公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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辿り至ったこの世界で

うつろい

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今が実際どうであれ、それだけはどうしても覆せない。
私には失われた記憶があって、其処でならば仲睦まじい義姉弟にであったか、もしくは、なれたのかもしれない。 
それが出来れば、きっと良かったのだろう。
……でも、今の私には無理だ。
だって私が知るマルコは、私に敵意を向ける同居人で、干渉を避けたい義弟で、一時だけ憧憬として見ていた『理想の家族』の一員なのだから………だから、無理なのだ。

「義姉上……ええ、こうなる覚悟はしていました。 ですが実際に面と向かって言われると、やっぱりキツいものですね…」

そう言うとマルコは、片手で目元を覆って、乾いた笑いの後に大きなため息を一つ漏らす。 
あれだけ準備を重ねていると語り、そして理屈と感情の2面により私に対してユースクリフ家に帰ってきてほしいと言ったマルコは、しかし思いの外にあっさりと、私がユースクリフ家に戻る事を諦めた。
そうして、未練を払うように首を横に振ると、マルコは再び私へと向き直る。

「ええ、分かりました。 義姉上の望まない形で連れ戻しても絶対に仲の良い義姉弟にはなれないでしょうから、僕は義姉上の意思を尊重します」

「そう……少し、意外だったわ。 もう少しごねるかと思っていたもの」

「強引に欲しいものを手に入れようとすれば、いずれはどこかで破綻します。 僕は、義姉上と円満な義姉弟関係を構築したかったのですから、ここでごねたって意味なんてまりません。 ただ、僕自身が惨めになるだけです。 ……ですが、たまにでいいので、またこうして話す機会をいただけないでしょうか。 家族には戻れないのならば、せめて義姉弟としてありたいのです」

マルコは淡々と、即座に諦めた理由をそう語った。
確かにマルコの言う通り、私だって知っているこの世の理。 
私の母が反面教師となって教えてくれた、かつての私が愛されるための全てを諦める理由足り得た、実に相応しい真理である。
故に、私とマルコの血縁で繋がっただけの家族という関係性は、一度ここで途切れる。
私とマルコは、今はもう家族ではない。
そして、その後でどう結び直すかは、また先の話だ。
このまま離別するか、継続するか。
ああ、でも……。

「……その話」

「はい」

「家を追放された私から貴方の元を訪ねるのは体裁が悪いでしょう。 だから、お話がしたかったり用事があるのなら、貴方の方から私のところに来てちょうだい。 もちろん、誰にも貴方が私に会いに行っているとバレないように、コッソリとね」

今は、私の知らぬ記憶を持っていた私が歩いた世界だ。
ならば、私がまるで覚えの無い殺人でユースクリフ家から勘当された事を、諦めが付いているとは言えども多少は理不尽に感じたように、マルコにとっても積み重ねた時間を急に取り払われて『無かった』事にされるのは理不尽であるだろう。
であれば、いくら無理であろうとも機会くらいならば、構わないだろう。
マルコの望む『温かな家族』とやらになってあげる事なんて絶対に出来ないけれど、会話し、互いを深く知るくらいならば構わないだろう。
私とマルコが家族になど、絶対になれない。
だって、私は家族の正常な在り方も、マルコの望むような『温かな家族』を示す定義も知らないのだから。 
知らぬものには、なれないのだ。
けれど仲睦まじくなくとも、ただ普通の会話を交わす程度の義姉弟にならば、もしかしたらなれるかもしれない。
そんな、淡い好機をはらんだ誘いでもある。
そして、マルコはその誘いに、

「はい、義姉上」

喜色の浮かぶ珍しい声音で、そう答えたのであった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


それからは、お互いにこれからの事を話し合った。
和解、とは少し違うけれど、少なくとも長年私とマルコの間に転がっていたわだかまりのようなものは流れ行き、円滑とまではいかずとも、多少は、まともに言葉を交わし合うくらいにはなれた……ように思う。
そうしてそこそこ長い時間を話して、そろそろ暇をと言葉にしかけたその時、ふと思い出したようにマルコが「そういえば」と呟いた。

「義姉上の部屋は、前のままにしてあります。 あれらは全部義姉上の私物ですから、必要なものがあれば持って帰ってください。 大きいものとかで人手がいるのなら、使用人に運ばせますので」

「まあ、まだ残っていたのね。 公爵様がさっさと処分したのだと思っていたのに」

けれど、嬉しい話だ。
この屋敷でただ一つ、私が安らげた場所。
別に、思い出深い品があるとか、宝物と言えるだけの価値や思い入れのある品があると言うわけではない。 
けれど、一時の安らぎを長年提供してくれた。
執着のある品物は無く、部屋そのものに思い入れがあったのだ。
でも、私はもう2度とこのユースクリフ邸に帰ってくる事は無い。 
私からユースクリフの家名は剥奪され、ユースクリフの名を持つ血族が住まうこの屋敷に居る資格も無くなったのだから。
だから、訪れる機会も本当に最後である故、一目見ておきたい。

「僕は、これから残りの仕事を片付けなければならないのでこれで失礼します」

「あら、最後まで見送ってくれないの?」

「いえ、このまま一緒にいると、泊まっていかれてはどうかと提案してしまいそうなので。 帰りの挨拶も結構です……それでは義姉上、お元気で」

そう言って、マルコは私達の元から去った。
そして、残された私とジークは2人、一先ずは元私の部屋へと向かって歩き出した。

「君ら家族の話だから最後まで何も言わなかったが、エリーナ嬢は本当によかったのか?」

歩き出して暫く、それまで口を閉じていたジークが私に問いかけた。

「何がでしょうか」

「いや、マルコがせっかく君をユースクリフ家に戻れるようにしてくれたというのに、断ってもよかったのかと」

「ああ……いいのですよ、あれで。 私はもう貴族として生きていた頃への未練などありませんし、戻る意味も無いのですから。 マルコだって納得していたでしょう」
 
今更、未練がましく貴族という身分に縋り付こうだなんて思わない。 澱みと悪意の煮凝りみたいな世界だなんて、もうこりごりだもの。 
……マルコが望んでいたようなものも、きっとこの世界には存在しないのだろうし。

