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第31話 夏祭り
しおりを挟む「え? 祭り?」
「そう。今週末に、近くの神社であるんだよ。準備があるから手伝えるならって」
月曜。先生の病院で色々検査をした帰り、慎吾の車の中でばあちゃんがそう言った。
「あー夏祭りかあ」
そういえば、じいちゃんとばあちゃんと行ったような……。屋台があったような……。その程度の記憶だけど。
「手伝うって何を?」
「えーとね……おみこしが出るから、その休憩所の設置とか、神社の飾りつけとか、おみこしの掃除とか、まあ、たくさんあるのよね」
「おお。……やったことない」
「そうだよね」
ばあちゃんは苦笑い。
「しんちゃんは毎年駆り出されてるよね」
「碧も絶対参加なー」
ばあちゃんの言葉に、慎吾は運転席から、そう言った。
「…………」
……ちょっと前のオレなら、もう絶対やりたくないと思ったと思う。
…………いや、今のオレでも、かなり、めんどくさいなと思う。
でも。
「分かった」
そう答えていた。やろう、と思ってしまうのはなぜだろう。
仕事をしてなくて、暇だから? ……違うな、暇でも、前なら絶対やってない。
ばあちゃんが、オレの返事を聞いて、くす、と笑う。
ちょっと嬉しそう。
――――この笑顔のためかもなぁ……。
絶対言えないけど、そんなの恥ずかしいし。ていうか、考えてるだけでも、結構恥ずかしい。
「慎吾についてけばいい? オレ、そこまで知らない人、得意じゃない」
そう言うと、慎吾は、ちらっとオレを見た。
「いいよ。けど――――まあ、そんなこと言ってられないと思うけど」
はははーと笑う慎吾。
嫌な予感はした。したけど。
「……ここまでとは思わなかった……」
ぼそ、と一人、呟いた。もう何日目だっけ。手伝い始めて。
確かに知らない人がどうとか言ってらんない。手ぇ空いてる奴ーみたいな感じで呼ばれて、あれこれと。
これ、そろそろ、死ぬんじゃ……。なんて、ひ弱すぎるオレは、思った。
手伝い始めて驚いた のは、あ、意外と若い人も居るんだなーってこと。普段、畑とかで見るのは、わりと年寄りとかおじちゃんおばちゃんが多いんだけど。どうやら普段は近隣に働きに出てる若い人達が、祭りの時は団結するらしい。祭りの出店の屋台に関しては専門の人達が来るらしいからやることはないけど、とにかく、みこしの準備、神社の祭壇の準備、なんだかんだ力仕事が多い。地域の信頼関係を築くのが最大の目的らしくて、役場の人達も多く参加してる。環や芽衣は、役場からの手伝いとして、あちこちに顔を出していた。
休憩所の設置などで、男たちが準備をしてるところに、女の人達が食事や差し入れを持ってくる。
そこにちょこちょこばあちゃんも参加。 ……というより、ばあちゃんちの台所で料理して、それを持ってくみたいな、ばあちゃん、メイン参加じゃんか。昔もやってたっけ? 全然記憶は無い……。
毎日熱い中、あれこれ呼ばれて、日々あっという間に過ぎていった。
祭り当日と前日が晴れということが決まった段階で、最終準備。提灯を境内にひとつひとつぶら下げるだけでも、結構大変。
……オレ今まで、何にも考えずに、ふらふらと祭りに行って、混んでるとか文句言って、屋台で食べて、ふらふら帰ってたけど。
裏でこんなに準備をしてくれてる人達が居たんだなと、いまさらに感謝したりしている。
前日の夕方、準備に参加してた人達が境内に呼ばれて、お茶が配られた。
明日が本番だから、酒じゃなくてお茶だけど、なんて挨拶がされて、皆に、お疲れさまでした、と声がかかる。話してるのは、町内会の会長さんらしい。ずっと色んな指示を出してた元気なじいさん。
当日はみこしを担いで回る人達も居るらしいし、慎吾もやるらしいけど、オレは、それは無理と辞退。その代わり、警備に入ることになった。
で。当日。
