公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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いつか見た夢の世界で

無知なる悪意

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「まあ、ジーク様ったらとても律儀なのですわね。 けれど、ここは不埒者の愚かな行いによって乱れてしまった場を治める為にもジーク様自らが令嬢の手を取る事で安全である事を示すべきではございませんか?」

「ああ。 皆の不安を除くなら、俺が一声掛ける事が有効だろう。 その手段の一つとして、王太子自らがそのアピールをする事もまた悪くない」

事実、王とは泰平を守護し、民を導く存在である。
俺とて王太子という立場にある以上、いずれ自らに傅く者達の先導者たるならば、ここでとるべき行動は自然と決まってくる。
即ち、仮初であろうとも揺らぐ事の無い安全の証明である。

「だが、それは後の話だ。 まだこの場には断罪すべき者がいるのでね。 そうだろう? オルトリン嬢」

ざわざわと観衆が騒ぎ始めた。
それもそうだろう。 
アーシア・オルトリン嬢は本来、婚約者さえ定まっていない王太子と手を取ってもおかしくはない高貴な身の上にある国の重鎮、オルトリン侯爵家の令嬢だ。
この場において、王太子が現状の安全を証明するパートナーとして、その手を取ってもおかしくはない相手。
ましてや、いくら王太子と言えどもそう易々と断罪などと物騒な事案を掲げて詰る事など出来ない存在なのだから。

「まあ、断罪だなんて、なんて物騒なのでしょう。 それに酷いですわ、まさか私が何か悪事を働いたとでも? 私、悪い事なんて何一つしておりませんのに」

扇を広げて口元に当て、オルトリン嬢はコロコロと笑う。
悪意の一つも、心当たりなど本当に有りはしないと言うように小首を傾げて「何か思い違いでもなされておいでては?」と言い放つ始末であった。
蠱毒の如き王宮でこれまで生き延びてきた俺ですらその言が真実であると信じ込みそうになるような、本心より自らの潔白を信じている人間の言葉であるように聞こえた。
けれど、それらは既に信ずるに能わず。

「君がどう言い募ろうとも無駄だ。 こちらの手元には君を糾弾するだけの証拠が揃っているのだからね」

「はぁ……証拠、ですの? 私は何もしていないのに、そんなものある筈がありませんでしょう」

呆れを声音に乗せ、吐息を一つ漏らすオルトリン嬢を尻目に、俺の背後で手帳を開いて待機しているキリエル嬢の方を見やる。
その眉間には皺が寄せられ、怒りとも憎悪ともつかない鋭く、そして呪に満ちた視線でオルトリン嬢を睨み付けている。 
正直、淑女どころか女性として宜しくない顔をしているが、今は止めはしまい。 ただ、全てが終わって落ち着いたら、エリーナ嬢に頼んでポーカーフェイスを教えてやってもらおう。

「ではキリエル嬢、後の証言は任せた……くれぐれも、軽率な発言や行動には気を付けるように。 事実のみを話してくれ」

そんな、気が立っている様子のキリエル嬢へと、一つ釘を刺す。 
キリエル嬢は一つ頷くと、静かに俺の前へと歩み出る。 その様は今にも噴き出しそうなマグマの如き怒りを滾らせ、そしてそれを必死に抑えているような、そんな強い自制が滲んだ力強い歩であった。

「あら、また貴女? 懲りもせずに、また私の前へと顔を出すだなんて、なんて恥知らずなのかしら。 これだから卑しい平民上がりは」

「私はこの数週間、お姉様……エリーナ・ラナ・ユースクリフ公爵令嬢様が、エイリーン学園内において何者かに階段から突き飛ばされた事件について調査を行っていました」

キリエル嬢は手帳を片手に、今この場にいる貴族達に語り掛けるように声を張って話を始めた。
オルトリン嬢の挑発に噛み付かず、ただ淡々と、しかし憎悪の対象であるオルトリン嬢から視線を外す事は無い。 貴族の世において暴力と感情的な訴えに効力など有りはしないという教えを守っている。
次いで、キリエル嬢が読み上げたのは自らの調査結果。
エリーナ嬢を虐げる行いの中には不幸な偶然の末に生まれた被害もあった。 けれど、その殆どが学園に所属する子爵家以上の令嬢達による行いであるという事。 そして、そうした事件毎に、加害者として挙げられる令嬢の名は違っていた事をキリエル嬢は読み上げた。

「ユースクリス公爵令嬢様に悪意を持ち、危害を加えた者だけでも既に十余名。 これだけの数の令嬢がそれぞれ独立して、日替わりで事を為していただなんて考え辛いです。 ですので、私はこれを集団による虐め行為であると推測しました」

そして、その推測を元に調査を進めると、加害者である令嬢達にはいくつかの共通点が浮上してきた。
一つは、令嬢達は幼い頃より交流のある家同士であるという事。
友人関係や家同士の交流など、全体的な繋がりは無いものの、細やかな繋がりを辿れば行き着くような関係性があった。
そして、もう一つが要因として非常に大きい。
アリステルの貴族達には、表立って明かせはしないものの、派閥が存在する。 
王太子派や、第二王子派などと、そうしたありきたりな派閥だ。
そんな、権力を持つ者の間であれば何処にでもあるような話は、この一件において重要な足掛かりとなった。
加害者として挙げられた令嬢達、その実家とて貴族ならば、余程の権力を持っていない限りは大きな力を持つ何処かの派閥へと収まらなければ貴族社会で生き残る事など出来はしない。
そして、そうした派閥において、上位の者は下位の者を敵派閥より匿ってやる代わりに支配するのだ。 生活や領地、家族を人質とされて。
もちろん、全ての派閥においてそんな非人道的な行いが為されているとは言わないが、少なくとも令嬢達の実家が属していた派閥では違ったらしい。
そして、その派閥の首魁は、オルトリン侯爵家。 今、俺達が対面している、アーシア・オルトリンの生家である。

「オルトリン侯爵令嬢。 貴女は自らの派閥に属する、自らに逆らえない者達に命じて、ユースクリス公爵令嬢様に危害を加えさせましたね?」

派閥の上下関係は、そのまま子らにも受け継がれる。
たとえ、ただの首魁の娘であったとしても、何が首魁たる家を怒らせる要因になるかなど計れはしない。 だからこそ、子に言って聞かせるのだ。 
あのお家のお嬢様に逆らってはいけないよ、と。
けれど、いつだってそんな圧政には反旗を翻す者だっているのだ。 現状に耐えかね、他に助けを求めるような者が。

「オルトリン嬢。 名は伏せさせてもらうが、君の派閥の令嬢がその内情をキリエル嬢に密告したらしくてね。 それ以降は俺の手勢からもキリエル嬢の調査に合流し、既に君の派閥内での振る舞いにも調査が及んでいる。 言い逃れが出来るとは思わないでほしい」

キリエル嬢が密告者である令嬢から手に入れた情報から、オルトリン嬢の派閥の動きを調査し、監視していた。
俺の手勢とは、つまり王城勤めの学園内部に潜伏している年若い諜報員達。 監視し、オルトリン嬢の振る舞いも言動も、その全ては公文書として記録されている。
いくら学園が身分を気にする事の無い実力主義の場であるとしても、それは目下の者が目上の者を虐げて良い理由には成り得ない。
エリーナ嬢を虐げるオルトリン嬢の行いは、アリステルの貴族間にある上下関係の秩序を乱す行いであると断じられ、後に公的な処分が下される事が決定していたのだ。
そのタイミングが今となってしまったのは想定外ではあったものの、既にオルトリン嬢が裁かれる事は確定していた事だった。
それだけの事をしたのだから当然の報いである。 然るべき、罰を受けるべきなのだ。 
これは、その為に必要な通告だった。
……だというのに、オルトリン嬢は動じる様子を見せない。
むしろ、首を傾げて眉根を寄せ、疑問符が浮かばんばかりに「意味が分からない」と主張しているように見えた。

「それが、どうかしましたの? 私の言葉を勝手に聞き入れて、勝手に事を起こしたのはあの子達でしょう。 それが何故、私のせいになりますの?」

そして、心底、理解が及ばないといったふうに、オルトリン嬢はそう主張したのだった。
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