「それに、これでもほんの少しだけ平民としての暮らしも楽しみなのですよ」

きっと、公爵令嬢であった頃の裕福な暮らしは望めないだろう。 
いくら手元に手切金として渡された金貨があれど、その財は無限ではなく、そして生きていけば必ず消費する。 故に、いずれは働かなければならない。
そうしてお金を稼いで、自活していく。
きっと不慣れで、大変だろう。
けれど、貴族の慣習に縛られる事も無ければ、つまらない争いに巻き込まれる事も無い。
冷たい世界に閉じ込められる事も無い。
庇護と権利の代わりに責任を負わされていた公爵令嬢として生きていた頃とは違う、自由ゆえの不足と自己責任を背負って生きていくのだ。
それの、なんと素晴らしい事か。
希望のある、良い暮らしだろう。
そう語れば、ジークはどこか納得のいかない様子で「そういうものなのか」と言う。

「私にとっては、そういうものなのです……着きました。 さあどうぞ、殿下もいらっしゃってください」

ドアノブに手をかけ、ジークを誘う。
私だけの場所。 私だけの楽園。
そこに私とアリーと使用人以外が入るのは、私が招いての事では初めてだ。

「殿下が、私の部屋へと訪れた、最初で最後の賓客ですのよ」

「そうか。 それは、とても光栄だな」

久し振りの自室に浮き足立って、つい冗談めかして言ってみれば、ジークはそれ以上に気品を持って紳士的に応えた。
もちろん、互いに冗句である。
深い意味の無い社交辞令のようなもの。
感情の乗らない、要らない定型文。
それ以上の意味など無く、また不要な言葉の群れである。
……それにしても、ジークはお上手な事だ。
そんな定形分を、情感を込めたように口に出来るだなんて。
おかげで、状況も相まって少し気恥ずかしい。
もっとも、そう感じるだけであって思い込みなどはしない。 現実は所詮、現実でしかないのだから。
だから、何の事もないかのように振る舞わなくては……。

「……埃の一つも無いし、ベッドもとても綺麗に整えられているわ。 ちゃんと手入れをしてくれていたのね」

「そうみたいだな。 多分、マルコの指示だろう。 彼は、本当に君に帰ってきてほしかったみたいだから」

「ええ……そうなのでしょうね」

でも、それはもう、終わった話だ。
私がこの部屋を訪れるのは今回が最後となるだろうし、以降はいかにマルコとて部屋主のいない不要な部屋をいつまでも維持させようともしないだろう。
いつかこの部屋の全ては撤去され、別の誰かが使うのか、それとも物置となるのか。
もう居なくなる私が気にするのはお門違いであるけれど、そうなるのであれば、やはりほんの少しだけ物悲しい。 

「……よく、椅子をこの窓際まで持ってきて、本を読んでいたのです。 ここは日もよく当たる場所でしたし、それに雨の日は雨音がよく聞こえるのですよ。 眠りを誘うような、とても心地の良い音色でした」

時が流れれば、万象は移ろう。
故に変化は須く、等しく、そして一切の慈悲や容赦も無く訪れる。
なれば、終わりもまた同じように。
これは、それが今この時であるというそれだけのお話。 
部屋主の公爵令嬢が終わると同時に終わる、ただ一時のみの夢の跡なのだ。

「もう、大丈夫です。 帰りましょう、殿下」

「もういいのか?」

「はい。 これ以上は、過剰ですから」

時間にして十数分程度。
記憶を掘り返して、感傷に浸って、それで終わり。
でも、それだけで十分なのだ。
思い出は、ふとした時に振り返って懐かしむもので、どっぷりと浸かってしまう程に依存するものではない。 だから、これまで。
これより先は、現実なのだから。
故に引き際であると悟り、最後にいつも窓際から眺めていた景色を一目見て、それで終わり。
ジークを連れて部屋を出て、概ね満足した気分で廊下を歩く。
不足した部分は、物ではなくて者。
あの部屋にあった私の癒しの品々とはまた違う、私が好きで好きで心から慕っていた人と会えなかったのだから。
そして、ここで会えないならばそれまでの事。
仕方がない事は仕方がないのだから。
だから『概ね』満足だ。
……でも、やっぱり最後くらいは会いたかったな。
そのように、満足はすれども、しかし少しばかりしょんぼりとした気分で歩を進めれば、久しい声に呼び止められた。

「お嬢様……? お嬢様ではありませんか!」

それは、求めていた人の声。
今日、ここを訪れる上で一番会いたかった、大好きだった私の侍女、アリーだ。

「アリー……? アリー!」

ようやくの再会に、感極まって彼女の元へと走り出す。
今やかつての立場より変わり、接点の失せた私とアリー。 けれど、私の想いだけは何一つ変わらず。
時がうつろおうとも、この気持ちはきっと不変であるのだから。



……ああ、私は忘れてはいけない事を忘れていたのだ。
うつろいは、望まずとも万象に訪れる。
そしてそれは、たった一つのきっかけだけでも決して望まぬ形さえ取り得るものでもあるのだと。 
その変質は、心でさえも例外ではないのだと。
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