切愛、あるいは独占 ~『不感症の神様』と呼ばれた42歳のエリート上司は、派遣の私にだけ42年分の「欲」と「愛」を溢れさせる~

結城ろか

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第3章【雨音に甘い熱】

47 銀色の雨。剥がれ落ちる仮面。 | 雨に濡れ、上司から男へ【宇佐美】

店の扉を開けると辺り一面、夜の帳を引き裂くような激しい雨の音に包まれた。
一軒目を出たときには降っていなかった雨。
街灯を反射して銀色に光る雨粒が、アスファルトを激しく叩いている。

「あっ、雨が……」

静寂に包まれていたバーとはあまりに違う外の様子に、三井さんが驚きの声を上げた。

「近くにコンビニがある。そこまで走るぞ。そこで傘を買ってタクシーを拾おう」

「ダッシュですね、わかりました!」

二人して目的の場所へ向かって走り出すが、彼女の足取りはどこか危うい。

(そうか……今日の三井さんはハイヒールだったな)

彼女の足元で雨に濡れる、真新しく細いヒール。

(雨に濡れない場所で彼女を待たせて、俺が傘を買いに行くべきだったな――)

そう後悔した、次の瞬間だった。

「あっ……!」

雨に濡れたマンホール。
その滑らかな金属に、彼女の細いヒールが乗った。
次の瞬間、まるで逃げ場を失ったかのように彼女の足元が無残にもさらわれる。

咄嗟に伸ばした俺の手は無情にも空を切り、彼女の体は重力に逆らえず地面に叩きつけられた。

「三井さん!」

「……っ、痛……。すみません、私……履き慣れてない靴だから」

濡れたアスファルトの上。
剥き出しになった膝に鮮やかな血が滲んでいく。

「宇佐美さんの隣に並んでも恥ずかしくないようにって、今日のために買ったのに……履き慣れてないとやっぱりダメですね」

「……え?」

「宇佐美さん、大人の雰囲気があるから……せめて形だけでも合わせたくて。でも、無理しすぎちゃいました」

雨音に消されそうな声で、無理をして笑顔を作る彼女の唐突な告白。
この日のために、慣れない背伸びをしてくれたというのか。
その健気で一途な想いに気づかず、醜い嫉妬をしていた自分が無性に情けなくなった。

(……俺は、何を読み違えていたんだ。これほど稚拙な誤算を犯すとは)

勝手に疑って、勝手に傷ついて。

「……ごめん。三井さん、ごめん」

俺はたまらず、彼女の傍に膝をついた。
雨に濡れた彼女を助け起こそうとその細い肩に手を掛けると、心臓を掴まれたような甘く切ない痺れが走る。
激しい雨は、無慈悲にも彼女の「武装」を剥ぎ取っていた。

カーディガンの下の薄いブラウスは肌にぴたりと吸い付いている。
雨に透けた生地の向こう側に、淡い色の下着のレースが、そして彼女自身の瑞々しい肌の輪郭が、街灯の光の下であまりにも鮮明に浮かび上がっていた。

「……宇佐美、さん?」

彼女の瞳は雨のせいかそれとも痛みからか、微熱を帯びているように見えた。
はだけた襟元から覗く真っ白な鎖骨。
雨粒がその窪みに溜まり、彼女の呼吸に合わせて震えている。

(……いかん。助けなければならない相手をこんな目で見るなんて)

分かっていても、理性を抑え込むことは到底不可能だった。
彼女から漂う雨と女の匂いが、俺の中の凶暴な『男』の本能を刺激する。

彼女の膝に滲んでいた血は、白い脚を伝って雨に流されていく。
痛々しいはずのその光景が、抗いがたいほどに艶めかしく官能的な誘惑として、俺を支配する。

(このままどこへもやりたくない……俺だけのものにしたい)

『不感症の神様』
川口が面白半分に付けたその不名誉な通り名を、俺自身どこか他人事のように受け流してきた。
しかし、その無機質な仮面の裏側で、今どれほど執拗で救いようのない渇きが目を覚まそうとしているか。
彼女は知る由もないだろう。

「……立てるか」

俺は彼女の濡れた肩に手を回し、拒絶を許さない強さで抱き寄せた。
腕から伝わる彼女の柔らかな質感が、俺の胸の奥を情欲で真っ黒に塗りつぶしていった。

「宇佐美さん……えっと……、すごく近いです……」

「濡れるからな。離れるわけにいかない」

低く、あえて感情を殺した声で告げる。
彼女を支える俺の指先には、自分でも驚くほどの力がこもっていた。
俺の胸に彼女の顔が埋まる形になり、濡れた髪の毛先が首筋を撫でる。
その刺激に、下腹部が熱く疼く。

「……行こう。俺の家がこの近くだ。君をこのまま帰すなんて俺にはできない」

それは、もはや『上司』としての言葉ではなかった。
踏み越えてはならない一線を、自らの意志で踏み抜いた瞬間だった。

「……でも、そんな……ご迷惑です」

「頼む。俺に君を助けさせてくれ」

彼女の拒絶を封じるように、俺は彼女をさらに強く抱き寄せた。
このままマンションへ連れ去り、彼女を独占したいという衝動が加速する。
今の俺は、彼女に触れた指先から火がつきそうなほどに余裕がない。
この雨の暗闇の中で足を止めれば、部屋に着く前に彼女を壊してしまう。

(……とにかく、明るい場所へ行かなければ)

自分の中に潜む「男」の視線を逸らすように、俺は必死に理性を繋ぎ止めた。

「まずはコンビニだ。そこで膝の手当てをするものを買おう。それから……君の好きな甘いものもな」

俺は彼女を庇うようにして雨に煙る街灯の先、白々しいほど明るいコンビニの光へと歩き出した。

今夜、この雨が止む頃には、俺たちがどんな境界線を越えているのか。
想像するだけで、俺の胸の鼓動は激しさを増していく。

(絶対に、誰にも渡さない――)

雨音に紛れて飲み込んだその独占欲は、冷たい銀色の雨の中で、静かに、けれど確実に燃え上がっていた。
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