切愛、あるいは独占 ~『不感症の神様』と呼ばれた42歳のエリート上司は、派遣の私にだけ42年分の「欲」と「愛」を溢れさせる~

結城ろか

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第2章【三日月が満ちるまで】

29♥オーバーフローした思考と、深紅の裏仕様 | 敬語の崩壊、脳内レンダ【宇佐美】

★★★
本作はR18ではありませんが、川口のデリカシー崩壊がクライマックスを迎え、それに伴う「三井さんの裏仕様」への高解像度すぎる妄想が含まれます。
川口に好き勝手言われて理性がオーバーフロー寸前の宇佐美を見守っていただける方は、そのままお進みください。
★★★


「いいですよね、宇佐美さんは。不感症の神様で、一人でも完結できる最強のスペックを持ってて」

川口は空になったジョッキの縁を未練がましく指でなぞった。

「でも、僕みたいなバグだらけの人間は違う。女の子っていう癒やしがないと、やってらんないんです!」

俺が冷ややかな視線を投げかけても、川口は止まらない。

「経理の田所さん、超スタイルいいっすよね。あと、人事の堀之内さん。学生時代はミスコンの常連だったとかで、ガチの美人!」
「社内恋愛が咎められない社風とはいえ、節度を持って行動しないと痛い目を見るぞ」
「えー、いいじゃないっすか! うちの会社、外に出会いを求める時間があるなら社内で見つけて定着率に貢献しろ……っていうのが暗黙の了解ですよ?」

川口は人差し指を立てて、さも名案であるかのように振ってみせた。

「深夜残業当たり前、土日返上でクライアントに尽くす僕たちにとって、社内恋愛はもはや生存戦略なんっすよ。あるいは最後に残された福利厚生、とかね」
「……極論だな」
「いやいや、宇佐美さんだってこの拘束時間で合コンなんて行く暇ないでしょ? 実際、田所さんも堀之内さんも、社内の熱い視線に晒されまくってるんですから」

気持ちの切り替えが早いのはさすがと言うべきか。
空のジョッキを片手にもう片方の手で顎をさすりながら、川口はどこか楽しげに続ける。
その瞳には下衆な好奇心と、どこか俺の反応を試すような鋭い光が入り混じっていた。

「ところで宇佐美さん。三井さんって、ぶっちゃけどう思います? あの子、普段はオドオドして小動物みたいじゃないっすか」

川口はそこで言葉を切ると、獲物を追い詰めるような笑みを浮かべて俺を覗き込んできた。

「でも僕の長年のデータによれば、ああいう隙のあるタイプに限ってプライベートのスイッチが入った瞬間に、とんでもない想定外の挙動を起こすタイプが多いんですよねー」

(……何?)

俺の思考回路が一瞬のスパークを起こした。

「例えばですよ? あの大人しそうなブラウスの下に、情熱的な深紅の総レースや、紐同然のTバックを隠し持ってるとか……」

川口は手元で怪しげな曲線を描き、さも目の前に実物があるかのように声を弾ませた。

「宇佐美さんは当然、あの子にふさわしい純白を期待するでしょ? なのに、いざホテルに突入したら、『実はこれ、彼専用の勝負仕様なんですっ』なんて潤んだ瞳で告白される。……どうっすか、この残酷なまでのギャップ!」

……下着。

耳の奥で、嫌な拍動が響いた。
頭の中で何度も想像した彼女は、常に一糸まとわぬ姿だった。
下着という「仕様」を介在させる余裕などなかったから、彼氏の存在を想起させるそんな中間プロセスのことなど、想像したことすらなかった。

「さらに妄想を加速させるとですね。やってる最中も、普段の丁寧な敬語が絶妙に壊れるのが最高だと思うんっすよ」

川口はねっとりと粘つくような視線を向けると、俺の顔色をうかがうように声を落とした。

「『……ねぇ、もっと強く、激しくして?』とか。消え入るような声で実況報告し始めちゃう、真面目ゆえの羞恥プレイ……! 想像しただけで、僕の理性がオーバーフローしそうです」

ドクン、と心臓が跳ねた。
そんな俺の心の動揺を知ってか知らずか、川口はさらに続ける。

「『あ、あの……今、私……気持ちよすぎて……イッちゃいました……』なんて涙目で言われたら、もう堪らんですわ」

脳内に俺が知らない三井さんの姿が、鮮明なカラーの高解像度な映像で勝手にレンダリングされ始める。
あの細い指がシーツを掴み、熱を帯びた瞳で俺を見上げる姿が。

(……やめろ。俺の脳のリソースを、そんな不確定なシミュレーションに割かせるな)

「あー、でも三井さんなら、終わった後も『あ、あの……お口に合いましたでしょうか?』とか、とんちんかんな接待みたいなこと言いそうっすよね。……ふふっ、可愛いな」

川口は幸せそうに目を細めて、独り言のように呟いた。

「……三井さんのプライベートを、勝手な推測で汚すのはそのくらいにしろ」

俺は低く、地を這うような声で制止した。
だが川口は、その警告を「神様の余裕」とはき違えたのか、さらに口角を吊り上げた。

「何言ってるんっすか。三井さん、やっぱり癒やし枠として早めに確保しておくべき優良物件だなぁって、再確認しただけですよ」

川口の言葉が、俺の内に秘めた「独占欲」という名のプログラムを激しくバグらせていく。
ディズニーで付き合ってもいない男と手を繋ぐ「本命あり」の彼女への怒りと、三井さんの「未開の領域」を土足で荒らす右腕への苛立ち。

「……川口。お前は今、極めて重大なコンプライアンス違反……いや、俺の神経を逆撫でするという致命的なミスを犯している自覚はあるか?」
声には、自分でも驚くほど濃い怒気がこもっていた。

「え? 宇佐美さん、もしかして怒ってます? ……いや、それはないな」

川口は自問自答を完結させるように満足げに鼻を鳴らした。

「宇佐美さんにとって、田所さんや堀之内さん、三井さんなんて、OA機器と同じ扱いですもんね。すみません、不感症の神様には不快でしたよね!」

さらに追い打ちをかけるように、踏み込んだ一言を放った。

「でも」

いっときの間を置いて、川口はそれまでと打って変わった真剣な眼差しになる。

「宇佐美さん。恋愛は情報戦っすよ。僕みたいに、ディズニーまで行って『実は彼氏持ちでした』なんてオチ、宇佐美さんのプライドが許さないでしょ?」

川口はそれまでのふざけた態度を捨てて、俺の目を真っ直ぐに見据えた。

「だからこそ、一刻も早い精査が必要なんです。三井さんみたいな優良物件は、得てして隠れた競合他社が多いんですから」

俺が沈黙していると、川口は挑戦的な光を宿した瞳でさらに踏み込んできた。

「誰も動かないなら、明日ランチに誘ってみようかな。あ、僕、こう見えて結構『押しが強い』タイプなんっすよ」
「……」
「2人きりで美味いもんでも食えば、ゴールデンウィーク中に三井さんのセクシーな『裏仕様』が拝めるかも……。宇佐美さん、僕の勝機、どう計算します?」
「……知らん。勝手にしろ」

俺は冷淡に突き放し、冷めきった焼き鳥を口に運んだ。
何の味もしなかった。

三井さんに本命がいる可能性。
それに加えて、新たな川口という競合。

俺はどうすればいいんだ。
内面に強烈で、静かな炎が宿っていることに気がつく。
誰にも渡したくない。
けれど……俺が、そう願ってもいいのだろうか。

オーバーフローした頭で考えても、最適解は導き出せなかった。
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