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148.できれば少し長く
散々頬に触れられた後、いっしょにシャワー浴びる? と冗談ぽく聞かれた。オレは遠慮して首を振りながら瑛士さんから離れて、こっちの部屋に戻ってきた。
笑う瑛士さんの、「待ってるね」という楽しそうな声が、耳に残っている。
――麻里さんが、触ったから。
嫉妬して。触りたくなった、とか言ってたような……。
本気で言ってたのかな。
髪を洗いながら、不思議でしょうがない。
……でもなんだか。
さっきまでの、どんよりした感情が、なぜだか軽くなってる。
瑛士さんの、優しく笑ってる顔とか、ちょっと困ったみたいな顔とかが、頭に浮かぶと、胸の中が、ぽかぽかするような。
でもすこし、きゅっと締め付けられるような、変な感覚もある。
髪を洗い終えて、ふと、目の前の鏡を見つめる。
ごくごく普通の大学生、って感じ。
別に醜いとかもないとは思いたいけど。別に綺麗でもないし。多分、平均的な顔。としか、言い表せられないような感じ、だよなあ。
瑛士さんの周りって、びっくりするくらい美形ばっかりだ。
その中心にいるのが、瑛士さんで。
……なのに、なんでオレに嫉妬なんて言うんだろ。謎。
そんなことを思っていたらふと父のメールのことを思い出して、ちょっと気分が沈む。
でもまあ、信じられないのも無理ないか。
瑛士さんの経歴、調べたらすぐ分かるだろうし、かなり普通じゃないし。その人がオレと婚約して、挨拶に行きたいと言ってるなんて、まあ……父じゃなくても、信じないかも。
はは。なんか。……ちょっと笑えて来ちゃうかも。瑛士さんを直接見たら、本物だって納得してくれるかな。
――あーでも……瑛士さんに余計なこと、言わないといいなぁ。
瑛士さん自身には言わないと思うけど、オレにいろいろ言ってきたら、瑛士さんは優しいから、オレが言われてるのに嫌な気分にはなっちゃうと思うし。……やっぱり、憂鬱。
オレはもう今更だけど――瑛士さんに、そんな気持ちを持たせるのが、すごく嫌だ。
瑛士さんは、大きくて、温かくて。常に光の中にいる人な気がする。
――あの身分に生まれたってだけでは、ああはならないよね……。きっと、頑張って頑張って、いまの瑛士さんになってる。
すごいよなぁ……。
お風呂から出て、髪を乾かすと、ホットミルクを作った。
――これも、いつまで続けるかは分かんないけど。
瑛士さんが望んでくれる限りは、おいしく作りたい。
瑛士さんが、オレと一緒だと眠れるって。そう言ってくれてる間は、オレが役に立てるなら、それはすごく嬉しいもんね。
理由とか考えてもよく分かんないけど。
目の前の瑛士さんが言ってくれることを聞いて、オレがそれを嬉しいと思うなら、オレも、そこにいられるように、瑛士さんの隣で頑張れば、いっか。
今、瑛士さんが気に入ってくれてるのは……ご飯かな。
ご飯と、ホットミルクと、あと……抱き枕、的な役割?
「……ふ」
自分で考えてて、ちょっと笑ってしまった。
オレは、瑛士さんの言葉が、好き。
笑ったとき優しく緩む紫の瞳も、優しく触れてくれる手も好き。
人を助けたり。目標にむけて頑張ったり。
そういうとこも、好き。
瑛士さんが人に好かれるのは分かる。
瑛士さんにお似合いの人なんて、たくさんたくさん、いる。
――でも。
隣に居ていいよって。一緒に寝てるのは。一緒にご飯、食べてるのは。
……今は、不思議だけど、オレ。
はちみつを入れて、ゆっくりとかき混ぜる。
いい匂い。
オレは、ふ、と息をついた。
――たとえ、今の期間だけだとしても、いいじゃんね。
夢みたいな時間を貰ってるって、思えば。
一緒に居られる時間は、楽しくいよう。
いつか、瑛士さんが他の人を好きになっても。
一緒に過ごしてる今の、こんな気持ちを、オレが感じられてるってことは、なんかすごいことな気がする。
この気持ちを感じてるこの経験は、オレが生きてく中で、絶対いい経験だと思うし。
今だけでもいいや。
そう思って、息を吐いた。なんだか、だいぶ整理できてすっきりした。
でも、できれば――少し長く続けばいいな、なんて。
そんな気持ちもふと浮かんで、苦笑してしまう。
本とスマホ、トレイにホットミルクをのせて、部屋を出て、瑛士さんの部屋のインターホンを鳴らすと、すぐにドアが開いた。
「凛太、おかえり。あ。ホットミルク、入れてきてくれたの?」
おかえりって嬉しいな、なんて思って見上げると。
シャワー直後の、セットしてないふわふわの髪の瑛士さんは、少しだけ幼く見えて、ちょっと可愛くなる。その顔が、ホットミルクを見て、めちゃくちゃ嬉しそうな笑顔になってる。
どき、と胸が弾む。
――うん。好き。瑛士さん。
瑛士さんが、オレといて、笑ってくれてる限り。
オレも、笑ってたい。
トレイを受け取ってくれて、テーブルに置いた瑛士さんは、ふとオレを振り返ると。
不意に、ぎゅ、とオレを抱き締めてきた。
「……?」
なんだろ、と思ってると、瑛士さんがオレの頭に、何やらすりすりしている。
「なんか――さっきまで元気ない気がしてたんだけど」
「……」
……バレてた。苦笑してしまったオレに。
「よかった、いつも通りだね……笑った顔、可愛い。お風呂あがり、可愛いし」
ぎゅー、と抱き締められて、すりすりされる。
オレなんかの機嫌とか。元気が少しないとか。そんなのを、こんな風に気にしてくれる人が居るってことが。
――どれだけ、嬉しいか。
……多分瑛士さんは、一パーセントも気づいてないだろうなあ。
「……お風呂上り、瑛士さんも、可愛いですよ?」
そう言ったら、瑛士さんは、「えっ」とオレを見おろす。
「可愛くはない、と思うけど」
「いえ。髪の毛ふわふわしてて、なんかすごく可愛いですけど」
「いや。……可愛くはない、かな」
「いえいえ、可愛いですよ?」
そんなやり取りを繰り返して――瑛士さんが、ふ、と笑って。
ちゅ、と頬にキスしてきた。
「あ。お肌のケア、早くしないと」
瑛士さんはものすごく楽しそうに言うと、オレの肩を抱いて歩き始めた。
(2026/2/17)
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