「今日でやめます」*ライト文芸大賞奨励賞

星井 悠里

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第4話 時間あるんだなぁ

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 この、広くて青い、圧倒的な空は、覚えている。


 子供過ぎて、ここで暮らしたのがいつからいつまでとか、細かい時期はいまいち覚えていない。
 
 オレの父さんは外交官で、海外勤務が主だった。母さんも当然のようにそれについていく。
 オレが生まれたのは日本だけれど、幼少期はアメリカやフランスで過ごした。治安のよくない国に行っていた時期に、オレだけばあちゃんの家で暮らしたことがあって、それが多分、小学一年から二年くらい。その時は、この田舎の学校にも通った。なんとなく覚えているけど、そこらへんの記憶ははっきりしない。
 絡んだ人が多すぎたような気はする。近所の人が、じいちゃんとばあちゃんと居るオレを、碧くんと呼んで、可愛がってくれていた気もする。
 思えば、父さん母さんと離れて、ばあちゃんちに一人で居るオレを可哀想とか思ってたのかなあと、なんとなく成長してから思った。

 慌ただしく海外に連れていかれたり、また場所を変えたり。ひとつのところに長くいることはなく、特にそれを寂しいとも思わない奴になった気がする。

 日本に、家族三人で暮らしていた時期もあったが、高校三年からまた二人は海外に。高校生の時に、じいちゃんが亡くなって、それで一度三人で、田舎に帰った。

 
 高三からの海外勤務についていき、大学は海外で受けるようにも言われたけれど、オレは、日本に残った。

 父さんには、一人暮らしをする条件が出された。
 外交官を目指せるような、一流大学に合格すること。

 何がいいんだか、その仕事が誇りらしい。 

 オレはといえば。
 無駄に、語学力だけはついていたけれど、それだけ。

 やりたいことは、別にあった。


 小さい頃からひとつだけ。やりたいなと思っていたのは。
 じいちゃんとばあちゃんと暮らしていた頃に、すごく、それだけははっきりとしている記憶がもとになっていた。

 ばあちゃんとは、たくさん、料理をした。小さかったから、火は使わなかったけど、なんだか色々作った。
 それがすごく、美味しくて、楽しくて。ばあちゃんが作る、家庭料理というものに、憧れがあった。


 一度、父さんに、料理がしたいと伝えた。 
 そしたら、料理なんかいつでもできる、まずは勉強だと。そういう考えの人なのは分かってたけど。


 ――――大体にしてオレは、諦めることが得意だ。

 移動が多くて、親しい友達は出来ない。
 父さんは、自分が、偉いと思っている人だ。
 確かに、周りの人間が父さんに、そういう風に接してる気がする。だから、ますます父さんは、そんな感じだ。

 オレが、何かを求めたり期待したりを、自然と諦められる人間になってるのは。いいことなのか、悪いことなのか。

 ――――結局、良い大学には行ったものの、オレは、適当に就活をして、ウエブデザインなんかをやり始めた。

 あの時は、勘当するとばかり言われたけど。
 正直、もう、自分で働きだしたし、それでもいい、とか言ったっけ。



 ……で、今回。
 やめて、田舎に来ちまったけど。


 あー。
 ……話したくねーな。

 

 のどかな景色を見ながら、あまり振り返ることのなかった、今までの人生なんか、考えてるオレは。
 ……もうすでに、昨日までとは違う。


 毎日、時間と仕事に追われて、過去を振り返るなんてことも、無かったから。



 あーオレ。
 今、時間あるんだなぁ……。


 雲が風に乗ってゆっくりと動いていく様を見てるとか。

 いつぶりだろう。



 そんなことを考えていたら、若槻さんがオレを振り返った。


「めぐばあちゃんからの連絡、驚いた、ですよね?」
「そう、ですね。……って、知ってるんですか?」

 はい、と頷いて、若槻さんが苦笑い。
 
「あれ、送ったの私なんです」
「――――」

「めぐばあちゃんが言ったのを打って、送信しました」

 何度か瞬きをしてしまう。

 あの、文面。
 ばあちゃんがスマホに苦心して短文を打ったというなら、仕方ないと思った。むしろ、切羽詰まった感があって、もう帰ろうって思ったから、それでもありだった。が。

 この人が打ったとなると、話は違うような。
 
「あの……もう少し文面どうにかならなかったですか?」

 思わず言うと、ですよねぇ、と若槻さんが苦笑い。

「でも、めぐばあちゃんが、あれでいいよって言ったんですよ。碧くんがびっくりしちゃいますよって言ったら。びっくりして帰ってきてくれるかも? って、楽しそうに笑ってて」

「――――……」


 ばあちゃん……。
 たしかに、ものすごくびっくりしたおかげで、いきなりの退職なんて、非常識な真似が出来たけど。

 あれが、長々と書いてあって、病状とかも説明されてて、まだ大丈夫ってことなら、あそこまで至急ではできなかったかもしれないけど。

 楽しそうにって。
 ……なんか、ばあちゃんぽい、のどかな笑顔が浮かぶ。


「あ……じゃあ、あれは大げさに打ったもの、とかですか?」

 
 実は死ぬとかじゃ、ないとか? 電話も元気そうだったしな。
 オレは、期待を込めて、そう聞いてみた。


 すると、二人は、ちら、と顔を見合わせて。


「打った内容は……嘘では、ないです」


 声のトーンを落として言う若槻さんに、オレは、ゆっくり頷いた。



「……あとで、本人から聞きます」



 嘘ではない、か。

 ――――……真っ青で綺麗な空を見てると。


 そんな暗い話は、嘘であるような。

 そんな気が、するんだけど。









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