。
【SS更新】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた(本編完結済)
ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」
三十二歳、独身同士。
幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。
付き合ってもないのに。
夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。
断る理由が、ない。
こうして、交際0日で結婚することが決まった。
「とりあえず同棲すっか」
軽いノリで決まってゆく未来。
ゆるっとだらっと流れていく物語。
※本編は全7話。
※本編完結後、ゆるいSS投稿予定。
※サイドストーリー(切なめ)投稿予定。
※スパダリは一人もいません笑
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる