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第2章【三日月が満ちるまで】
36 最新の任務と、完璧な業務報告 | 空気清浄機。第2章完結【ゆこ】
一人の部屋へ帰り、バッグからスマホを取り出した。
メールを確認しようとボタンを押すと、表示されるのはいつもの待ち受け画面。
(私は格好いいと思うけど……不気味、なのかな)
画面の中で異彩を放ちながら立ち並ぶ私の『推し』を、そっと指でなぞる。
(お気に入りだけど、見る人によっては変に捉えられる可能性もあるってこと……だよね)
宇佐美さんはこの待ち受けを「深い思想」なのか質問してきた。
頭をフル回転させて、彼の言葉の向こう側を推理してみる。
(深い思想……)
はっと閃いた。
(もしかして! 白塗りの顔や着物姿の待ち受けを見て、私がコスプレに興味があると思われた!?)
今の会社は広告代理店ということもあり、服装は比較的自由だ。
高山さんのように雑誌から抜け出してきたような洗練されたファッションの女性もいれば、個性的な色使いのセットアップ、ヴィンテージの古着をさらりと纏っている人だっている。
小林さんはラフなTシャツにヘッドホン姿だし、打合せがある日にスニーカーの社員さんも珍しくない。
けれど、宇佐美さんや川口さんはいつも完璧にスーツを着こなしている。
(……そうか。自由な社風だからこそ、公私混同して変な格好で出社してこないよう、釘を刺してくれたんだ!)
世間一般ではペットや彼氏、おしゃれなレストランを待ち受けにするのが「普通」なのかもしれない。
だけど私にはペットも彼氏もいないし、おしゃれなレストランやリゾート地にも行ったことがない。
(宇佐美さんに余分な心配をかけないよう、誰に見られても勘違いされない社会人として正しい待ち受けに変えよう)
スマホの写真フォルダを見返してみる。
親友と行ったファミレスや公園での写真、買おうと思ってる本の表紙のスクリーンショット、ネットで見た料理のレシピ、お買い得商品のデジタルチラシ。
(どれも待ち受けには合ってない……)
結局、ネットで「万人受け 背景」と検索し、3月のカレンダー付きの風景画像に設定した。
(宇佐美さん、大丈夫です! これでもう誰に見られてもいい画面になりました)
1つめの「指導」を理解した私は、スマホのメモアプリに保存している『宇佐美さん記録』を開く。
―――――――――――――――――――――
「深い思想」→
会社での服装・風紀についての指導
(自由をはき違えるな、っていう高度なアドバイスだね。即、待ち受け変更済み!)
―――――――――――――――――――――
あと、付き合ってる人がいるかも聞かれたよね。
確か……「稼働状況」って言ってたっけ。
(そう言えば、前に吉田さんが「人材が定着しない」って愚痴ってたことがあったな)
色々な理由で人が定着しない現場を、私は派遣としていくつも見てきた。
宇佐美さんは、私が恋愛トラブルを抱えて仕事のパフォーマンスが落ちることや、失恋の勢いで突然辞めてしまうリスクを心配していたんだ。
(さすが宇佐美さん、リスク管理が完璧! 派遣の私にまでそんなに気を配ってくれるなんて、どこまで責任感の強い人なんだろう)
私は即戦力とは言えないけど、色んな部署のサポートを担当している。
もし万が一私が辞めてしまうなんてことになれば、次の人が来るまでの間、吉田さんがいっぱいになってしまう。
(そこまで考えての質問だったんだ! やっぱり仕事が出来る人は考え方が幅広いよね)
『宇佐美さん記録』に新しい行を追加する。
―――――――――――――――――――――
「稼働状況はどうなっている?」→
人材不足に陥らないためのリスク管理
(吉田さんにも迷惑かけないで、メンタルを安定させて頑張れという激励だね!)
―――――――――――――――――――――
入力が終わり記録を読み直すと、身が引き締まる思いがした。
私は「正社員になる」ということを、どこか簡単に考えすぎていたのかもしれない。
卒業したら当たり前に正社員になれると思っていたけど、私に内定通知が届くことはなかった。
それはきっと、「プロとしての意気込み」が足りていなかったからなんだ。
(宇佐美さんは、働くことへの真の意義を私に教えてくれているんだ……!)
***
お風呂から上がり、ベッドに横たわって明日の予定を考える。
……と言っても、誰かとの約束があるわけではない。
(お弁当の作り置きの材料を買いにいくくらい、だね)
脳内で、安くてボリュームのある献立を考えていると、突然一番重要なことを思い出した。
(あ! 宇佐美さん、来週の食事のことも言ってた……)
慌てて飛び起き、再び『宇佐美さん記録』に指を走らせる。
宇佐美さんは、私との食事を「メンタル管理にかかるコスト」だと言った。
一緒にご飯を食べることで、「思考をフラットに戻せる」……とも。
つまり、私は宇佐美さんにとって「歩く空気清浄機」のような役割を期待されているのだ。
食事代を宇佐美さんが払うのは、それが『業務の一環(経費)』だから。
私の存在が宇佐美さんの役に立っているなら、私は遠慮せずしっかり食べて、全力でリラックスしてもらわないと!
―――――――――――――――――――――
「メンタル管理コスト」→
上司の脳内デフラグをサポートする役務。
(宇佐美さんのプライドを尊重し、来週からも美味しくご飯をいただくこと。これが私のミッション!)
―――――――――――――――――――――
(……よしっ。来週も、任務遂行のために頑張るぞ!)
スマホを胸に抱き、ふふっと笑みがこぼれる。
新しく設定したカレンダーの画像が、心なしかさっきよりも輝いて見えた。
宇佐美さんは厳しいけれど、それ以上に温かくて深い人だ。
そんな人の思考をフラットにする存在に選ばれたことが、誇らしくて、少しだけくすぐったい。
窓の外では、三日月が静かに夜空を照らしている。
(宇佐美さん、任務、了解しました!)
心地よい充足感の中、ゆっくりと目を閉じた。
その夢の中に、来週の創作料理と、少しだけ照れたように笑う上司の姿が現れるのは、もうすぐそこ。
メールを確認しようとボタンを押すと、表示されるのはいつもの待ち受け画面。
(私は格好いいと思うけど……不気味、なのかな)
画面の中で異彩を放ちながら立ち並ぶ私の『推し』を、そっと指でなぞる。
(お気に入りだけど、見る人によっては変に捉えられる可能性もあるってこと……だよね)
宇佐美さんはこの待ち受けを「深い思想」なのか質問してきた。
頭をフル回転させて、彼の言葉の向こう側を推理してみる。
(深い思想……)
はっと閃いた。
(もしかして! 白塗りの顔や着物姿の待ち受けを見て、私がコスプレに興味があると思われた!?)
今の会社は広告代理店ということもあり、服装は比較的自由だ。
高山さんのように雑誌から抜け出してきたような洗練されたファッションの女性もいれば、個性的な色使いのセットアップ、ヴィンテージの古着をさらりと纏っている人だっている。
小林さんはラフなTシャツにヘッドホン姿だし、打合せがある日にスニーカーの社員さんも珍しくない。
けれど、宇佐美さんや川口さんはいつも完璧にスーツを着こなしている。
(……そうか。自由な社風だからこそ、公私混同して変な格好で出社してこないよう、釘を刺してくれたんだ!)
世間一般ではペットや彼氏、おしゃれなレストランを待ち受けにするのが「普通」なのかもしれない。
だけど私にはペットも彼氏もいないし、おしゃれなレストランやリゾート地にも行ったことがない。
(宇佐美さんに余分な心配をかけないよう、誰に見られても勘違いされない社会人として正しい待ち受けに変えよう)
スマホの写真フォルダを見返してみる。
親友と行ったファミレスや公園での写真、買おうと思ってる本の表紙のスクリーンショット、ネットで見た料理のレシピ、お買い得商品のデジタルチラシ。
(どれも待ち受けには合ってない……)
結局、ネットで「万人受け 背景」と検索し、3月のカレンダー付きの風景画像に設定した。
(宇佐美さん、大丈夫です! これでもう誰に見られてもいい画面になりました)
1つめの「指導」を理解した私は、スマホのメモアプリに保存している『宇佐美さん記録』を開く。
―――――――――――――――――――――
「深い思想」→
会社での服装・風紀についての指導
(自由をはき違えるな、っていう高度なアドバイスだね。即、待ち受け変更済み!)
