【Stay with me】 -義理の弟と恋愛なんて、無理なのに-

星井 悠里

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◆Stay with me◆本編「大学生編」

「仁の香り」

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 剣道の見学が終わって、食事を終えて家に帰ってきた。

「仁、先にシャワー浴びる?」
「うん、いい?」
「いいよ」

「彰、オレ今日からこっち使う」
「あ、さっき買ってたシャンプー?」
「やっぱオレはこの匂いのが好き。彰も使ってもいいよ」

「んー? オレは今のでいいや。オレはずっとあれなんだよね。仁のは、何の匂いなの?」

 仁の持ってるシャンプーを見ながら聞いた瞬間、オレのスマホが鳴りだした。

「あ。寛人だ」
「ん。オレ、入ってくるよ」

 仁がシャンプーを持って、バスルームに消えるのを見ながら、通話ボタンを押す。

「もしもし。寛人?」
『おー彰。 どーだ、元気か?』
「うん。まあ……」
『仁は?』
「元気だよ」

 仁の心配までしてる寛人に、ふ、と笑ってしまう。
 ちょっと絡んだら、弟みたいに思ったのかな。

「今日剣道の道場行ってきた。仁、入るんだって」
『へえ。まだ続けるんだ』
「うん、そーみたい。ちびっこに好かれてたよ」
『ふうん。まあ、人気あるだろうな。顔いいし』
「まあ…… てかそれより、なんか素振りとかしてたんだけどさ。 すごく綺麗でさ。かっこ良かったよ」
『……それ仁に言った?』
「……それって?」
『綺麗とか』
「……うん。聞かれたから言ったけど」
『……ふうん。……まあいいや。 あ、金曜、暇か?』

「金曜…… うん、何時?」
『十九時にそっちに行く。こないだ会った辺りで待ってる』
「うん。大丈夫」
『じゃあ、そん時な』

「な、寛人」
『ん?』

「オレさ……やっぱりあんまり考えたくない……気がしてて」
『……そっか』
「――――」
『まあそれを選ぶのもお前だから。そう決めるならいいんじゃねえの。とりあえず、金曜、会おうぜ』
「……うん」

 寛人は、いつもズバズバと突っ込んでくるのに。
 こういう時は、退いてくれる。

 きっと今、考えた方がいいって言われても、素直に聞けないオレの事、ちゃんと分かってて。 ――――きっと今はそう言ってくれると思って、言ったけど。
 それできっと、金曜に会った時にまた話すんだろうな。

 こういうとこも、楽で、好きで、良い奴だなと思って。
 結局もう何年も、ずっと、一番近い、親友。

『じゃあな、彰』
「うん。じゃね」

 電話を切って、スマホをテーブルに置いた。
 食事帰りに買ってきたものを袋から取り出して片付けていると。

「彰、出たよ」
「あ、うん。早いね」

 振り返ると、仁が入ってきた所だった。
 タオルで、濡れた髪を、ばさばさ拭きながら、オレの横を通り過ぎて冷蔵庫に向かう。

「仁、水しぶきすごいから――――」

 笑いながら言いかけた瞬間。
 ふわ、と香った、匂い。

「ん? 水しぶき? あ、飛んだ?」

 仁が、水を飲みながら、オレを振り返って、「悪い」と笑う。

「――――」

 咄嗟に、視線を逸らす。

 ――――え。つか……。 
 ……オレ今――――。

「彰?」
「あ…… オレ、シャワー、いくね」
「ん」

 仁から離れて、バスルームのドアを閉める。

 ドアに寄りかかって、唇を噛みしめる。
 口に、手を押し当てて、気持ちを、抑えるしかない。

 心臓が、痛い。



 オレ、今。
 ――――何、おもった……?


「……っ……」

 このシャンプーの、匂いって……
 最後にキスした時の―――― 仁の、匂いだ。


 なんでこんなので、突然、思い出したのか、全然分からない。
 

 唐突に、キスされた時の、仁の瞳と。
 その時の、感覚と一緒に――――。

 不意に、鮮明によみがえった。


 鼓動が早くて。動揺で、息が早くなるのを、ふー、と呼吸して、抑える。


「……なんでも、ない。――――……ただ、少し、思い出しただけ」

 言い聞かせる。


「……気のせい。大丈夫――――」


 ずっと。
 考えないようにしてた。
 仁としてたキス。仁に、言われた言葉。

 思い出さないようにして、考えないようにして、あれから過ごしてきた。
 もう忘れたはずなのに。全部忘れたと思ってたのに。



「――――やばいのって……」


 最近壊れ果ててる涙腺。
 ぽたぽたと、また、涙が溢れてきた。


 ……やばいのって―――― 仁じゃなくて……。
 オレなんじゃないかな……。



 もう完全に吹っ切ってる弟に。
 あんな、ずっと前のことを思い出して――――こんなに、胸が痛いなんて。


「――――は……」

 ズルズルと背中をついたまま力が抜けて。床に座り込んだ。


「…………っ……」


 何なんだこれ。

 ――――関係があった女の子達や亮也の、シャンプーや香水の香り、散々かいできたし。皆それぞれ色んな香りがしてたし。

 その内の誰かの香りが、よそで香ったとしたら、きっと、その子の事、思い出す、事もあると思う。
 
 ただ、それと、同じ事。
 香りって結構記憶と結びついてるから。思い出す事だって、ある……とは思う。

 でも――――。

 キスされた感覚や、その時の、瞳とか、セリフ、とか。
 全部一緒に思い出して、胸が痛いなんて。
 それで、泣く、なんて。

 ……それって、よくある、普通のこと、なのかな……。
 
 落ち着け、オレ――――。
 はー、と何度か深呼吸をする。


「……ほんと――――やばいなぁ ……」

 上向いて呟いた言葉が、静かに、消えていった。




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