家で、ばあちゃんに、祭り用のはっぴを着せられて外に出ると、近所のばあちゃんの友達たち。
「碧くん、似合うねえ、やっぱりしゅっとしててカッコいいね」
ばあちゃんと、近所のおばあちゃんたちに褒められ。嬉しいというより何て返せばいいのか分からない複雑な気持ちになりながら、慎吾と合流。
「お、碧、意外と似合う」
意外とって。と思うのだけれど。
「……慎吾は、マジで似合うな」
結構鍛えてるというか、あれだな、陶芸、土こねたり、器焼くのに運んだり、かなり大変だからか、腕の筋肉とかが、オレのひょろひょろした腕と、比べたくもない感じ。
その後、みこしを担いでる皆と慎吾を、すげーなーと、見つつ。
来年ここに居るなら、絶対鍛えよう、なんて思いながら、警備を終えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ、ばあちゃん、お待たせ」
慎吾と一緒に、ばあちゃんと待ち合わせた、休憩所にたどり着く。
「あ、おかえりー、お疲れ様」
ばあちゃんの笑顔と、ポメ子に迎えられる。
一緒に居たばあちゃんの友達と別れて、屋台の方に向かって、歩き出す。
「もうすげー腹減った」
「オレも」
「慎吾は余計だよな。みこしってすごいなー」
「来年はお前もな?」
「……」
できるかなあ、と思いつつ、首を傾げていると、ばあちゃんがクスクス笑う。
「おじいさんも、やってたよ?」
「えー……うーん……いつかね」
「ふふ」
皆、笑ってその話は終わったんだけど。
ふ、と。
いつかね、と言った自分の言葉に気づいた。
年に一回の祭り。
――――来年は。ばあちゃんと、来れるのかな。
今も、余命がどれくらいかとかは、聞いてない。先生が、人によって違うといったからもある。
聞いてショックを受けるのは絶対なのに、それが前後するくらいなら、聞かない方がいいと思ったから。多分、そういうのもあって、ばあちゃんもそれを言わないんだと思うから。
飾った提灯がとても柔らかく光ってる。
子供たちが、はっぴを着て、楽しそうに走ってる。皆、笑顔だ。活気があって、明るい場所。
なのに、ばあちゃんとこの祭りを歩くのが最後なのかもと思うと。
途端に、周りから音が消えていくような。
「碧?」
ポメ子を抱いてる慎吾に、覗き込まれる。
二人……一人と一匹に覗き込まれて、ふ、と自然と、微笑んだ。
「どした?」
「いや。……何食べようかなーと思って」
「悩んでねーで食っとけよ。片付けも結構大変だから」
まあそうだろうなと、げんなりしながら。
「ばあちゃん何食べたい?」
と言って、屋台を見回した時、ふと目に飛び込んできたのは、金魚すくい。
「うわ。すげー懐かしい……」
「そうだねー。碧くんがすくった金魚、しばらく家に居たよねぇ」
「え。そうなんだっけ?」
「うん。居たよー結構長く可愛がってたんだけどね」
ふふ、と笑うばあちゃん。
「……金魚、飼ってもいい?」
「え。うん、いいけど?」
クスクス笑って頷くばあちゃんに、慎吾が「飼いたいの?」と笑う。
金魚でも、生きてるものって、なんか、良い気がする。
はっぴを腕まくりして、よーし、と気合を入れていると、慎吾が横に座った。
「オレもやる」
「え、何で?」
「何匹か居た方がいいじゃん」
オレが欲しい理由が分かってるんだか、分からないけど。
二人で、大盛り上がりした割に、なかなか難しくて、結局一匹ずつ、ゲット。
金魚鉢と餌と砂利も、一緒に売ってたので購入した。
祭りを楽しんで、ばあちゃんとポメ子と金魚を家に送り届けてから、戻って片付けに参加。
結構遅くに、家に帰ることになった。
人生で、祭りの準備と片付けに参加したの。
……マジで、初めて。
疲れたのと。でもものすごい達成感。
……でもやっぱ、すげー疲れた。
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