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第18話 嬉しさと不安と。
しおりを挟む夕方。ちょうど、あと焼くだけ、みたいな感じになった時、寝ぼけた慎吾が現れた。
ばあちゃんはとっくに起きてきてて、オレが取り込んでた洗濯物を畳んでいた。
「やっと起きたか」
とか、オレ、言ってるけど。そういえば、オレも仕事が休みの土日は、結構寝てたなーなんて思いながら苦笑。
「行こうぜ」
「ばあちゃん、散歩いってくる。コンビニも行ってくるけど、なんか買ってくる?」
「コンビニ?」
「庄司さんち」
ばあちゃんが不思議そうな顔をしたところで、慎吾がそう言って補足した。ああ、とばあちゃんが笑う。
「ゼリーとか? アイスとかは売ってる?」
「売ってる。庄司さんの店をなめんなよ」
「……しらねーし」
苦笑しながら、「適当に買ってくる。あと、夕飯、オレ作るから、ばあちゃんはテレビでも見てて」と伝えると、ばあちゃんは、ふふ、と笑って頷いた。
家の敷地を出て、裏の方に歩き出す。こっちは、舗装された道は狭くて、あとは、砂利道だった。
何やらめちゃくちゃ紐が伸びるリードを持ってて、超自由にポメ子は動いてる。
……まあ車来ないし、自転車もほとんどこないし……というか、人があんまり歩いてない。
歩いていても、慎吾とポメ子の知り合いのみ。
「犬のおしっこ流すペットボトルとか……」
「何それ?」
「いつからか、なんか持ってる人増えて……おしっこしかとこに、水かけて薄めるみたいな?」
「ふうん? ああ、あれか、住宅街しかないから、人んちの前だとそうなんのか」
「そうなんじゃねえの」
「……必要ないだろ、ここ」
「そーですね」
二人で、ふ、と笑ってしまう。
空がピンクだ。昨日はこの時間、台所でばあちゃんと色んな料理を作ってたっけ。
昨日も、こんなに、綺麗だったのかな。
「あ。芽衣と環も来たいって。飯持ってくるってよ。いい?」
スマホを見た慎吾が言う。
「声かけてたのか。つか、結構余分に作ったからもって来なくても足りる」
「言っとく」
「なんか、材料が勝手に届いてんの、すごい。一応、誰からかメモついてんの。面白い。すげーな、田舎って」
「はは。バカだなーお前」
「は?」
何が、と振り返ると。
「誰の家にも届いてる訳じゃねーよ。オレん家には届かない」
ぷぷ、と笑いながら慎吾がオレに視線を向ける。
「ばあちゃんが今までずーっと、やってきたことの結果だろ」
「――――」
「家を解放して、皆が集まる場所をくれたり、差し入れしてくれたりするから。ああなってんだよ。つか。するから、じゃねえか。もしこれから、ばあちゃんがそれをしなくなっても、きっと、届くよ」
「――――」
「碧のばあちゃんのこと、皆、すげー好きだから」
……何だか、見てるだけで心が震えるくらいの、綺麗な夕日の中で。
まっすぐ言われた言葉は。
まっすぐ心に入ってきて。
――――ああ、そっか、とオレは頷いた。
「皆がオレにすごい話しかけるのも、ばあちゃんが好きだからか」
「……まあそう、だけど」
「――――納得」
「納得?」
「なんでこっちの人は、そんなにオレに話しかけんのかなーと思ってたから」
「……んー……なんか拗ねてる?」
「別に拗ねてない。納得してる」
ほんとにただ納得して、笑ってしまいながら答えると、慎吾も、ふ、と笑った。
「でもオレがお前に話しかけてんのは、ばあちゃんの孫だからじゃねーぞ?」
「……」
「ずっと居なかったけど、覚えてたし。昨日の飯もうまかったし。……今日昼、環と芽衣に、アイスコーヒー持ってってやっただろ」
「……ああ。それが?」
「そういうこと普通にできるとこ、いいと思うから。あと今夜の飯も楽しみ」
「――――お前、ほとんど食い物関係だけど」
「はは。そう?」
「もーいいけど」
「芽衣と環も、そんな感じだと、思うけどな。ばあちゃんが死ぬみたいって入れて、仕事やめて、翌日には来てるとか。そういうとこは、ちょっと感動するよな」
そんな風に言われると、まあ確かにそれ自体は、すごいのかもしれないけど。
「……そんな大したことじゃない。別にあそこに愛着は無かったし。ばあちゃんに会いたくなっただけかも」
「それでも。動けない奴の方が、きっと、多いだろ。それ、皆も知ってるから、余計に話しかけてんのかも」
「――――」
オレが、逃げてきただけ、かもしれないけど。
……なんとなく慎吾が言ってるのは、そういうことじゃないのかも、と。思った。実際ここに居るってことが、大事みたいな言い方をしてるから、オレは、それ以上は言わなかった。
ここ、と言われて慎吾が先に入っていったのは、看板とかも無いから、言われるまで気づかなかった、なんか昔ながらの、個人商店て感じの店。
「庄司さん、こんちゃー。こいつ。めぐばあちゃんの孫」
「ああ。碧か。戻ってきたのは聞いてた。またお前ら、遊んでんのか? 悪さすんなよー?」
つか、また言われた。小学低学年のオレ達、いったい何をしたんだろう??
「……あの。オレ、悪さしてました? 全然記憶ないんですけど」
思わず、聞いてしまうと。
「学校帰りに、川や森で遊んで全然かえってこねーで、捜索隊でたりな。そしたら、お前ら、寝てたし。昨日のことのように覚えてるけど」
「――――」
そんな記憶は、これっぽっちもない。
「木登りして下りれなくなって、帰れなくなった時もあったよなあ……慎吾と碧は、オレら世代にとっては、そういうイメージだな」
「……余計なこと聞くなよ」
苦笑しながら慎吾がオレに言う。わかった、とオレ。
「えっと……ばあちゃんになんか、食べやすいもの、買っていきたいんですけど」
そう言うと、庄司さんは、にかっと笑った。
「そこらへんの水ようかん。めぐさん、好きだよ」
「ああ、これですか」
「コーヒーゼリーも好きだな」
「じゃあ、ここらへん色々……」
適当に取って、レジのとこに座ってるおじさんの前に置く。
「めぐさん、大事にしてやって」
「……はい」
安くしといてやろう、とか言いながらレジを入力していくので「あ、いいです。普通に買います」と言うと。
「いいよ。また食べに行くし」
「――――」
……なんだかなあもう。
笑ってしまう。
色々購入して、店を出てしばらくしてから。
ふと、「コンビニ」と言った時に、不思議そうにしてたばあちゃんを思い出して、笑ってしまった。
「何だよ急に」と気味悪そうにオレを見る慎吾に、視線を流す。
「なあ、慎吾って、コンビニって知ってる?」
「――――知ってるけど」
「……コンビニだよ、コンビニ」
「知ってるって。オレ、たまに都会でるから」
すげー苦笑いを浮かべてる。
「とりあえず、あそこはコンビニではない。つか、何時までやってんのあそこ」
「十八時? とか? 気分かも?」
「……とりあえず、いつでも便利なコンビニでは、ねーな」
「一応コンビニ。色んなものが揃ってはいるから。アイスとか買えるしー」
慎吾もなんだか買っていた諸々を広げながら、「溶けるから急いで帰ろうぜ」と言いながら、ポメ子を抱えて走り出した。
「はしんのかよ?」
「早くいくぞー」
何もない田舎道。歩いて帰れば十分の道を、夕日の中、駆け抜けて――――何してんだろ、オレ、と思いながら辿り着いた先には、早くも、環と芽衣。
「……は、早すぎねえか? まだ用意してないけど」
「帰ろうとしてたとこに連絡来たんだもん。そのまま来ちゃった」
「全然待ってるからいいよ」
息を整えてるオレに、そう言って、勝手に入っていく二人と。
「ていうか、息上がりすぎ。お前、超運動不足じゃねえの?」
「……っ」
それは自覚してるので、何も言い返せない。
「オレとポメ子と、散歩なー?」
「……つか、何でポメ子抱っこなんだよ、散歩になんねーじゃんか」
「ポメ子はそんな散歩しなくても平気。つか、いつも家ん中自由に走ってるし」
はは、と笑いながら、慎吾も先に家に入っていく。
……なんなんだ。
はー、と息をついて、オレも玄関に入ると、ばあちゃんが笑顔。
「おかえり、碧くん」
「――――」
一瞬言葉が出ない。
ああ、なんか……小さい頃も、こうして迎えてもらったっけ。
すげえ嬉しい、気がするけど。
――――この人が、居なくなるのか、と思うと。
何かが、こみ上げそうになって、少しだけ、視線を下げた。
「ただいま」
笑みを作って、答えて、家に入った。
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