―――――――――――――――――――――
あと、付き合ってる人がいるかも聞かれたよね。
確か……「稼働状況」って言ってたっけ。
(そう言えば、前に吉田さんが「人材が定着しない」って愚痴ってたことがあったな)
色々な理由で人が定着しない現場を、私は派遣としていくつも見てきた。
宇佐美さんは、私が恋愛トラブルを抱えて仕事のパフォーマンスが落ちることや、失恋の勢いで突然辞めてしまうリスクを心配していたんだ。
(さすが宇佐美さん、リスク管理が完璧! 派遣の私にまでそんなに気を配ってくれるなんて、どこまで責任感の強い人なんだろう)
私は即戦力とは言えないけど、色んな部署のサポートを担当している。
もし万が一私が辞めてしまうなんてことになれば、次の人が来るまでの間、吉田さんがいっぱいになってしまう。
(そこまで考えての質問だったんだ! やっぱり仕事が出来る人は考え方が幅広いよね)
『宇佐美さん記録』に新しい行を追加する。
―――――――――――――――――――――
「稼働状況はどうなっている?」→
人材不足に陥らないためのリスク管理
(吉田さんにも迷惑かけないで、メンタルを安定させて頑張れという激励だね!)
―――――――――――――――――――――
入力が終わり記録を読み直すと、身が引き締まる思いがした。
私は「正社員になる」ということを、どこか簡単に考えすぎていたのかもしれない。
卒業したら当たり前に正社員になれると思っていたけど、私に内定通知が届くことはなかった。
それはきっと、「プロとしての意気込み」が足りていなかったからなんだ。
(宇佐美さんは、働くことへの真の意義を私に教えてくれているんだ……!)
***
お風呂から上がり、ベッドに横たわって明日の予定を考える。
……と言っても、誰かとの約束があるわけではない。
(お弁当の作り置きの材料を買いにいくくらい、だね)
脳内で、安くてボリュームのある献立を考えていると、突然一番重要なことを思い出した。
(あ! 宇佐美さん、来週の食事のことも言ってた……)
慌てて飛び起き、再び『宇佐美さん記録』に指を走らせる。
宇佐美さんは、私との食事を「メンタル管理にかかるコスト」だと言った。
一緒にご飯を食べることで、「思考をフラットに戻せる」……とも。
つまり、私は宇佐美さんにとって「歩く空気清浄機」のような役割を期待されているのだ。
食事代を宇佐美さんが払うのは、それが『業務の一環(経費)』だから。
私の存在が宇佐美さんの役に立っているなら、私は遠慮せずしっかり食べて、全力でリラックスしてもらわないと!
―――――――――――――――――――――
「メンタル管理コスト」→
上司の脳内デフラグをサポートする役務。
(宇佐美さんのプライドを尊重し、来週からも美味しくご飯をいただくこと。これが私のミッション!)
―――――――――――――――――――――
(……よしっ。来週も、任務遂行のために頑張るぞ!)
スマホを胸に抱き、ふふっと笑みがこぼれる。
新しく設定したカレンダーの画像が、心なしかさっきよりも輝いて見えた。
宇佐美さんは厳しいけれど、それ以上に温かくて深い人だ。
そんな人の思考をフラットにする存在に選ばれたことが、誇らしくて、少しだけくすぐったい。
窓の外では、三日月が静かに夜空を照らしている。
(宇佐美さん、任務、了解しました!)
心地よい充足感の中、ゆっくりと目を閉じた。
その夢の中に、来週の創作料理と、少しだけ照れたように笑う上司の姿が現れるのは、もうすぐそこ。
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